25話 お金がない!
リンの手からすっぽ抜けたフレイルは、高そうな武器が陳列された棚をめがけて飛んでいく。
うわっ、もうダメだ!と思わず目をつぶった。……が、いつまで経っても破壊音は聞こえてこない。
「おっと、店の中での素振りはお断りだよ」
ん……?その声に恐る恐る目を開ける。目の前には、両手に鉄球とフレイルの柄を掴んだカンナが立っていた。
「カ、カンナさん……」
「気になる武器があったら店員に一声かけてくれ。ちゃんとした試し場に案内するよ」
「ミナト、すごいよ!カンナ、飛んでった鉄球を手でパシッて掴んだの!!」
「ええっ!?カンナさん、マジですか!?」
「まぁね。これくらいの大きさならそれほど苦じゃないさ」
あの勢いの鉄球を直に掴んだってのか!?うわ~!見とくんだった!……て、そうじゃない!
とにかくリンと一緒に謝った。危うく店の物を壊してしまうところだったからね。
「まぁ、店の物に被害はないし、これから気をつけてくれればいいよ。それより、例の物を見に来たんだろう?案内するよ」
カンナの後に続いて店の奥に向かい、大口取引に使われる個室に案内される。そこには豪華なテーブルとソファが置かれており、ソファに座っているように指示すると、カンナは個室から出ていった。
待っていると、奥の部屋から大きめの木箱を大事そうに抱えたカンナが戻って来た。
「ひとまず試作品が出来た。これで問題なければ、後はヌシ様の所へ納入して術式を書き込むだけだ。まずは確認してくれ」
「お、これはペンダントですね?」
木箱を開けると、そこには幾つかの種類のペンダントが納められていた。首にかかる紐は黒で統一され、飾りである装飾は金属製の丸いメダルのようなものがついている、ごくシンプルなデザインだ。
「幻術の術式が書き込めるように、材質や大きさにはある程度の制限があるけれど、とりあえずこれなら問題はないはずだよ」
「なるほど。あとは術式を書き込めば完成なんですね!」
「ああ、でもな……」
どこか不満げにペンダントを見つめるカンナ。
「何か納得いかない所があるんですか?」
「……ああ。ミナト、リン。もう一箱見せたいものがあるんだが、いいか?」
そう言ってカンナはまた別の木箱を持ってくる。それを開けると……。
「わぁ、すごーい!かわいい!これ、カンナが作ったの!?」
「ああ。私も装飾職人の端くれだからな」
おおっ、これは……!
その箱の中には、ウサギやネコのような生き物が彫りこまれた物や、月や太陽、植物などの組み合わせ。その他、幾何学的な意匠を凝らしたデザインの物。首周りも紐ではなく小さな金属を繋ぎあわせている。こりゃペンダントというよりは工芸品や芸術品の域だ。
「すげぇ……。こんな小さな装飾にこれだけの細工が出来るのか……」
熟練の職人にしか作れないであろう、繊細で、精巧な細工は、うっとりといつまでも眺めていたくなるような出来栄えである。これを目の前にいるカンナが作ったのか……。スゴイよ、カンナさん!!
「恐らくこれを身につける人は、このペンダントと一生の付き合いになるだろう?せっかくなら自分で着けたくなるようなデザインがいいんじゃないか、と思うんだ」
「分かります!自分が気に入って選んだ物を身につけたいですよね!それで「それいいね。どこで買ったの?」って周りの人にも言ってもらえたら嬉しいですもんね」
「そうなんだよ!自分も周りの人も素敵だなって思えるような装飾を作るのが私の夢で、今回はなかなか上手く出来たんじゃないかって思ったんだけど……」
「俺もそう思いますよ!是非こっちでいきましょう!」
「そうしたいのは山々なんだけどなぁ……」
何故か急にトーンダウンするカンナ。
「何か問題でも?」
「まぁね。とりあえずミナトが賛成してくれて良かった。ところでこの後、時間はあるかい?これを持ってヌシ様の所へ行く予定なんだ」
「分かりました。一緒に行きます」
俺達はカンナと連れだってヌシ様の所へ向かう事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
双子山の山道をカンナと連れだって登っていく。ヌシ様はテリトリーとしている双子山を中心とした山の周辺までしか出歩く事が出来ない。だからヌシ様に会う為には、双子山に出向かねばならないのだ。
「金貨50枚の剣?ああ、あれは身体強化の効果が付与された特別製だからな。素材も良いものだしどうしても高くなる。高ランク冒険者向けの剣だよ」
「じゃあ、あの武器は?ブンブン回してドカーン!ってぶつけるヤツ!」
「フレイルか?あれは何も付与されていないし、ただの鉄球だからそんなにしないぞ?駆け出しにも買える。ただ、ちゃんと扱えるようになるまでが大変だけどね」
「そうなんですか?ベルドさんの店の武器だから品質もいいし、もっとするのかと思いましたよ」
「ははは、もちろん安価な武器もおいてあるさ。金貨何十枚もするような武器は、初心者冒険者や兵士にはとても手が出せないからね。ただ、ウチの工房で売っている武器は、例え安価であっても手入れをしてもらえば、長く使えるだけの品質と自負はあるよ」
そう話すカンナは、どこか誇らしげだ。父であるベルドの教えと技術を受け継いでいる彼女は、自分の持つ腕に自信を持っているのだろう。
「ミナト~!ふれいる買ってよ!リン、ヒューン!ドカーン!って敵をやっつけたい!」
「え……、い、いや、リンには光刃があるじゃないか!それに離れた敵には、りんぱんちがあるし!俺はそっちの方がリンに合ってると思うよ!何より光刃ってキラキラしてカッコいいし!俺はそっちが好きだな~!」
「ほんと?エヘヘ!じゃあ、やっぱり光刃でいく!」
そんなリンの様子をみてホッとする。あの鉄球を頭上でブンブン振り回されたら、おっかなくてたまらない……。敵に当てるよりまず俺に当たりそうだ。それとリン、フレイルは投擲用の武器じゃないからね!
「あ、ところでウィルの鎧っていくらぐらいなんですか?ベルトさん自慢の合金ですよね?」
「アレかい?……それは聞かないほうがいいと思うよ~」
そう言ってカンナは不敵に笑った。
ど、どのくらいなんだろう……?あの剣が金貨50枚だとすると、ミスリルと魔鉱石の合金だから、もっとするのか?ひょっとしたら家一軒くらいとか……?あはははは。全くベルドさん達には足を向けて寝られないです。はい。
話をしつつ、双子山の山頂にたどり着く。
ヌシ様は、切り株で拵えた椅子に腰かけて緑茶をすすっていた。その隣にはヒューゴが同じように侍ってお茶を飲んでいる。その足元では丸くなったタヌ男が寝息を立てて眠っていた。
その光景は時間をもて余した老人が、暇潰しの世間話でもしているようだ。とても双子山を統べる実力者とバーグマン家の軍団長には見えない。それにしても最近は双子山でヒューゴをよく見る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カンナの気持ちも分からんでもないが……。こればかりはどうにもならんよ」
俺の話を聞いたヌシ様は白い髭をしごきながら言った。
より良い物を身につけて欲しい、俺達の願いにもヌシ様は首を縦に振ってくれなかった。
理由はただひとつ。「先立つ物がない」つまりお金がないからだ。
当然ながら装備品は勝手に地面から生えてくるものじゃない。幻術を付与した装飾品を作ろうと思えばそれを作るための材料と職人、そして時間がかかる。
しかし、このペンダントを必要とする人々の中には、日々の暮らしにも困る者もいた。
いや、むしろ治癒院の治療が高額な為、診療が受けられず俺の診療所に来る人が大半だから、高価な装備品を提示しても支払える余裕はないのだ。だから、配布する際は無料、もしくは格安にしなければならない。
「ワシらはミナトに世話になった。だからお主の願いは出来うる限り叶えてやりたい。しかし、それにも限界はある。対価が期待出来ない以上、コストはなるべく抑えねばならんのだ」
「それなら私は報酬を貰わない。それならいいだろう?」
カンナがそう主張するが……。
「それはならん。カンナが作る装飾品も通常ならかなり高値がつく品じゃ。製作している時間、お主は別の武具を作れぬ。その時間は丸々工房の損失となってしまう。造りが精巧であればあるほどその時間は長くなる。のう、カンナ。これ一つ作るにも材料費だけでもかなりの金額じゃろう?今回の装備品はかなりの数が必要になるんじゃぞ」
ヌシ様が木箱に入ったペンダントのひとつを取り出し、眺めながら続ける。
「よいか?必要なのは幻術を付与する装備品であって細工ではない。お主の理想を追うのは良いが、今回はその時ではないのだ」
カンナを諭すようにヌシ様が語りかける。彼女は俺を見ると肩をすくめ「仕方がない」という感じに首を振った。
ううむ、資金かぁ……。確かに何かを新たに作ろうと思えば何らかの設備投資は必要だ。それに加えて材料費や職人に払う人件費も発生する。
しかし、ペンダントを受け取る人々に価格転嫁させるのは難しい。そうすると必然的に優先度の低いコストは、削っていかないとならない訳か。
本来こういう装備品を大量につくるなら、ヌシ様が作ってくれた術式に対しても、それを道具に付与する行為にも莫大な費用がかかる。そこをヌシ様達は「ミナトの為なら」とほぼ無料に近い費用で請け負ってくれたのだ。
こういう事情では俺も強くは頼めないなぁ……。
と考えていると、下の方から元気な笑い声が聞こえてきた。
「おっ。ミナトにリンじゃないか!」
やって来たのはドッグウルフに跨がったルカとラナ、そして少し遅れてライが姿を見せた。
「おー、ルカ、ドッグウルフに乗れるようになったの?」
「ああ!もうだいぶ慣れてきたぞ。今日は山の中でラナと競走したんだ!」
リンが尋ねると、ドッグウルフから飛び降りたルカは、誇らしげに胸を張った。
「……ルカ、まだダメ。……ポン太と動きがちぐはぐ。……もっと呼吸を合わせなきゃ、また落ちる」
「ははは、ラナは相変わらず厳しいな!大丈夫!次はもっと上手くやれるさ!なぁ、ポン太!」
そう言ってルカは楽しそうにドッグウルフの首筋をなでた。タヌ男にポン太……。ラナのネーミングセンスはそれでいいのか……。
一方でドッグウルフから降りるのもやっとの事でといった感じのライ。どうやらタヌ男の指導の元、魔力の修行に忙しく、最近は体力面の訓練が少し疎かになりがちらしい。
それはさておき、双子山騒動以降、ルカはよくここを訪れてはラナと一緒にドッグウルフに乗る練習に励むようになった。
「領主としての務めばかりでは気がつまるじゃろう。せめてここで過ごす時間くらいはのびのびさせてやらねばのぉ」というヌシ様の親心らしい。
ドッグウルフをラナに返したルカが、俺の所にやって来た。
「ちょうどいい。後で家に寄ろうと思っていたところだ!実はミナトに頼みがあってな。ミナト、俺の家臣になってくれないか!?」
「え……え!?お、俺がルカ様の家臣に!?」
え?何、なんで?いきなりルカからそう言われて頭が混乱してしまう。
「ルカ様、突然そんな事を言われればミナトも戸惑ってしまいます。しっかり順序だてて説明しませんと」
返答に窮している俺にヒューゴが説明してくれた。その話を要約すると、双子山とその周辺の正式な管理人として俺をバーグマン家に召し抱えたい、ということらしい。
双子山はバーグマン家が管轄する山で、最近までずっと放置されてきた。しかし、今回起こった双子山での騒動を経て、管理する所在を明確にしていこうという話が進んだらしい。
その責任者の人選を決める際、降臨の場に居合わせた武官を中心に「パナケイア様の選定者であるミナトはどうか」と言う声が多く、ルカも納得の上、決定したようだ。その職に着任するためにバーグマン家の家臣になってほしい、という訳だ。
「この双子山はパナケイア様が降臨された、いわば聖地だ。領内でも「パナケイア様が降臨された地を訪れたい」という声が多くてな。その者達の為に礼拝堂も建築したいと思っている。この職席にお前以上の適任者はいない。どうだ、受けてくれないか?」
「え、えっと……いきなりの事で……。俺がルカ様の家臣にですか……」
家臣かぁ、う〜ん。そうなると色々大変になるだろうなぁ。それに今までのように身軽には動けなくなるかも……。冒険者としてそれはどうなんだろうか。外部の協力者としてじゃダメなのかな?
「ミナトにも思うところはあるだろう。しかし、ミナトに引き受けてもらえなければ、双子山の管理者としてここに役人を新たに送らなければならなくなるのだ。そうなれば今までのように、なんでもお前の意のままにとはいかなくなるだろう。新たな役人との間に双子山の管理において考えの齟齬が生まれるやもしれぬ」
俺の考えを察したかのようにヒューゴが口を挟む。
「ルカ様は、ミナトが今まで双子山で築いてきた様々なものを奪うお気持ちはない。いや、むしろこれからもミナトに双子山の管理者として、これまで以上に自由に開発を進めてもらいたいとのご希望だ。だからこそ新たに役人を立てる事には賛成しておらん。しかし、その為には便宜上、お前に家臣になってもらい正式にルカ様から管理者として任じられる必要があるというわけなのだ」
「な、なるほど。それじゃ管理人になれば今まで作ってきた畑や家なんかも、このまま使ってもいいってことなんですね?」
「無論だ。我輩もこの任にミナトが相応しいと思っている。それにお前の身近な者達もみな賛成しているのだぞ?」
「……え」
ヒューゴの話では、既に管轄区であるミサーク村の村長グラント、そしてエリスからの賛同も取り付けているようだ。二人とも「ミナトなら間違いない」と賛意を示し、さらにイアンやコンラッドも諸手を挙げて賛成したそうだ。
うぐっ。既に外堀は埋められてしまっている。それにこれからもここで暮らすなら、この話を断れない。逡巡した結果……。
「……分かりました。グラントさんやエリスも賛成ならやるしかないでしょう。双子山の管理人、引き受けます!」
「そうか!やってくれるか!任命式の日取りは追って沙汰するからな!これからもよろしく頼むぞ、ミナト!」
そういうとルカは俺の手を取って嬉しそうに笑った。
こうして俺はバーグマン家の家臣として、正式に双子山の管理人に就くことになったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ところでこのペンダントは……?おお!随分細かな細工がしてあるな!これは素晴らしい物だ!このような物がどうしてここにあるんだ?」
ペンダントを見つけたルカがその一つを取り出し尋ねた。
「えっと、これはですね……」
ルカに、ネモク病で目が見えなくなってしまった人々の治療に使うものだと経緯を説明する。
「ほう、それでこのペンダントを使うのか!確かに俺もこっちの方がいい!……よし!この件、バーグマン家で請け合負う!カンナ!資金はバーグマン家がだそうではないか!お前はこのペンダントを作ってくれ!」
「本当ですか!ルカ様!」
カンナの顔がぱあっと明るくなる。
「うむ!俺も欲しいくらいだ!金の心配はしなくていいぞ!」
「ありがとうございます!ルカ様!」
カンナが嬉しそうに頭を下げた時だった。
「それはなりませんぞ。ルカ様」
口を挟んだのはヒューゴだった。
「なぜだ、ヒューゴ!?」
「今、我がバーグマン家は財政的に厳しい状況に置かれております。今の当家には余剰の資金はほとんど残っておらぬのです」
「な、何だと?」
「財務担当のレビンによればダニエルが領民から吸い上げた血税はその大半が王都へ流れてしまっておりました。当家はこれからバーグマン領を復興せねばなりませぬ。少ない金でいかに効率的に領地経営に回すかを考えた時、この件の優先順位は高くはございません。ゆえに大切な金を回すことは叶いませぬ」
「しかし、これがあれば目が見えぬ者達も救われるのだろう!?困っている領民の為なのがなぜ叶わぬのだ!」
「確かにそれは人の道に叶うものでありましょう。しかし、費用に対する効果を考えた時、その効率は決して高いものではありません。領民全体を豊かにするために金を使うか。一部の領民の為に使うのか。今、必要なのは前者です」
「ヒューゴ!お前は領民が困っていても、少数ならば捨ておけと言うのか!?」
「資金があれば我輩も何も申しませぬ。しかし、何事にも優先順位があります。ルカ様にもいずれ現在の財政状況を報告いたしますが、まず何より最優先なのは荒廃した領地を建て直す事。そして資金ができればその後に行うのが最善かと存じます」
「……金が無いのか。そうすると、何も出来ぬ。我が領地はそれほど困窮しているのだな……」
気落ちしたルカが目線を落とした。その時、
「まったく、さっきからカネカネ、カネカネうるさいカネ。おちおち昼寝もできんカネ」
突然、発せられたその声に皆の注目が一斉にが集まった。
……いや、タヌ男。君が一番カネカネ言っとるカネ……ってしまった。俺にもうつった!?
「金がほしいなら山の中に埋まっとるカネ。さっさと掘り起こせばいいカネ」
「なんと!山の中に金があるとな!?」
「それは本当か、タヌ男!どこだ、どこにある!?」
ヒューゴとルカが同時に声を上げる。タヌ男は大きなあくびをひとつすると、
「お前らもよく知ってる場所カネ」
そう言いながら顔を上げたタヌ男の目線の先には、湯呑みを持ったままのヌシ様がいる。
「タヌ男、お主は知らぬのか?あそこは……」
「フン!お前に言われんでも知っとるカネ。こんな事も解らんとはお前、本当に耄碌したんじゃないカネ?」
「なんじゃと?しかし、あの状態で「それ」は出来んぞ?」
「なら証明してやるカネ。時の流れは状況を変えるものカネ。ほれ、ライ、こっちへ来るカネ」
タヌ男がお座りしたまま、まねき猫のように前足をかき、ライを呼ぶ。
「はい、師匠!」
「うむうむカネ。それでは「例のスキル」皆に披露してやれカネ」
「分かりました!」
そう言うとライは深呼吸をしたあと、意識を集中し始める。
……一体何が始まるんです?




