10話 魔族暗躍
「そうか、何事もなかったか。それが一番だよ」
双子山でコタロウからの報告を聞き、ヌシ様から姿を変えたハロルドが満足げに頷いた。
「ロイ。残念だけど今回、君の出番は無さそうだね」
「その方がいいだろう。もしルカに万が一の事があれば一大事だしな」
ハロルドの隣では彼の従魔ホーングリフォンのロイが佇んでいる。もし、領主の館で騒ぎが起きればすぐに飛んでいけるよう備えていた。
さらにウィル率いるミナト騎士団が北門近くの山に伏せている。ミナトからの指示があればすぐにでも出撃ができるよう臨戦態勢をとっていた。
「しかし、てっきり王家が領地召し上げを強行しようとして、揉めるかと思っていたけど拍子抜けだったなぁ。せっかく君をお披露目する良い機会だと思ったんだけどねぇ」
「そんな事をすればいよいよ後に引けなくなるだろう。あの場にはチェスターも紛れ込んでいるのだ。下手をすれば中央と西セイルスで内紛が起こりかねん事態になったのだぞ?」
「そうなったらその時はその時さ。それに非があるのは向こうだしね。とりあえずグレース皇女が案外、道理の通じる人間だというのがわかったのは収穫かな。ま、最初から「領地召し上げにするつもりだったが、鉱脈のみで許してやる」という作戦だったのかも知れないけどね」
「そうなのか?」
「最初に無理難題を押し付けて、そのあとに譲った体にして自分の要求を通す。権力者がよく使う手だよ。でもそれも事前に対策済みさ。ミナトはそこによく気づいてくれたよ。これでバーグマン家はミスリル鉱山を手に入れ、アダムス家とは固い同盟を結べた。上々の結果だ。それもこれも彼の働きがあってこそだよ」
「うむ。もはやミナトはバーグマン家にとって、なくてはならん存在だろう」
「まぁ、それくらいの人物じゃないと娘を任せられないからね。でも戦闘に関してはまだまだ弱い。ちゃんと鍛えてやらないと。己を守れるくらいにはね」
「エリスの事は当人に任せるのではなかったのか?あまり出しゃばると煙たがられるぞ?」
「だって父親だもの。それにミナトの武器を見ただろ?あの木刀、魔剣の中でもピカ一だよ?なのにミナトが全然使いこなせていない。そんなの勿体ないじゃないか」
「それはお前の主観だ。ミナトにはリンがいるだろう。それにミナトは水魔法が使えるし、実力を見ても決して弱くはない。そもそもミナトは剣士ではなくテイマーなのだぞ?」
「でも、リンが居なくても強い方がいいじゃない?」
「あの二人は互いが互いを補い合っている。あの二人にはあれくらいのバランスが丁度いい。それに従魔としてはマスターに信頼され、頼りにされる事ほど嬉しい事はないぞ。それが己の強さを高める事にも繋がるからな」
「ははは、まるで私達みたいじゃないか。なぁ、相棒?」
「いや、我がいなくともお前は十分強い」
「つれないなぁ、私達は一生を添い遂げると固く誓いあった仲じゃないか」
「気持ちの悪い事を言うな。エンゲージモンスターは、そういう意味ではないだろうが」
「ははは、冗談冗談。そうだなぁ、確かにあの二人はあのくらいがいいのかも。でもリンの能力はゴブリンの域を超えているよ。エンゲージモンスターでもないのにあの強さ。いくらミナトとの結びつきが強いといってもあそこまでの力は得られないはずだ。やはりミナトには従魔の潜在能力を引き出す何らかの力があるのかな……?」
「エンゲージモンスターにならずとも能力を引き上げる力?ミナトにか?」
「リンだけじゃないよ。それはラナやライにも言える。「獣王の眼光」や「魔力観測」なんて獣人とはいえ、普通の人間が簡単に習得できるようなスキルじゃない。いくら素質があったとしてもね。共通点はミナトに近しい存在だという事だ。普通なら考えにくい事だけど、彼の出自を考えるとひょっとしたら私達にはない能力を持っているのかもしれない」
「まぁ、仮にそうだとしても本人にその自覚はなさそうだがな」
「そうだねぇ。まぁ、もしそうだとしたらエリスがどんな力に目覚めるか楽しみだよ」
「父親の不行状を暴くスキルかも知れんぞ。何処の町娘と遊んでいたかとかな」
「ちょ、ちょっとロイ!それは昔の話で、チェスターに誘われたりして……。いやいや君が考えている程ではないし、それにほら、今はちゃんと双子山のヌシをしているだろう!?」
「競馬大会の時もアダムス伯を随分と羨ましがっていただろう?もう、いい歳なんだ。いい加減、大人しくしておけ」
「年は関係ないよ!それに私は君のマスターなんだよ?もう少し敬意を払って欲しいなぁ……」
「ふん……。エリスに正体をバラしてもいのか?」
「おいおい、マスターを脅す気かい!?……はぁ。昔の君はもう少し可愛げがあったと思うんだけどねぇ?」
「マスターに似たんだろう?不本意だがな」
「私は可愛げが服を着て歩いているんだ。君の目は節穴か?ロイ」
「いや、可愛げという服を着た獅子が爪を研いでるようにしか見えん」
「……そんな事はないさ。私は双子山から動けない囚われの姫なんだからね。せいぜいちょっとした助言を若者に与える事しかできないよ。そうだろう?」
「とてもそうには見えんがな。しかし、まだバーグマン家は産まれたばかりの雛鳥のようなもの。お前が見守っていく事は必要だろう」
「その通り!分かってるじゃないか、さすが頼れる我が相棒!」
機嫌よくロイの首筋をぽんぽん叩くハロルドのその横で、照れ隠しなのか、やれやれとため息をつくロイだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バーグマン家の査察を終えたグレース一行はアダムス辺境伯との交渉を終え、帰還の途についた。
「ヒュプニウム鉱脈をアダムス家から取り戻す事ができずに帰還しなければならないとは……」
馬車の車内、座席に座るグレースの顔色は冴えない。
兄アーサーから「王の使者としてバーグマン家から所領を取り上げよ、それが成せぬなら最低限、ヒュプニウム鉱脈だけでも手に入れろ」との指令を受け、意気揚々と赴いたグレースだったがその結果、何一つ得るものなく帰還せざるを得なくなったのだ。
見込み違いは最初からあった。まず当初、知らされていたバーグマン家に対する調査の報告が実際に自らが調べた調査の結果と解離していた事。
事前の報告書ではルカは幼く、家臣を纏め切れない愚人だと記されていた。それが家臣団の権力の集中や暴走、分裂を産み、家中がガタガタになっている、と。グレースもそう思い込んでいた。
しかし、実際に見たルカは幼いながら統率力のある人物であり、家臣団を立派に率いていた。グレースが見た所、家臣団はルカに臣従しており、バーグマン家当主としてはっきりと認めていた。
家臣同士が対立しているようにも見えない。これはルカを頂点にした指揮系統がきちんと機能している事を示している。自ら派遣した調査員からも報告書にあったような危機的状況には見えなかった。
唯ひとつ、「双子山という山はバーグマン家重臣だったダニエルに燃やされたがすぐに女神様の力で元通りになった」という話が気になった。
双子山にも調査員を派遣したが「焼失のあとは全く見られない、と報告がもたらされた。その為、グレースはこの話はルカを名君にしたいバーグマン家から出た情報操作だろうと理解している。
いずれにせよバーグマン領はよく治められており、問題ないと断じざるを得なかったのだった。
帰還の途上、ワイダに立ち寄ったグレースはアダムス辺境伯に面会し、法に則りヒュプニウム鉱脈の利権を王家に返還するように求めた。しかし、面会に臨んだアダムス伯は、
「新法によれば、ヒュプニウムに関しては王家が所有する旨が決定したそうだな。であれば王家に連なる我がアダムス家が所有する事に何の障りもない。これでセイルス王国はヒュプニウムを手に入れることが出来た。いやいや、誠に目出度き限り。そして、速やかにヒュプニウムを献上した忠義に篤いバーグマン家には、新たな爵位と褒美を遣わさなければなりませんな!」
こう言って大仰に喜んでみせたのだ。ただグレースからするといくら親族とはいえアダムス家が所有していては、セイルス王家にはなんの旨味もない。ヒュプニウムの重要性から速やかにセイルス王家に献上すべし、と訴えたが、
「新法には王、または王家に属する親族と書かれている。私は前国王セイルス三世の弟。その資格は十分にある。それに何の問題がある?それとも貴殿は王が自ら定めた法が違うと申されるのか。もしくは王が間違っていたと自らの非をお認めになられるか?」
と逆に詰問されてしまった。さらに、
「そもそもアダムス家がバーグマン家からヒュプニウム鉱脈を譲り受けた時点で、そのような法はなかった。にも関わらずそのほうはヒュプニウム鉱脈を返せという。法が存在しない過去に遡及してヒュプニウム鉱脈を取り上げようとするのは、明らかに王国の信に反する。セイルス王は聡明なお方、そのような愚かな真似をなされるはずがない。速やかに王都に戻り、そのような愚策で王を惑わせた不忠者を成敗するがよかろう」
と、半ば追い出されるようにワイダ城をあとにすることになった。
確かに新たに出来た法が過去に問題がなかったとされていた事例を裁けるならば、どんな事でもできてしまう。それにより諸侯が疑心暗鬼に陥り、激しく動揺する事は免れまい。例え王家であっても法の不遡及は軽々しく破って良いものではないのだ。
「任務は果たせなかったが、バーグマン領はきちんと統治されている。領民を大切にするお兄様であれば理解をしてくれるだろう」
グレースにとって兄アーサーは兄であると同時に理想的な男性像でもあった。そのせいで常に兄と比較する癖がついてしまい、周囲の男に興味が持てないという欠点も抱えてしまっていたが。
それはさておき「民の為の国を造る」という兄の理想の国造りに照らし合わせ、自らの判断は間違っていないと思い直しローザリアに戻ったグレースだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王城に帰還したグレースはその足で兄アーサーに報告すべく王の間に向かった。現国王セイルス四世が病の為、執務は皇太子であるアーサーが代理を務めている。
「……なんと、何も得るものもなく手ぶらで帰還されるとは。グレース皇女、貴方は王の使いとして失格だと言わざるを得ませぬな」
そう言ったローガンをグレースが睨み付けた。広い室内だがそこにいるのはグレースとアーサー、それにローガンの三人のみだ。
「黙りなさい、ローガン。バーグマン領は当主ルカを頂点に極めてしっかりと統治されていました。事前の報告書に誤りがあったのです。あれでは報告書を元に処断を下す事は出来ませんでした。自ら調査する時間があったから良かったものの、一歩間違えれば領民に多大な動揺を与えるところだったのですよ!?」
姿こそローガンだがこの男は別人だ。しかもその正体を皇女である自分にも明かそうとしない。今まで信頼を寄せていただけに、その信頼を裏切られた思いでグレースは憎しみすら覚えていた。
さらに兄はそんな男を使えるから、という理由で今まで通り側に置いている。それがグレースには不安でしかたがなかった。
「グレース」
それまで黙っていたアーサーが口を開いた。
「はい、お兄様」
自分はお兄様の理想の国造りの為にその尖兵となっている。グレースはそう思っていた。しかし……。
「グレース、お前には心底、失望した」
兄アーサーから出たのはグレースの思いとは真逆の言葉だった。まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃が彼女を襲う。こんな言葉を兄から投げ掛けられたのは、うまれて初めてだった。
「よいか。王は常に正しい。それが事実がどうであるかなど問題ではない。グレース、お前は王命にてバーグマン領に出向いた。にも関わらず、相手の口車に惑わされたばかりか、あろうことか自らが間違っていると非を認めた。それは「王が間違っていた」と認めるのと同じ。王に対する重大な背信行為だ。お前に期待した私が愚かだった」
「お、お兄様……お兄様!!私は幼き頃からお兄様の国への、そして民への想いを聞いてまいりました……!お兄様のお考えはこのグレースが一番理解していると自負しております!!ヒュプニウムの件ももうしばらくお時間を頂ければ、アダムス伯との交渉、成功させてみせますゆえ……もう一度機会を……お願いいたします……!」
必死にアーサーに訴えるグレースをアーサーは冷たく一瞥した。
「もうよい!グレースよ!お前が私を真に理解しているだと!?いつまでも幼き頃の戯言を信じておるようなお前がか?ハッ、国の為、民の為……、その様な世迷言で国を動かせるわけが無かろう!!」
兄のついぞ聞いたことのない怒号にへたりこんでしまうグレース。そんな彼女の前にアーサーが立った。
「ナジカ王国を手中に収めたとはいえ、我が王国はまだ小さい。早急に兵力を増強せねばならん。お前は速やかに軍備を整えよ。次なる敵は西のレニング帝国になる。兵の鍛練も怠るな。これ以上、私を失望させるな。よいな!」
そう言って、アーサーは王の間を出ていった。それに付き従うようにローガンが続く。
グレースもやがて立ち上がり王の間を出る。しかし、その顔には生気がない。
「お……兄様……」
ふらふらと歩くグレースはぎゅっと唇をかみしめ、ただ自分の進む先だけを見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……しかし、あそこまで言わずとも良かったのでは?」
アーサーの後に続くローガンが囁くように問いかけた。
「ふん、ああいう理想家は少しばかり殴りつけておかねばならん。そうする事でどんな命令にも従うようになるからな」
「ふふふ、さすがは我が主、まずは誰が主人かきちんと刻み込まねばなりませんからな」
「あの女はこの国の軍事も担当しているのだろう?上を押さえておけば下は否応なしに従うからな」
「まさに。以前とお変わりないようでこのカストール、安堵しました。して、新たな身体はどうですかな?リデル様」
「うむ、悪くない。身体も能力も人族の中では優秀な方だろう。時折、激しく抵抗するが、じきに余の意識に飲み込まれるであろう。何よりこいつは既に時期国王の座を手に入れている。これからが楽しみだ」
「あの女狐がアーサーを幽閉してくれましたからな。いくら完璧な人間と言えど監禁生活が続けば心に隙ができるというもの。人の欲は身分が高ければ高いほど深いものです」
「うむ。この身体と国を使い、一刻も早くラビエルに代わる魔都を築きあげねばな」
「はっ、このカストール、全精力をもってお仕えいたします!」
ローガンの姿に身をやつした魔族カストールが恭しく頭を垂れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イザベルによって城の一室に幽閉されたアーサーは、外部とのコンタクトの一切を遮断された。誰とも会話のない、独房ともいえる軟禁生活が続いたある日、不思議な声が聞こえるようになる。
「望みはないか?」「やりたい事はないか?」
そんな妖しい声が聞こえてきた。そんな声には耳を貸さなかったが、その声はやがて自らを閉じ込めた父である王やイザベルを非難しはじめる。
「お前には何の落ち度もない。にも関わらずこんな所に閉じ込めた王には明らかに非がある」
「イザベルは自らの子を王座に着けるためお前を監禁した。こんな事が許されるはずはない」
アーサーも王の子だ。例え今は不自由な生活を強いられようとその誇りまで失ってはいなかった。しかし、長い軟禁生活はアーサーの鉄の意志と誇りを少しづつ蝕んでいた。そこに妖しい声は時に、激しく王を非難し、また時にアーサーを気遣う。その声は昼夜を問わずアーサーに語りかけた。夢にまで現れる程に。それは外部からの接触が絶たれたアーサーの心に少しづつだが、巧みに入り込んでいった。
そんなある日、遂にアーサーは声の誘いに乗ってしまう。このままではノアが王座についてしまうという焦りも心の底にあったからなのか、それともその声自体に強力な魅了の力があったからなのか。
『力が欲しいか?』
「……欲しい……」
『では、余と契約を結ぶか?』
「あ、ああ……」
『では契約の呪文を唱えよ』
その呪文を唱えた途端、アーサーの身体は何者かに乗っ取られてしまっていた。そして、その者はアーサーに成りすまし、セイルス王国を自らの王国に作り変えようと企んだのだった。
「……ところで、例の時空魔法はどうなった?完成しているのであろうな?」
「はっ、恐れながら最後の仕上げに、あの方の知識が必要なのですが、今だ協力を得られず……」
「チャカネか」
「はい。現在バーグマン領に居を構えており、コンタクトは取っているのですが、なにぶん協力を拒んでおりまして」
「ふん。奴に大した魔力はない。さっさと連れてこい」
「それが何度か連れ出そうと試みてはおるのですが、尽く阻まれております。以前はバーグマン家の重臣に隷属させた者がおりましたが、その者も排除されてしまい……」
「カストール、貴様には大魔法「炎獄之舞踏場」の巻物があったはずだ。しかも、余のヒュプニウムの鎧を媒介にしたリビングアーマーをも使って当主を亡き者にするはずが、それも失敗に終わっているようだな。これはどういう訳だ?」
「申し訳ありませぬ。今一度だけ機会を下されば必ずや、あの方をお連れいたします」
「よかろう。但し次はないぞ。……そう言えばあの女と共に役に着いた男はどうした?」
「既に処断しております。不要な物は騒がれる前に早急に処分しておかねばなりませんからな」
「うむ。しかし、あの女はまだまだ利用価値がある。せいぜい敬愛する兄の言いなりになってもらうとしよう」
そう言いつつ、二つの影は地下に通じる階段を降りていった。




