24話 贖罪
「ミナトさん。見て下さい、このサツマイモを!今日はこんなに沢山の収穫があったんですよ!」
仮設の集荷所には、収穫されたサツマイモの山ができていた。そこに畑で働いている従業員がやってきて、芋が山盛りになっている籠を次々に置いていく。
「わぁ!いつもよりたくさんあるねー!」
山積みになったサツマイモを見て、リンが歓声をあげる。
「すごいですね。こりゃ、一日の新記録じゃないですか?」
「ふっふっふ、そうなんですよ。以前より地中にできる芋の量が増えているんです。これだけあれば一時的に停滞した数を補って、さらに出荷数を増やすことができます!」
イアンが満面の笑みでそう話す。ここには収穫した芋が集まり、出荷の為の選別と、芋の土落しと磨きの作業にあたる従業員達が、大きさ毎に手際よく分別している。
「畑ばかりでなくリンゴの木まで燃えてしまった時は、『この世の終わりだ』と絶望してしまったものです。それがこうして再び収穫ができる……。本当に良かったですよ」
「あの時のイアンさんの落ち込みぶりは、半端じゃなかったですからね。正直、なんて声をかけたらいいか分からなかったですもん」
「いやぁ、お恥ずかしい。しかし、またこうしてすぐに畑の仕事に復帰できるようになるとは、あの時は思いもしませんでした。それもミナトさんとパナケイア様の御加護のお陰ですね」
イアンがしみじみと言う。
俺自身、双子山が燃えてしまい、家や畑など、全てが燃えてしまった時のショックは大きかった。戦いの最中は目の前の敵と戦うのに必死で、そちらにはあまり気が回らない。しかし、いざ事態が収まり一息つくと大切な物を失ってしまった喪失感が、一気に襲ってくる。
焼け落ち、黒く煤だらけの柱だけになってしまった我が家を呆然と眺めていたラナ。彼女を一生懸命励ましていたライだってリンだって、おそらく同じ気持ちだったろう。
しかし今、その場所には大工の棟梁バリトンの指揮のもと、新たな住居が急ピッチで建築中だ。
「最初に建てた時より住む人間が増えたんだ。これくらいはあっても困らんぜ」
バリトンさんから受け取った図面をみると以前の家より部屋数も多く、我が家の人数(+エリス)が住むには、ちょっと大きすぎるんじゃないかなぁ?と思った。ウチの会計を請け負っているコンラッドにも聞いてみたが、
「いずれこれくらいは必要になりますから。あ、お金の事は心配無用ですので」
コンラッドはそう言いながら、どこか含みのある笑みを浮かべていた。
応接間も広く、この世界では一般家庭ではめったに見かけない風呂場もある設計。家というよりまるで村長が住むような屋敷になりそうだ。(掃除が大変になるんですけど……)
「柱も壁もいい建材を用意した。丈夫で長持ち、それに防音もバッチリだ。これで夜も安心だな!」
バリトンは俺の肩を叩きながら豪快に笑っていた。……一体何が安心だというのか。
……それはともかくとして、
「リン、今日はこれからベルドさんの工房に行こうと思うんだ。前にベルドさん達に、幻術を付与した装備品の開発をお願いしただろ?昨日、連絡があってね。プロトタイプが出来たから、見に来てくれって」
「ぷろ……ぷ?って何?」
「あ、ごめんごめん。えーっと、要は試作品って事。まだ完成品じゃないけどかなり近い状態までいっている製品だよって感じかな」
「じゃあ、それを着ければ、見えない人の目が見えるようになるの!?」
「どうかな?まぁ、とりあえず行ってみようよ」
「うん!早く行こう!また新しい武器とかあるかな~?リン、見てるだけでも楽しいんだよね~!」
ウキウキしているリンを伴い、ベルドの工房に出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと止めて下さい~!」
ノースマハの北門前で、俺は困り果てていた。
「いえ!まさか女神様の御使者だとは思わず、今までの無礼の数々、何とぞお許し下さい!」
目の前にはいつものやる気のない衛兵さんがいる。しかし、今はその彼が背筋をピンと張り、俺に最敬礼をしているのだ。
「別に選定者だからって何が変わるわけじゃないんですってば!お願いですから以前と同じように接してくださいよ!」
「しかし、我々はパナケイア様にお救い頂いたので……」
「それなら女神パナケイアに感謝の祈りを捧げて下さい。俺には今まで通りでお願いします」
「ほ、本当に今までと同じでいいのか?」
俺が頷くと、彼は安心したように額の汗を拭い、ホッと息を吐く。
「そう言ってくれると助かるよ。なんせ女神様を直に見るなんて初めてだったからな。それにあの奇跡だ。あれには本当にたまげたよ」
まぁ、すごいのはパナケイアさんで、俺じゃないからねぇ……。
衛兵の他の同僚にも今まで通り接して欲しい事と、あの時の感謝を伝えるなら俺よりパナケイア様にお願いします、と言付けして北門をくぐった。
「ミナト、あの人、なんで急にミナトにペコペコするようになったの?」
「そりゃ、パナケイアさんを実際に見たからだろうね。真っ黒だった双子山をあっと言う間に元の姿に戻す力を目の当たりにした人達は、女神の選定者の俺にも礼を尽くさなきゃ、と思っちゃったんだろう」
「うん、あれは凄かったぁ!ぱあああっ!にょきにょき~!ぐーん!ざわざわ~!ってみんな目がまんまるになってたね~!」
リンの感想はともかく、あの時、パナケイアさんが降臨した事は大きく、特に降臨を直に見た兵士達の間で、俺の評価がかなり変わってしまっているようだ。
変わったと言えば、名前の変わったシンアン。
今はフリール商会の一人として領内を忙しく回っているらしい。ひげを無くし、頭を剃りあげ、ターバンの様な布を頭に巻き、商売道具を背負って商会の商人と共に行商に励んでいるそうだ。
でっぷりした体型は今はだいぶスリムになっているらしい。その理由はきつい仕事ばかりではない。
行く先々で尋ねる人々の暮らしぶり。そしてダニエルだった頃の自分に対する憎しみ、そして獄中で死んだ事になっている自分への侮蔑。
そういった声も全て受け入れ、それでも生きねばならない。それが精神的にかなり堪えているのだろう。しかし、それが彼に課せられた使命だ。
失われた命は取り戻せない。領主ルカを守る為だったとはいえ、領民たちが背負わされた重荷は、決して軽いものではなかった。ならばどう償えばいいのか。シンアンはその答えを求めて、今日もバーグマン領内を駆け回っているはずだ。
ビアトリスからダニエルの話を聞いた。なぜ彼が権力の亡者に堕ち、領民を苦しめ圧政を敷いたのか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ビアトリスの話によるとダニエルは、シンアンとして生きる事で、これまでの自分の話を少しずつ語り始めたという。
発端は、前当主アーロの妻で未亡人のニーナが亡くなった後の派閥争いに遡る。
今際の際にニーナは、ダニエルに「一人残される幼いルカを助け、領主になるまでどうか導いて欲しい。それが私の最後の願いです」
と涙を流しながら言い遺し亡くなった。後を託されたダニエルはルカを後見し、バーグマン領の為に奔走する。しかし、それは決して平坦な道ではなかった。
バーグマン家には、ニーナが連れてきたダニエルとその家臣が中心の王都派と、地元で登用された地元派の派閥がある。前当主アーロ亡き後、ニーナを中心とした王都派が発言力を増し、地元派は押さえ込まれた。
そしてニーナ亡き後、最高権力者の座にダニエルが収まるに至り、地元派との対立は激化。王都派の躍進の影で冷飯を食わされた一部の地元派からは「ルカ様を奪還し、ダニエルを追い出せ」という声が上がるほど勢いは鋭峰化し、いつ内乱が起きてもおかしくないほどの状況に陥ってしまった。
ダニエルも何とか融和を計るべく地元派への説得を続けたが、地元派からの返答は「ダニエルの追放とルカ様を地元派へ引き渡す事」と譲らなかった。
地元派との融和を諦めたダニエルは、地元派を排除する決意を固める。ロビィルを使い、特に過激派と目された地元派の情報を集め、些細な罪で次々に追い落とした。
「ニーナ様から託されたルカ様を、命に代えても私がお守りせねば」
そんな想いに囚われたダニエルはルカを囲い込み、自身の側近者達で固める。「ダニエルは権力を独占し邪魔者を次々に排除し、ルカ様をないがしろにする奸臣」の評判が立ちはじめたのは、この頃からだ。
しかし、皮肉にも事情を知らない当主のルカは彼を頼り、亡き父や母の代わりにダニエルを拠りどころにする存在になった。それだけがダニエルの唯一の慰めであった。
そんなある日、一人の人物がダニエルの元を訪れる。黒い衣服に身を包み黒頭巾で顔を隠した男は「王家に仕える重臣の使者」と名乗った。その男こそがあのシャドウだ。
シャドウは「最近のバーグマン家の騒動の話が王家の周囲にまで聞こえてきており、重臣達の間でもこの領地をバーグマン家に任せたままで良いのか、と言う懸念の声が出ている」と言った。
更に「我が主も心を痛めており、幼い領主を助け、王宮内の懸念の声を払拭させるよう王家に働きかける用意がある」と言い、ある重臣のサインが入った書状を渡した。
ダニエルは驚愕した。つまり、お家騒動にかこつけ「ルカの領主としての身分を保証するように口添えしてやるから、相応の物を出せ」と言っているのだ。
要は弱みにつけ込んだ強請りだ。すでに騒動は王都でも知られた話になってしまった。
元々、王家とバーグマン家の間には「どの戦いにも派兵無用」「王家への上納金不要」「バーグマン家の血筋がある限り、領主の座を保証する」という契約が結ばれていた。冒険者だったハロルドが乞われて初代領主になった際に結ばれたこの契約を、王家側は反古にしたのだ。
「このままではルカが領主の座を追われてしまう」
契約を反古にされても今のバーグマン家とダニエルには、王家に思い直させる力はない。
バーグマン家の存続とルカの命を第一に考えているダニエルは結局、その要請を飲まざるを得なくなった。その証としてダニエルは、逆らえないよう隷属の首飾りをつけさせられた。
その後、バーグマン領の領民を待っていたのは苛烈な搾取だった。
従来は免除されていた王家への寄付金という名目で上納金を課せられ、また王都からの要求は断れない。ネノ鉱山が閉山しており、寄るべき大きな産業のないバーグマン領に、過大なノルマが課された。しかもそれは領民には知らされない。
逆らうことは許されなかった。何故ならダニエルは「お前が少しでも反抗的な態度を取れば、領主の地位どころか、ルカ本人の命もなくなるだろう」と使者であるシャドウから脅されていたからだ。
こうしてダニエルは、人々からの怨嗟と恨みを一身に受け続けることになる。
ネノ鉱山の封印を解く指示もシャドウから伝えられたのだと言う。
エリスはバーグマン家を出奔してから20年以上たっている。もうすでにバーグマン家の一員とは考えられていない。故にネノ鉱山で亡くなったとしてもそれは事故として処理できるだろう。
そして、ネノ鉱山の封印を解くことで起こるであろう魔物の爆発的発生は、生前ハロルドが「起きる可能性が高い。だが、すぐにと言う事ではなく1年後かもしれない、10年後に起こるかもしれない。それを防ぐために封印するのだ。と言っていたのだ。
今すぐに起きるのならばルカの命もバーグマン領も何もかも危険にさらされるが、今起きる訳ではない。
ルカが領主として成長するまで、いや、起きないことも十分考えられるのだ。
そのまま、ルカが領主として自分と交代するまで何も起きなければ……。今までの領内の不満や怒りの声も自分が持ったまま死ねば、ルカのこれからの名声や栄光は何一つ傷つくことはない。ダニエルはそう考えていた。
「自分が矢面に立てば怨嗟の声は全て私に向かい、ルカ様は「権力者に操れらる悲劇の領主」として同情が集まるだろう。そして、誰かが私を倒しルカ様を救えば、ルカ様は歓声を持って民衆に迎えられる。それがニーナ様から託された私の役目であり、領民を苦しめた私の罪に対する罰だ」
それが自分の人生の最期の希望だったのだと言っていたそうだ。
ダニエルは王宮側からの要求を飲み、またルカを守るために一人悩んだ。その結果、権力の亡者となり果て、自らを倒し、ルカを守ることができる存在を待ち望んでいたのだ………。
ビアトリスからその話を聞いたヌシ様はただ一言。
「愚かな事を」
そう漏らしたそうだ。それが誰を指したのかは分からない。しかし、いずれにしてもダニエルを陥れ、利用したのは王家に関わる人物である事には間違いない。
「王家はワシとの約束を違えたようじゃ。しかもワシの死後にだ。その責は負って貰わねばのぉ」
その時、ヌシ様は何故か笑顔でそう言った。しかし、その笑顔を見てビアトリスは背筋に冷たいものが走ったらしい。
「ハロルドはすで死んでいるから、約束を違えても問題ないとタカをくくったのかねぇ。あの男を怒らせたらただじゃ済まないってのに」
ビアトリスが呟くように言った、その言葉が妙に俺の脳裏に残っている。
ダニエルは権力に溺れ逆臣になっていたのではなかった。彼はずっとバーグマン家とルカの忠臣であり続けていたのだ。
だがそれは領主とバーグマン家を守る為であり、決して領民の為を思ってのものではなかった。それは結果的に「ルカの為なら領民は虐げられても仕方がない」と言っているのと同義になってしまっていたのではないのか。
ダニエルがそれに気づいて、領主の為ではなく、領民たちの為に動けるようになった時から、彼の贖罪は始まるのかもしれない……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ノースマハの北門を抜け、俺達はベルドの工房に辿り着く。
その途中でまた別の衛兵に直立不動で敬礼されて困った。どうもリンを肩車しているせいで遠目に見ても一目で俺と分かるらしい。……ううむ、これは盲点だった。まぁ、これは仕方がないんだけどさ。
「わぁ!また変わった武器が増えてる~!」
武器屋に入るなり、俺から飛びおりたリンはそのまま武器の陳列棚へ目を輝かせながら向かっていった。
やっぱりカッコいい武器や鎧を見ると心がときめく。剣、槍、刀、弓、杖……。
うーん、さすがベルトの工房。これ全部がベルトさんの拵えじゃないだろうけど、どの武器も実に素晴らしい出来栄え。「俺は頼りになるぜ!」なんて主張しているようだ。
あ、この剣なんて凄く切れ味がよさそう。この刀身の長さなら俺にもちょうどいいな!目についた剣を持ってみようと手を伸ばしてふと値札に目がいく。
……げ、金貨50枚!?
値札を見て思わず手を引っ込めた。金貨1枚は前世の価値に直せばおよそ10万円。それが金貨50枚って事は……。
ひ~、やっぱり武器って高いなぁ。まぁ、それだけ確かな品質なんだろうけど。しかも武器に手を伸ばそうとすると俺の木刀から黒いオーラのようなものが立ち上ってくるし……。ちょっと持ってみようと思っただけだよ!別に他の武器に浮気なんてしないってば!
と、俺の耳に突然、ヒュンヒュンという音が聞こえてきた。
「ミナト~、見て~!」
リンの声。ん?声の方を見ると……
「げっ!?リン!何やってるの!?」
「えへへ~!ミナトー、すごいでしょ~!」
見るとリンは、ニコニコとソフトボール程の大きさの鉄球が鎖で結ばれた武器「フレイル」をブンブン振り回していたのだ!この音は風切り音だったのかよ!
「リン!危ないよ!店の中でそんなの振り回すのは止めなさい!」
「そうなの?分かっ……あっ!」
何と、止めようとしたフレイルが、リンの手からすっぽぬけ、武器の陳列された棚に飛んでいってしまった!
「ギャー!マジかー!?」




