91 棘ある花
「情報提供ありがとう。いい夢見てね」
背後に向かって右手をヒラヒラと振ってその場を後にする。
あとに残されたのは床に蹲る三人の男達。
私をお忍びのお嬢様と勘違いした挙句、存在しない家族を思いやる健気な子に絆されてしまった哀れなチンピラ達。
そんな彼らに何が起きたのかと言うと、まぁそれ程特別な事はしていない。
まずは順を追って話そうかな。
チンピラ達を伴って私はこじんまりとした喫茶店へとやって来た。
隠れ家の様なその店の中へ入ると、薄っすらと暗い店内が私達を迎え入れる。
その店内を私は淀み無い足取りで奥へと進み、カウンターでグラスを磨いていた店長に軽く目配せで挨拶をする。
その後ろ、私に連れらて来た三人は若干尻込みしながらも続いてくる。
店の奥にある個室へと入ると、私は一人掛けのソファへと腰を下ろし、その向かいにあるソファに一人が座りもう一人はその後ろ、最後の一人は出入り口の近くに凭れ掛かって外に意識を向ける。
「では、早速ですがお話をお伺いしても?」
ふんわりと笑みを浮かべて小首を傾げると、対面の男が腕を組んで出会い頭に見せたイヤらしい笑みを浮かべる。
「ああ、だがその前に、だ」
その声に合わせて、他の二人も私に粘つく様な視線を向ける。
「礼は弾んでもらうぜ。モチロン、アンタの体でなぁ!」
分かりやすくグヘヘと笑う彼等に、私は内心で溜め息を吐き出しつつも予想通りと目を細める。
まぁ私に絆された様に見えたのは当然演技で、こうして人目の無い密室に自ら招き入れた愚かな小娘をどう弄ぼうかと舌なめずりしていたのだ。
だけど、
「まぁ、何て事です」
呆れたように反応を返すと、彼らがさらにその表情をだらしなくする。
いや、ね?
さっきも言った通り、彼らが私に絆されて心を入れ替えた、なんて微塵も思ってはいなかったのは当然だけれども。
じゃあ、そんな彼らをわざわざこうして招いたのは何の為なのかと言うと、それは勿論。
「貴方方は既に術中なのですが、それにすら気付かないのですか?」
御嬢様の演技を続けたまま鼻で笑ってやる。
それでいよいよ私に襲い掛かろうと彼らがその手を伸ばし、
「あっ?」
三人がほぼ同時に、そんな間抜けた声を漏らす。
そして、唐突に消えた己の手を呆然と見つめ、その顔をゆっくりと驚愕に染めていく。
その口が絶叫を上げるその前に、右手を軽く振り払って彼らの意識を刈り取る。
糸の切れた人形の様に床に倒れた男共に一度だけ視線を向け、これからやる事に思わず口の端が釣り上がるのをそのままにソファから立ち上がる。
「さぁて、じゃあ楽しくお話しましょうね?」
そんな感じで、彼らを一人づつ起こして優しくお話を聞いてあげたのである。
さて、ここで一つ種明かしをすると、実はこの店は本物の店ではない。
アグル達との話し合いの後、私は私で密かにハルヴィルに連絡を入れて小細工の協力を頼んだのである。
その一つがこの偽の店舗。
この為だけに空き家を一つ買い上げてもらい、内装から何からまでをらしく整えてもらったのだ。
その店の外に出ると、そこには何かしらの組織に属するのであろう、同じ服を着た人たちが五人待ち構えていた。
その彼らに軽く頭を下げて右手で中を示す。
「では、お手数ですが後始末をお願いします」
彼等は恭しく礼をすると、静かだが素早い動きで店内に入る。
中で一言二言会話する声が聞こえるけど、勿論マスター的な事をしていた人も彼等の仲間で、共に仕事をするのであろう。
そんな事を考えていると、私の前に一台の馬車がやってくる。
その扉が内側から開かれ、私は無言のままその扉を潜る。
私が座るのを確認した御者が丁寧に馬車を走らせる。
「まずはご苦労様でした」
正面に居たのは小細工に手を貸してくれたハルヴィル当人。
わざわざ私を回収する為に来た、のでは当然無い。
「手を貸してくれてありがとう。それで、そっちの方は?」
頷きながら彼に問いを返すと、いつも笑みを浮かべているハルヴィルが珍しくその顔を曇らせる。
それだけである程度は察せてしまうが、それでも話を進めないといけない。
「ええ。残念ながら、、、」
「そう。私の方も予想通りだったわ」
私の言葉に重苦しい息を吐き出すと、意を決したように私を真っ直ぐ見つめる。
「貴女の仰られた通り、北では相当規模の魔物の群れが確認されています。ランデルさん達には現地で伝達をしております。一応、増援は私の方で手配しています」
「私の方も、ね。あの三人、案の定頼まれてハンター登録しただけの連中だったわ。後は例の議員襲撃も。あいつ等は裏方だったみたいだけど。で、それを指示したのが誰か何だけど、、、」
聞いた私もそうだけど、既に予想が付いているであろうハルヴィルも表情は硬いままだ。
それでも、言葉にして告げないといけない。
「議員襲撃を計画し指示をしたのは、、、アグルよ」
例え、どれだけ口が堅かろうと聖痕の前には意味を成さない。
それはつまり、あの三人の口から吐き出された言葉は、何がどうあれ事実なのだ。




