387 暗黒の領域
????
懐かしい、そして腹立たしい、己の内に渦巻く何かで目を醒ます。
だが、不思議と悪い気分では無い。
何せ、眠りに着いた時が徹底的にまで最悪だったのだ、そこから這い上がる時もそのままの感情であろう事は容易に推測出来た。
そこまで思い出して、この目醒めの理由を考える。
業腹ではあるが、あの日あの時あの瞬間、人形風情に私は押し負けたのだ。
そしてその結果、事もあろうに私はあの体から弾き出された・・・その衝撃たるや、今でも怒りで手当たり次第に魂を喰らい尽くしてやりたい程だが、それはその内だ。
またしても魂のみとなり、だが今度は大量の穢れを得ていたお陰で意識を保てた。
しかし、世界の理は例え神であろうと例外では無い。
魂のままで在り続ければ、やがて輪廻の輪に引き摺り込まれてしまう・・・だから、まだ繋がりが残っていた人形の思考を誘導した。
ワルオセルネイが残した石碑、あそこは神の領域であるが為に時が歪んでいる。
そこへあの人形を行かせ、自らを封印させたのだ。
その時点では、まだ私と人形は表裏の存在だった故に、人形の時が止まれば私もまた時が止まり、存在が固定される。
果たして、その目論見は上手くいった。
そして更に幸運な事に、我が僕共が代用となる器を見つけ出したのだ。
よもや、あの異世界から招いた蛆虫の残した物が役立つとは思わなかったが、結果として人形と遜色無い器に宿る事が出来た。
そう、まさに人形。
しかも、最後の最後にアレが造り出したのはまさに私が造った人形のコピーと来たものだから、親和性は文句無しだ。
そうして肉体を得て、しかし世界に蔓延るゴミ虫共は私を探し出そうと躍起になっている。
目障りだからさっさと消してやりたいけれど、厄介な事に原初の女神を信奉する連中が小賢しい真似を弄していて穢れが抑え込まれていた。
故に、暫しの間身を隠す事にした。
その間に穢れを蓄え、同時に眷属共に使命を与えて世界を私好みになるように仕立てさせた。
私が直接動いている訳ではないからゆっくりとではあるけれど、それでも確実に世界は終わりへと進んでいった。
そうして時は過ぎ・・・
かつて女神の領域と呼ばれていた地は完全に我が領域と化した。
そこの中心、かつて蛆虫共の国があった場所にて、私は微睡みから目覚めた。
放棄されていた城を私好みに造り直し、残されていた玉座もまた同様に手を加えた。
そこはまぁ気分の問題だけれど、今の世界を誰が支配しているかを知らしめるには相応しいだろう。
「おお、漸く目覚めたか」
そんな声が何処からか響き、直後に風が吹き抜ける。
「・・・スコーネか。何故自我を取り戻している?」
「それは其方が原因ぞ。確かに力は戻りかつて以上にまで至っておるが、半身が残されている故何処か曖昧。それを解消するには・・・」
スコーネの言葉を手で制する。
言われるまでも無く、私が完全に元通りになるには本来の体を取り戻す必要がある。
そして、一時的とはいえ共に在ったあの人形を完全に葬らねばならない。
いや、それは出来ない・・・私との繋がりが今も残っている以上、アレは死す事が出来ぬ存在へと成り果てている。
既に全ての聖痕は我が身へと移っているが、我が力の欠片たる胸の聖痕だけは例外だ。
力の源は私だが、聖痕はあくまで私から独立した物、であれば今も尚奴にはそれが刻まれている。
無論、本体である私が居る以上かつての様な力は揮えないし、最早ただの徴でしかないが、それでも私との繋がりが残る以上その恩恵もまた残っている。
私が言うのも変ではあるけど、厄介な事この上ない。
ただ、だからこそ対処の仕方も簡単だ。
「フェアレーターはどうした?」
「仕事中じゃ。其方の命を忠実に守っておるぞ、今も色々と策を弄しておる様じゃし、何よりも其方の半身に対するあの執着は我でもドン引きという奴じゃ、カカカ!」
それは好都合だ。
アレに任せようと思っていた仕事をもう既にしているとは。
恐らく、この300年の間に精神が安定し、我が意を汲む事が出来る様になったのだろう。
「ならば良い。私は暫しここで身を潜める」
「ん?まだ動かぬというのか?」
「女神を信奉する連中、マンベルとか言ったか?奴らの力をもっと削いでおきたい。それに、他にも嫌な気配を感じる・・・それを探りつつ、肉体の封印を解く術を探さねばならぬからな」
「ふむ・・・ならば、その嫌な気配とやらは我が探るとしよう。幸い、何匹かの幻獣を支配下に置いたでな」
ほう、コイツもこう見えてそれなりに仕事をしたようだ。
しかし、幻獣を従えるとはねぇ・・・いえ、これは・・・
「ウフフ、良い事を思い付いたわ」
私の笑みに、スコーネが顔を僅かに引き攣らせる・・・あとで蹴っておこうかしら。
「何じゃ、その邪悪な笑みは」
怪訝な表情を浮かべるスコーネに、私は今やこの身に宿る9個の聖痕を見せつけながら企みを口にする。
「幻獣共、心から従ってはいないんでしょう?だったら・・・フフ」




