1話 ガルラ王の招待状
魔結晶入手の任務を無事に終えた俺達は双子山に戻ると早速、セイルスの元英雄たち「鋼の翼」のメンバーを屋敷に召集し、成果を報告した。
「……しかし、これほど早くに目標達成するとはのぉ。さすがミナトといったところじゃな」
「本当ね、しかも魔元晶!大手柄よミナト君!」
報告を聞いたヌシ様とセリシアが満足そうに頷いた。
「魔元晶は、ダンジョンを創り出す原資になりうる程の膨大な魔力を秘める原石じゃ。まさかそれを持ち帰ってくるとはのう」
「魔元晶ってヌシ様達からみても貴重なんですか?」
「無論じゃ。魔元晶はダンジョンの最深部にしか存在せん。それは高難易度のダンジョンに潜り、攻略したに等しい功績じゃな。のぉ、ビアトリス?」
「そうだね。その昔、私ら「鋼の翼」がダンジョンに潜った時に魔元晶を手に入れたもんだけど、あの苦労は並大抵のものじゃなかった。それこそ何ヶ月も前から入念に下調べを行い、情報を集めて、必要な装備と道具を揃えて……と、じっくり時間をかけて準備を進めたもんさ。命あっての物種だからね」
ビアトリスが魔元晶を見つめながら、昔を思い出すように独りごちる。
「それにひきかえ、あんたらは一週間そこらであっさりと魔元晶を持ち帰ってきたんだ。おまけに当時、私らが苦労して手に入れたものより質がいいときた。まったく、あの時の私らにミナトの話を聞かせたら泡を吹いてひっくり返っているところだよ」
ため息をつくビアトリスの隣で豪快にベルドが笑う。
「ガハハ、まぁいいじゃねぇかビア!そのおかげで俺らは晴れて御役御免になったんだ。面倒な任務から解放されただけ、ありがたいと思わねぇとな!」
「そりゃそうだけどね。……それにしてもミナト。あんたはいつも私の予想を裏切るね。まぁ、おおかたは良い方向に、だから文句はないけどさ」
ビアトリスとベルドは俺と同じく魔結晶の収集任務に就いていた。しかし、状況は芳しくなく期限内に要求された魔結晶を集めるの難しい見込みだったようだ。
そして、キャサリン夫妻が当時の帝国から持ち出し、七百年の時を経て俺達が受け取った魔元晶。なんと、これ一つでセリシアが要求する魔力量が満たせるらしい。
セリシアの分析によれば長期間ダンジョンの核として存在し続けたこの魔元晶は、ミサーク大森林の地下に流れこむ膨大な魔力を吸収し続けた結果、世界でも稀に見るほどの魔力量を蓄積できたのではないかとの事だった。
「それにしても、七百年もの間、自我を失うことなく、ダンジョンマスターをしておったとはのぉ、流石は時空魔法の創造主よ。そのような者がまさかこの地におったとは。さらにそれがトーマの母親とはな。奇縁とはまさにこの事よのぉ」
「ああ!私もミナト君たちと一緒に行くべきだった……!何かありそうだっていう自分の勘を信じるべきだった。そんな偉大な魔術師に会えるなんて……こんな機会は滅多になかったのに……!!」
「ワシも色々話を聞きたかったわい。転魂の秘術の事も色々知っていように。きっと興味深い話が聞けたであろう。そうか……ううむ」
いかにも残念そうなヌシ様とセリシア。やっぱり術士として色々聞きたかったんだろうなぁ。きっと俺には分からないような高度な魔術の話なんだろうけど。
……あ、そうだ。
「実はキャサリンさんに会った時に、本を託されたんです……と、これなんですけど」
「なんじゃと!」「なんですって!」
ヌシ様とセリシア、二人が同時に声をあげる。俺が取り出した本を手渡すと、食い入るように読み始めた。
「ほぅ……!転移魔法はこの術式が必要じゃったか。確かにこの行を加えればもっと簡易におこなえるのぉ!」
「でもハロルド。ここなんだけどこの術式、この魔力根源って本当に合ってる?これだと魔力同士が干渉しない?」
「うーむ、いや待てよ。だからこの術式が必要なのではないか?ほれ、これによって、ここの魔力が干渉しないよう、この行で属性を変える。するとここが緩衝材の役割を果たす……」
「あ〜、なるほどね!それなら魔力摩擦も起きないわ!それにしても無駄がない……!なんて美しい術式なのかしら!?ああ!ね、ここを見て頂戴!失われた古語の術式じゃないかしら?これが解読できれば……ああ!ハロルド!」
「お、おお……!これはじっくり読み込まねば!書庫にこの部分に関する文献があったはずじゃ!」
なにやらヌシ様とセリシアは二人の世界に入ってしまっている。そういえばタヌ男とライも魔力の研究を始めるとそれこそ寝食を忘れるくらい没頭してるしなぁ。
「……ミナト君!」
「は、はい!?」
本を解読していたセリシアが突然顔を上げた。
「この本、暫く私達に貸して頂戴!これはね、時間をかけて研究するに値する書物なのよ!まさに世界の宝だわ!」
「わ、分かりました」
珍しくグイグイくるセリシアの迫力に押されて頷く他なかった。
「セリシア、それよりこれを見てみよ。ここじゃ」
「転魂の秘術ね。……でもこれ、本当?」
「試してみる価値はある。西セイルスを守るためにやれる事はなんでもやらねばな。……ひょっとすれば軛を外す事ができるやもしれんぞ」
「そうね。私達もできる限りの事をしなくちゃ。……ミナト君、今回のミッション、本当にご苦労さま。これで魔結晶収集任務は達成よ。悪いんだけどルカ様とアダムス辺境伯に報告を頼むわ。私とハロルドはタヌ男の所に行ってくるから」
そう言うとセリシア達は足早に会議室を出ていった。二人を見送ってビアトリスがため息をつく。
「やれやれ、あの二人、いくつになっても魔術には目がないねぇ。……ミナト。あの本にはそんなに凄いことが書いてあったのかい?」
「それが俺にもよく分からなくて。あ、そうそう。あの本、不思議な文字というか、なんというか見ているとなんかうねうねしてくるというか……。今にも動き出しそうな変な文字だったんですよ」
本を見てみたんだけど、俺が見たことのある文字じゃなかったんだよね。だから全然読めなかったのだ。しかも一度ページをめくって、また戻してみるとなんか字が変わっているし。まるで文字が生きているような?ははは、そんな馬鹿な。
「そりゃ、魔文字だね。なんでも特殊な魔力を込めて書かれた文字らしくてね。内容を不特定多数に知られないように細工されているんだ。特定の読解魔法がないと訳がわからない文章に見えるだろうね」
「なるほど、魔文字だったのかぁ。それを解読する魔法なんてのもあるんですね」
「他人に知られたくない情報を文章でやり取りするときには便利だよ。もっとも習得の難度と労力に比べて見返りは少ないから、普通は学ぼうとは思わないさ。あの二人のように魔法を極めようとする変人が覚えるくらいかね」
「ははは。何かを極めようとする人は、変人と言われるくらいにならないと成し遂げられないんでしょうね」
「ところでミナト。話は変わるけど、以前、頼まれた魔力研究所の融資の件だけどね。建築費はフリール商会で負担してやるよ」
「えっ!?フリール商会がですか?融資ではなくて!?」
ライから頼まれた魔力を研究するための施設。いま、その魔力研究所が双子山の敷地内で建築中だ。ネックになったのは建設予算。バーグマン家には莫大な利益を生みだす鉱山がある。それを背景に、これまで様々な施設を短期間のうちに建設してきた。
だけど、俺の管轄区以外にも領内には資金注入しなければならない案件がたくさんある。事前にルカから建築の許可を得ているとはいえ、さすがに単年度では予算オーバーになっていた。そこで不足分はコンラッドを通じてフリール商会に融資を申し込んでいたのだ。
「でも、結構な投資額ですよ?タヌ男に言われた研究道具の見積もりをみたら、建物と同じくらいかかるし……」
「なぁに、あんたが魔元晶を手にいれてくれたお陰で、今回の魔結晶調達の為の資金がまるまる浮いたからね。あれに費やす資金に比べたら屁みたいなもんさ。建築費はその礼だよ」
「こっちとしてはすごく有難いんですけど、魔結晶調達ってそんなにお金がかかるんですか?」
「ああ、それこそフリール商会の経営が揺らぐほどにね」
「げっ!そんなにですか!?」
「ああ。何しろ要求ノルマが半端なかった。もし、あのまま無理やり市場から吸い上げたら市場から魔結晶が消え、セイルス王国やその周辺国の相場は大混乱になっていただろうね。フリール商会も相場を乱した商会として下手をすれば他国との交易を禁じられた可能性もあったよ」
「そんなヤバい案件だったんですか……」
「そうさ。昔からあの二人は私らメンバーに無茶な仕事ばかり振ってきたからね。冒険者時代もどれだけ苦労したか」
うひぇ~。やっぱりセリシアさんとハロルドって穏やかな顔した鬼だよね。それでも「鋼の翼」が空中分解しなかったのは、なんだかんだ言っても、やっぱりハロルドさんのカリスマと統率力があったからなのかなぁ?ビアトリスさんとベルドさんが相当頑張ったのかもしれないけどね。
「それはそうとベルド。あんたもミナトに渡さなきゃいけものがあるんじゃないのかい?」
「おう、そうだな。ミナト。これは俺達ドワーフにとってとてつもなく名誉な事だぜ。……これだ」
ベルドが持っていたカバンから、ある物を恭しく取り出し俺に差し出した。
「とてつもない名誉?ん、これって……手紙ですか?俺に?」
ベルドから手紙を受けとる。見ると質の良い紙にうっすらと美しい紋章が描かれている封筒だった。
「へぇー、素敵な封筒ですね。……あれ?この蠟の刻印……。ベルドさん、ひょっとしてこの手紙の送り主って……」
「おうよ!ガルラ王からだ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱりかー!このフェニックスの家紋、ガルラ王家のものですもんね!」
ガルラ王家の家紋は炎の鳥フェニックスだ。ガルラ王国では創造と再生をあらわす象徴なんだとか。まぁ、ドワーフ族は火をとりわけ重んじる種族だし、それを家紋に取り入れたのは納得だ。
「でも、ガルラ王がなんで俺なんかに手紙を?」
「それは開けてみりゃ分かるさ。さっそく中を確かめてみろ」
ベルドに言われるまま、おそるおそる封を開け、中身をあらためる。
「えーっと、なになに……え、招待状?」
「そうだ。ガルラ王から直々にな」
「ガルラ王が俺をですか!?な、なんでまた……」
「実はな、このたびエマール妃がめでたくご懐妊されたんだ!」
「おー!それは御目出度いですね!」
エマール妃って、ガルラ王のお妃様で、アガサさんの姉にあたる人だ。以前、コンラッドからガルラ王にはまだ子供はいないと聞いていたから、こりゃあ、めでてえ!
「てことはガルラ王もさぞお喜びでしょうね。待望のお世継ぎですから!」
「おうよ!親父もアガサも大喜びでな。エマールを嫁がせたルコール家も、これでやっと肩の荷が下りただろう。あとは無事に産まれてくるのを祈るのみだ。男でも女でもいい。今から楽しみだぜ!」
「そうですねぇ。ところで御目出度いのは分かるんですけど、なんで俺が招待されるんですか?」
「おいおいミナト。お前、ガルラ王に薬酒を献上したのをもう忘れたのか?」
「ああ、あの薬用酒ですか?確かにハラードさんには渡しましたけど……」
「そのあと、あの薬酒はエリザベートを介してガルラ王に献上されたんだ。なんでもあの薬酒は神酒と同格の効果が認められたようでな」
「あの薬用酒がですか?でもあれは嗜好品じゃないですよ?効能は滋養強壮とか虚弱体質の改善とかですけど……」
「いや、まさにそれを求めていたんだ。実はあの薬酒を飲んだ直後から、王の体調がすこぶるよくなってな。元々、王は生まれつき身体が弱く病気がちなところがあったんだ」
「あ〜、それは俺も前にコンラッドさんから聞きましたよ」
「王の体調は仕える親父達の長年の悩みのタネだったんだ。しかし、それが劇的に改善された。そこへもってきて今回の御懐妊だ。王も薬酒の効能に驚いておった。その事もあり、改めてミナトに会いたいそうだ」
「そ、そりゃ名誉な事ですけど、またガルラ国の重臣がズラーッと居並んだ中で口上を述べないといけないんですよね?そう考えると胃が痛くて……」
前回、王城に赴いた時の事を思い出す。ガルラ王とは王都イスベルで謁見したことがある。豊かな髭をたくわえ、いかにも威厳のある出で立ちで、これぞドワーフの王!といった印象だったなぁ。……うぅ、考えただけで、身体がこわばるよぅ。
「わはは、心配するな!今回は公人ではなく、あくまでも私人としての招待だ。王が興味を持った人物を私的に招いて談笑する。ようはお茶会みたいなもんだ。面倒な謁見の儀やら堅苦しい口上はないから安心しろ。それに親父も同席するだろうからな」
「そ、そうなんですか。ハラードさんも一緒なら、なんとか……」
「おう。実はな、その席でミナトからガルラ王に魔結晶を融通してもらえるよう頼んでもらおうと思ってたのさ」
「げっ!?俺にガルラ王と交渉させる気だったんですか!?」
「魔結晶の件は親父を通じてガルラ王国の商業ギルドに打診してもらったんだが、やはり量が量でな。交渉は暗礁に乗り上げていたんだ。しかし、お前のお陰でその心配もなくなった。せっかくの機会だ。気楽にガルラ王家に顔を売ってこい。ガハハハ!」
「またそんな無責任な事を……(汗)」
しかし、せっかくの招待だ。考えてみれば、そもそも「断る」という選択肢はない。西セイルスとガルラ王国はヒュプニウムの取引を通じて良好な関係を築いているし、俺個人にガルラ王国内での兵器の購入を認めてもらった。
ここで招待を断り、ガルラ王の体面を傷つけてしまう事は西セイルスの国益を損ねてしまう事態にもなりかねない。
「ベルドさん。とにかくこの件は、早急にルカ様とアダムス辺境伯に報せて、指示を仰ごうと思います」
「そうだな。俺もなるべく早く返答を出したいから頼むぜ。あとは王家が日取りを指定してくる。その時はまた親父が迎えにくるだろうさ」
「うう……今から緊張してきた……」
とにかくまずはコタロウに至急の報せを走らせ、アダムス伯やルカに事情を説明した。そして、俺が再びガルラ王国に赴く事が決まったのだった。
そして二週間後……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「バーグマン家家臣としてくれぐれもガルラ王に粗相のないようにな。セイルス王国の命運は今やミナトの双肩にかかっているのだからな」
ルカがニコニコと微笑みながら俺に声をかける。ついでに重圧も。
ガルラ国王へ赴くことになった日、ルカとアダムス伯も見送りと激励にきてくれた。一応西セイルスの使者という側面もあるため、ガルラ王に献上する品をアダムス伯達と相談し、厳選した。責任は重大だ。
「ミナト、例の件、お前に託す。成功を祈っているぞ」
「は、はい」
二人の期待が重いよぉ!俺は心の中で何度目か分からないため息をついていた。
表向きはガルラ王に招かれた私的な晩餐会。しかし、今の西セイルスの微妙な立ち位置を考えれば、当然ただ歓談して終わり、というわけにもいかない。気楽な席のはずが西セイルスの将来を左右しかねない重要な任務を仰せつかってしまったのだ。しかも今回はコンラッドもいない。あのふくよかですべてを包み込むような安心感を与えてくれるコンラッド。心細い旅先で俺たちがどれほど彼の存在にほっとしたことか。でも、もう知らない土地じゃないし、今回はリンと二人で頑張ろう!やればやれるさ!なあリン!
リンは俺の気持ちが伝わったのかウンウンと頷いてくれた。
「さて、準備はいいか?ミナト」
そして、案内役として迎えにきたハラードと共に、俺たちは転送機で一瞬のうちにガルラ王国へ運ばれたのだった。




