92 疑惑
聖痕の力はそれぞれに違いがある。
一つ一つ説明すると、それこそ三日三晩どころでは済まない程度には時間が掛かるから今は割愛するけれど、今回使った聖痕の力は要約すると嘘に纏わるあらゆる行為に対して効果を発揮するものだ。
勿論、魔法ではなく聖痕そのもの力。
抗う事など出来ない。
だからこそ、例え使い捨てのチンピラであろうとその情報には価値がある。
そしてそれは、
「正直、考えてはいましたよ。外れていてくれと願いながらですがね」
目の前に座るハルヴィルが項垂れながら祈る様に呟いた。
いや、既にその祈りは届かなかったのか。
「実際どうなの?何か気付く事があったからそう思ってたんでしょ?」
「、、、ええ」
少し考えてから重苦しく首を垂れる。
「実は、北に現れた魔物の群れより以前にも同じような事があったんですよ。ですがそれは既に解決しています」
「そうなの?でも、その時は別に今みたいにハンターを集めた訳ではないんでしょ?」
「アグルが動いてますからね。正直、彼は規格外ですよ。今発生している物よりも小規模とは言え、彼とあと数人のハンターだけで群れを鎮圧していますから」
魔獣討伐協会の長になるだけの腕っぷしはあるという訳ね。
でも、そうだとすると疑問が浮かぶ。
それが顔に出ていたのだろう、ハルヴィルが私に頷いてみせる。
「お気づきになりましたか。そうです、アグルは国内での魔物討伐は自らが率先して動きます。元々がハンターですからね。それに加えて、ご存じの通り他のハンター達は基本国外が活動の中心です。無論、共和国内で活動する人員はそれなりに控えさせては居ますが、大半が新人だったり訓練が必要だったりする者ばかり。そんな彼らを引率して実地訓練を積ませるのもアグルの仕事の一つでした。ですが」
「今回は動かなかった。それどころか、ハンター達を呼び戻し、挙句私や貴方に嘘を吐いた」
「そうです。初めの頃はそれなりに対応していましたし、魔物の討伐にも赴いていました。しかし時が経つにつれ動かなくなり、ついにはハンターも動員せず議会に対して既に解決したと虚偽の報告をするようになりました」
アグルの報告を虚偽と断じた、つまりは議会も独自に調査をしているのだろう。
今もなお群れを成す魔物を敢えて放置し、議会に嘘を吐きながらそれでもなおハンターを集結させている。
そのハンター達も何故呼び戻されたか知らず、代わりに使い捨ての人員を動かして要人襲撃を行った。
「これじゃ、噂通り議会と協会の対立を本格化させようとしている様にしか思えないわ。いえ、それどころか今のままでは内紛になるわね」
「議会側にも治安維持軍が備えられています。本来は犯罪を取り締まったり要人警護をしたりですが、最近はお歴々のお陰で強化が図られています。もしも戦闘が始まってしまうとすれば、激化は免れません」
つまり、まずは魔物の群れを早急に片付けてしまい、ハンター達が留まる理由を完全に潰すしかない。
その間にハルヴィルには議会を抑えてもらう。
議会側には既に戦端を開くだけの大義が与えられてしまっている。
対する協会も、その本分を放棄してしまえば議会に手を出す準備は整ってしまっている。
いや、それもそれでまたおかしな事が出てくるのか。
「アグルが本当に事を起こそうとしてるなら、ランデル達を行かせたのが分からないわね。彼らはアグルに疑いを持っていた訳ではないはず」
「それは確かにそうですね。出発前に話をしましたけど、彼らはアグルに対しては信を置いている様でした。多少思う所があるような事は言ってましたが、それも協会やアグルを心配してのものでしたし」
こうして考えてみると、アグルの言動が嚙み合っていないような感じがする。
ハルヴィルと二人で頭を捻るけど現状では逆に確信が持てなくなってしまった。
そうこうしている内に馬車は目的地であるハルヴィルの家に到着した。
「えっ?なんで貴方の家に来てるの?」
深く考え込んでいたせいで今の今まで気付かなかった。
貴族制が廃されているとはいえ、家まで取り上げられた訳ではない。
事実、目の前にある家はそれなりに大きい。
中心部から離れているとはいえ、これだけの家に住めるなら何も不都合は感じないだろう。
「ええ、事情が変わりましたので。暫くは私の家にて過ごして頂いた方がよろしいかと思います」
いつの間にか普段通りの笑みを浮かべるハルヴィルに促される形で馬車から降りると、出迎えの執事らしき人が恭しく首を垂れる。
「おかえりなさいませ。そちらの方が仰られていた御方で?」
「ああ、暫く滞在してもらうリターニア嬢だ。世話役のメイドを頼む」
「承知いたしました」
完全に私を無視して話が進んでいるけど、もうこれ断れない雰囲気じゃない?
ジットリと隣に並ぶハルヴィルを睨むけど、相変わらずの笑みで受け流される。
「はぁ、分かったわよ。確かにこっちの方が何するにしても便利そうだしね」
猶の事嬉しそうにするハルヴィルの先導で家へと案内されるのだった。




