18話 狂乱の宴
「ふむ、お披露目式は大好評だったようじゃな。なによりじゃ、なによりじゃ」
屋敷の会議室。報告を受けたヌシ様が福々とした笑顔で頷いた。
「はい。さすがベルド殿の鎧です。超一流の性能に皆、目を見張っておりました。これで兵士の士気もぐっと高まった事でしょう」
ルカがその時の様子を報告する。俺もそうだけど、やっぱり新開発の新しい武具を初めて見るのはワクワクするもんだ。兵士たちの湧き上がった歓声がそれを物語っていた。
「ヌシ様!あのねぇ、オスカーが前よりずっと強くなってたんだよ!攻撃が全然当たらないんだもん。リンびっくりしちゃった!」
リンの言葉に一同から笑い声が巻き起こる。それが収まるとアダムス辺境伯も満足げに頷いた。
「ふむ、実際にミナトとオスカーの演武を観覧し、皆の鎧に対する信頼感も大いに上がっただろう。性能の高さを証明するのには、これ以上ないデモンストレーションであった。あれだけ高品質な防具は国内を探してもなかなか見つかるまい。フフッ、我が部下達もあの鎧を物欲しげに見ておったぞ!」
そう言って楽しそうに笑った。
ちょっとしたアクシデントはあったが、ベルド合金の鎧がいかに優れているか、俺とオスカーの演武で皆に伝えられたことにほっとした。いや~!ベルドさんの鎧本当にすごかった。防御力は言うに及ばず、特に魔法に対する耐性の高さ、こんなに守られちゃって良いの!?っていうくらい守られてた。改めて、ベルドさんの鍛冶師としての才能に脱帽だぜ。
それに、今回の演武でクリスティーヌの手助けにより、魔剣の隠されていた本来の力を解放できた。でも、魔剣も人の言葉に傷つくんだな。知らなかったとは言え、あの時は本当にごめんよ、木刀ちゃん……。そうだ、リンの魔剣も喋るのかな?今度、クリスティーヌに聞いてみよう。
「あの鎧、我が軍にも是非とも導入したいものよ。ミナト、ベルド殿に話を通してもらえるかな?」
さらりと笑みを浮かべながら俺に話を振ったアダムス伯。齢をとってもなお強いその眼光で見つめられると、つい、はい、と返事をしたくなってしまう。いかんいかん。
「あ、あの、それは技術移転の話ですか?いやぁ、それはベルドさんの許可がないとですね……」
甲胄に使われる合金。それはミスリルと魔鉄を組み合わせたものだ。その技術はベルドが編み出したものであり、その権利や許可は彼のもので、俺がどうこうできるものではないんだよね。
その時、ヌシ様がひょいっと助け船を出してくれた。
「これこれ、お前が言うと「お願い」は「命令」になる。それはお前が一番よく分かっておるはずじゃがな?必要とあらば、まずはバーグマン家に正式に申し入れを行うのが筋というものよ。チェスター、あまりミナトを困らせるでないぞ?」
「それもそうだ。すまんなミナト。お前とは気安い仲ゆえ、ついつい戯れ言を言ってしまった。許せよ」
「い、いえ!大丈夫です!」
はー、良かった。一応ベルドさんとはヒュプニウムの件もあるし、必要とあらば技術移転もやむを得ないと言われてはいるんだけどさ、今はきっと容易には首を縦には振らないだろう。ヌシ様がいてくれて良かった!王族というのを抜きにしても、アダムス伯は笑顔でもめちゃくちゃ圧があるんだもん。すっごく断りにくいんだよねぇ。まぁ、考えてみたら、誰の頼みも断るの苦手だなぁ、俺……。
「そんな事よりもチェスター、今夜は屋敷に泊まるのじゃろう?ミナトに頼んでおいた良い酒があるぞ?今宵はそれで過ごそうではないか?」
ヌシ様が指をクイッと動かし、お酒のジェスチャーをする。
「おお、それは良いな!毎回それが楽しみでな。ミナト、今宵はまた厄介になるぞ!ハッハッハ!」
ベルド醸造所では良質なお酒が生産されており、以前のようにお酒の心配をする必要もなくなった。なくなったんだけど……ああ、また長い接待の夜が始まるお……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
酒宴が始まる前に俺は、ノースマハの屋敷に戻るルカを見送りに出る。外では護衛兵がルカの愛馬を引き待機していた。
「ミナト、私は所用で屋敷に戻らねばならぬゆえ、後を頼む。だが、少しの時間良いか?その……、ミナトに聞きたいことがあるのだ」
この双子山にいる時のルカは領主という重責を脱ぎ捨て、子供のままの心に戻ることが多い。だが、今は領主の顔でも子供の顔でもなかった。
ルカはハロルドさんによく似た明るい緑の瞳で俺を見つめる。
「俺に聞きたいこと、ですか?」
「単刀直入に聞く。ヌシ様は私のご先祖様……我が祖父ハロルド様ではないか?」
「えっ!?」
突然の問いかけ。なんと答えたらいいか言葉に詰まる。正体についてハロルドからは「明かせ」とも「明かすな」とも言われていない。でももし、正体を明かすなら本人の口からだろう。でも相手は自分が仕える領主だ。返事をしない訳にはいかない。いかないよねぇ!?
「ど、どうしてそう思うのですか?」
言葉を選びながら、なんとか返答する。
「あのお方は双子山のヌシであり、バーグマン家の人間ではない。であるにも関わらず、バーグマン家の内情に詳しすぎると思ったのだ。人脈に関してもヒューゴのみならず、祖父とパーティを組んでいたと言われている元英雄たちとも親しく、加えてアダムス辺境伯とも気の置けない仲。単なる双子山のヌシというお立場とは到底思えない。あの方たちは、みな祖父ハロルドと知己がある古豪といっても良い方々だ」
「……なるほど。言われてみればその通りですね」
確かにアダムス辺境伯をはじめベルド達元英雄、そしてヒューゴはハロルドの生前からの知り合いだ。年齢がみんな高いのは当然といえば当然だ。
しかし、それを俺が明かして良いのだろうか?ヌシ様はヌシ様の考えで彼に正体を明かしていないのではないのか?
俺の悩みを見透かしたようにルカが笑って言った。
「ハハハ。すまんミナト、どうやら困らせてしまったようだな。別にヌシ様の正体を教えろ、と言うつもりはなかった。ただなんとなくそう感じていたんだ」
「そ、そうですか」
「本当はヌシ様が誰であってもそれは構わない。ヌシ様は領主としての私の師だ。あの方に俺は大切な事を教わったのだ」
「大切な事、ですか?」
「私が初めて会った時、ヌシ様は領主としての資質を私に問うたのだ。あの当時、私はダニエルの言葉のみを信じ、領民は幸せに暮らしていると錯覚していた。しかし、現状はまるで違った。「もっと大きな目でみよ」と。あの言葉が私を目覚めさせてくれたのだ」
「……もし、ヌシ様がいずれかのご先祖様として、ルカ様は何をお望みですか?」
「望み……。うん。そうだな、ヌシ様はバーグマン領の政策において、私に意見することはないんだ。政策を尋ねても「それはワシではなくお主を支えてくれる家臣に問うべきじゃ」と言われる。それは私が家臣より、ヌシ様に頼ってしまい、家の者をないがしろにしてしまう事を危惧してだったのだと思う。目先のことではない、バーグマン家とバーグマン領の未来を考えておられる」
「そうですねぇ。あの方はバーグマン領の未来、そしてルカ様の成長をとても楽しみにしていると思いますよ」
そう言うと、ルカは嬉しそうに微笑んだ。
「だから、ヌシ様にはこれから先の私とバーグマン領を見届けてもらいたい。それが私の望みだ。もちろん、ミナトにも感謝しているぞ!これからも私を支えて、助けてくれ!」
まだ少年の少し柔らかい手が、俺の手をぎゅっと握る。俺も同じ力で握り返す。
「もちろんですよ!」
「リンも頑張るよ〜!」
俺の肩の上で立ち上がり、フンッ!と気合いを入れるリンを見て、二人とも自然と笑みがこぼれた。
……と。
「……あ、ルカ。もう帰っちゃうの?」
自身の愛馬に跨り、領主の館に戻ろうとするルカを呼び止めたのは、ドッグウルフに乗ったラナだった。
「ごめん、ラナ。まだ仕事が残ってて……。今日は、山に遊びにいけないんだ」
「……む〜、つまんない」
不満げにぷーっとほっぺたを膨らませるラナ。
「ふっ、ははは。大丈夫だ、ラナ。明日また来る。ポン太も連れてくるからまた競争しよう!」
「……わかった。明日待ってるから」
そう返事をするとラナは、踵を返し双子山へと走っていった。
「ルカ様、お忙しいのに、ラナがわがまま言ってすいません」
「ポン太も双子山に行くのを楽しみにしているしな。……いや、何より私が一番楽しみにしているんだ」
ちょっと照れたように笑うルカ。
いやいや、領主の仕事大変だもんね。ここでくらい、のびのび子供らしく遊んだりしても良いんだよ!ヌシ様も楽しんでるルカを見て、嬉しそうに目を細めてるしさ!ね、ルカ!
「……さて、では私は館に戻る。ヒューゴ達が首を長くして待っているだろう。今日のお披露目式が成功裏に終わったのもミナトのお陰だ。お前には本当に世話になりっぱなしだな」
「いえ、ベルドさんをはじめ、みんなの協力があっての事です」
「そうか。今回の事でレビンから無理難題を押し付けられなかったか?」
「それはまぁいつもの事というか……。ただレビンさんは私利私欲からではなく、領民の為を思ってやっているようなので仕方がないかな、と思っています。俺とはやり方が違うけど!」
「あいつは忠義者だが、どうにも頑固者でな。これと決めると一直線に突き進もうとする。もし、目に余るようなら遠慮なく私に言うのだぞ」
そう言って、ルカが歩き出した直後だった。
「ご注進!ミナト様、王都にて一大事が起きましてございます!」
突然、風が吹き抜けたと思ったら、目の前に片膝をついたコタロウが現れた。
「わっ!?……て、コタロウ!?ってどうしたんだ?一大事って?」
思わずルカと顔を見合わせる。
「王族であるロレッタ公、並びにリーベイ公がアーサー皇子により……処刑されましてございます!」
「なんだって!?それは確かな情報か!コタロウ!?」
「はっ、間違いございません!ヌシ様とアダムス辺境伯の下にも報せが届いているはずです!」
ロレッタ公といえば以前は旧南ナジカ地方を支配していた王族だ。リーベイ公……って誰だっけ?……あ。思い出した。同じく東セイルスを支配する王族だったけど統治能力に欠け、アーサーに更迭されたドラ息子だ。この二人がアーサーに……。
「事情は分かった。……ルカ様、一度屋敷に戻りましょう!」
「ああ。王家に連なる王族が処刑されるなど尋常ではない。アダムス辺境伯やヌシ様とも善後策を協議せねばなるまい」
俺達は頷き合うと屋敷へ駆け戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セイルス王国の王都ローザリア。その一角にある処刑場。直近ではマージナイツ創設者セリシアとその一味の刑が執行される予定であった場所。そこに再び沢山の群衆が集まっていた。
ここで再び新たな罪人の刑が執行される。
人々の耳目を集めたのは罪人の名。王族であり東セイルスを治めていた公爵リーベイ、そして南ナジカ地方を支配していた女公爵ロレッタ。いずれも元王セイルス四世と祖を同じくする王族であり、民衆にとっては近寄ることも出来ない程の絶大な権力者達だったからだ。
なぜ王族が処刑されるのか?どんな理由があったのか?それは国民にとって過去に例のない事態である。その衝撃は前回のセリシア一味の時以上であり、広場は集まった民衆により異常な熱気と緊張にあふれ、処刑が始まる前から爆発寸前の風船のような、不穏な空気があたりを埋め尽くしていた。
この異様な雰囲気の中、その中心にいたのは皇女グレースだ。
そして彼女は高々と剣を掲げ、民衆に向かって堰を切るように言い放った。
「親愛なるセイルス国民よ!悪逆無道な行いを繰り返した不忠者どもをアーサー皇子は決して許さぬ!それは例え王族であってもだ!」
彼女はロレッタ達がいかに民を搾取し、その利益を我が物にしていたのかを詳らかにし、その罪状と悪行を列挙した。そしてそれを聞いた人々は舌鋒鋭く攻めたてる彼女に乗りかかるように怒りを爆発させた。集まった人々は皆、目の色を変え、拘束されたロレッタ達の非をなじり、罵倒し、石を投げるものも現れる。
リーベイ達は猿轡のような拘束具がはめられ、声を上げることもできず屈強な執行官に身体を拘束され、わずかに動く事も許されなかった。罵声を浴びせられたまま執行台へと押さえつけられた。絶望と諦観、そして怒りと恨み……様々な負の感情をその表情に貼り付けていた。
「皆の者!刮目してみよ!ここに正義の鉄槌を下す瞬間を!」
……そしてグレースの高らかな声と共に刑は執行された。
執行後、転がり落ちた首を見て群衆達から上がったのは、割れんばかりの歓声や口笛、大きな拍手。
「自らを支配し暴利を貪っていた支配者に刑がくだる」
目の前で起きた出来事に人々は熱狂し酔いしれる。一般人である民衆には施政者に対し、不満を表す手段がない。時としてそれは暴動、革命といった極めて暴力的な手段で顕在化する。それに似た正義感のような高揚した群集心理。それが人の命を奪う恐怖を打ち消し、狂気と狂乱の渦を巻き起こした。
グレースは更に次期王アーサーは、悪事を働く者は例え親族であっても容赦はしない。王座についた暁には必ずやセイルス王国を覇権国に導いていくだろう。アーサーこそが覇王になるべき人間なのだ、と熱弁を振るい、昂る群衆は大歓声で応えた。
……こうして王族の処刑という前代未聞の事態は、セイルス王国民の異様な熱狂の中で幕を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
刑の執行を終えたグレースはその足でローザリア城に向かうと、謁見の間でアーサーと対面した。
「反逆者ロレッタとリーベイ、両名の処刑の執行、つつがなく終了しました」
「終わったか。集まった民衆どもの反応はどうだ?」
「明かされたリーベイ達の悪行の数々に皆、憤っておりました。」
「フッ、そうであろうな。奴らが溜め込んだ金品は莫大。今まで下々から好き放題吸い上げてきたのだからな。その恨み、嫌と言うほど味わったであろう。力なき愚物が運よく上にいても、力のある者に奪われるだけという事を、奴等も死して思い知っただろうさ」
ロレッタやリーベイ、その父デイモンが領民から搾取し私腹を肥やしていたのは確かだ。しかし、それは王が認めた利権でもある。地方を支配する王族には強い自治権が与えられていた。徴税権もその一つであり、支配者が好き放題できた責任の一端はセイルス王にあると言ってもいい。しかし、アーサーはそれらを巧みに利用し、リーベイ達王族にその責任を押しつけた。更にそれまでの税率を引き下げる事を表明し、自らの支持を集める事も忘れなかった。
「最後に新たなるセイルス王国の礎になる事ができ、奴等も本望だったであろう。クックック。民には餌を与え喜ばせておけ。我が国の為にこれから使う駒共だからな。……そうだろう?グレース」
「はい。私も民と共に何があろうと兄上に従うと決めております。兄上の王国の為にグレースのこの身、全てを捧げるつもりでございます」
兄を見るその瞳には、決意と覚悟を秘めた強い光がともっていた。
「……ならば良い。その眼でよく見ておくがいい。セイルス王国を統べ、いずれは世界を手中におさめ、全ての民をひれ伏させる覇王の行く末をな」
「はっ!全ては兄上の御心のままに!」
力強くそう誓い頭を垂れるグレース。
「……時にグレース。不穏分子どもの動向はどうなっている?主を失った旧臣どもが王家に対し反乱を企てておるとも聞く。奴らの動きは掴んでおるだろうな?」
「はっ。リーベイが治めていた東セイルス、及びロレッタの南ナジカ地方、いずれも表面上は静かです。重税に苦しめられた領民達の支持もあり、我らが派遣した新たな指導者に従う姿勢を見せている者が大半。しかしながら領主に近い関係の高官やその支配下にある部隊において逐電や脱走、指示に従わぬ背信行為が散見されるとの事です」
「逐電した者どもの行方は把握しているか?」
「全ては補足できておりませんが、スレイアム公の北ナジカ地方、そしてアダムス辺境伯の西セイルスへ向かう者が大勢を占めているものと思われます」
「そうであろうな。西セイルスに、か。クククッ、これは良い口実となろう……。ところでグレース。貴様の麾下にあるマージナイツの中にも命令に従わぬ者がいるようだな。先の遠征時、出撃を拒否した者が相当数いたと聞いている」
「確かに隊員の中には「マージナイツはセイルス国民を守る為に存在している。国内の内乱に出撃する事は規律に反している」と、出撃を拒むものもありました。しかし、マージナイツは国外の敵を討ち払う隊として設立された隊。内乱の鎮圧は、本来役目ではありませぬゆえ……」
「ふむ。マージナイツはお前の直属部隊だな。お前の一存でいかようにもできるはずだ。セイルス王国において我が命より尊きものはないはず。例えマージナイツと言えどもな」
アーサーは王座のひじ掛けに置いた手を顎にやり、酷薄そうな笑みをうかべる。
「その者どもを即刻捕らえ牢にいれよ。その不忠者どもは思い違いをしているようだ。王家があっての王国。王国あっての国民。王を愚弄するような輩は要らぬ。いずれ国内を統一するまで繋いでおけ。残りの隊員……特に隊員を率いる将官からは人質をとれ。隊員の中の不穏な動きを見逃すな」
「……御意」
玉座から見下ろすアーサーに恭しく頭を垂れるグレース。そしてアーサーの食指は、今だ手つかずの西セイルスに向かおうとしていた。




