383 託されたもの
聖痕の聖女 リターニア・グレイス
微かに震える手で差し出されたのは、一通の古ぼけた封筒だった。
封蝋は経年による劣化からか殆ど崩れているけれど、僅かに残る紋様からフェオールの物と分かる。
そして、それをこの子が持ってきたという事はつまり・・・
「これは、王家が代々保管してきたかつての王妃、ミレイユ様の残した手紙です。そして、その宛先は・・・リターニア様、貴女です」
彼女の言葉に、私はゆっくりと手を伸ばし、その手紙を受け取る。
手紙には、ミレイユの想いが確かに綴られていた。
あの日から三年後に書かれた手紙、そこにはそれまでの事や色んな報告が書かれていて、その最後には・・・
「・・・全く、あの子は」
悲痛ささえ感じられる、あの子からの手紙。
それが嬉しくて、だけどもう永遠に叶わない願いに、私はただ静かに目を閉じて手紙を優しく抱きしめる事しか出来ない。
暫くの間、ミレイユの想いを受け取るように手紙を抱きしめ続けた。
周りに誰が居ようと関係無い、これは再会であり、そして別れ、もしも邪魔をするなら誰であろうと赦さない。
それを感じているのか、この場に居る連中は誰一人として言葉も、身動ぎもしなかった。
お陰で、自分でも驚く程早く踏ん切りがついた。
目を開き、目の前に居る女、何処かミレイユと似た顔立ちの彼女に笑みを向ける。
「わざわざありがとう。あの子の想いは確かに受け取ったわ」
「では・・・」
緊張のせいで血の気の失せていたその顔に赤みが差し、小さな笑みが浮かぶ。
それを見ながら、私はミレイユの手紙を破り捨てた。
「えっ・・・」
「なっ!?」
彼女と、隣の男が同時に声を漏らす。
だけど、私からすればその反応こそが驚きでしかない。
「別に変な事ではないでしょ?今更これを受け取った所でもう何も意味は無い。あの子は居ないし、私ももう何者でもない。確かに、ミレイユの残した想いは受け取ったわ。でも、それで貴女達に力を貸す理由にはならない」
「待ってくれ!いくら何でもそれはっ!」
前に一歩踏み出しながら声を上げたのは、フェオールの聖痕を受け継ぐ男、この女の双子の片割れだ。
「いや、すまない。確かに、俺達と貴女は何も関係は無い。だが、世界の行く末が掛かった戦いなんだぞ!」
「それが?私の戦いはとっくの昔に終わった。私に出来る事はあの日に全てした、その結果が今なの。さっきも言ったわよね?私はもう邪神に全てを奪われた残滓でしかない。それが一体何の役に立つというの?」
「それは違います!」
私の言葉に、今度はマンベルの女が反応する。
「ミデン様に下りし神託には、確かに聖痕の聖女というお言葉があったのです。そして、それは過去現在未来に於いてただお一人しか指し示さないとっ!」
「神々の言葉、でしょ?私はね、その神々に弄ばれたのよ。聖女?望んでもいない役割を押し付けられて、そのせいで死ぬ事すら出来ず、またその意思に従って戦えと言うの?ふざけないで」
後ろを振り返り、神々の名が刻まれた石碑に右手を添える。
「こんな物がいつまでもあるから、人は未だに神の手から離れられない」
静かな怒りを込め、右手から魔法を放つ。
それは衝撃となって石碑を揺らし、そして・・・
「な、何という事を・・・!」
誰かの声がそう叫ぶ。
その彼等の目の前で、石碑は亀裂が走り砕け散ったのだ。
「くっ、止むを得ん。こうなれば力尽くでも協力してもらう!」
別の声が上がり、辺りに魔力が満ちていく。
「なっ、待て!」
「いけません!」
双子が同時に叫ぶけど、既にやる気になった連中はもう止まる気は無いらしい・・・なら、私も一切容赦はしない。
「それが人の本性。邪神なんて関係無いのよ」
まだ残されている聖痕の残滓に魔力を回し、そこから溢れ出す力で体が自然と浮き上がる。
「お待ち下さい、聖女様!」
「お願いです、どうか怒りをお静め下さい!」
マンベルの遣いとミレイユの面影を持つ女が必死に叫ぶけど、それを押し退けながら武器を構えた連中が私へと迫る。
「砕け」
そいつらに指を差し向け、その先から閃光が奔る。
それは私に敵意を向けた者達だけを正確に貫き、縦横無尽に駆け巡る。
その最後に、一番後ろに居た指揮官らしき男へと閃光は走り、
「うおおおおおっ!」
それを、フェオールの末裔の男が割り込み、障壁を展開して弾く。
「へぇ、レオーネよりは使い熟せているようね」
「何をっ!」
「じゃ、これはどう?」
今度は両手に炎を造り出し、それを一つに併せる。
赤い炎はその温度を上げて青白くなり、そこから放たれる熱で景色が歪んでいく。
「なんという魔力・・・それに、魔法の展開が早すぎる」
「フェオールとベオークを受け継ぎし者達に、私からの贈り物よ。耐え凌げたら、そのまま見逃してあげるわ」
うねりを上げる炎に更に魔力を流し込み、その熱量をさらに引き上げる。
「まるで小さな太陽・・・」
フェオールの末裔の女がそう呟き、咄嗟にマンベルの遣いの腕を掴んで後退、双子の片割れの横に並ぶ。
「レオニル!」
「行くぞ、ミーリス!」
二人が叫び、聖痕を同時に輝かせる。
そこから溢れ出した魔力は淀み無く一つになり、展開されていた障壁をより強く厚くしていく。
その光景に思わず笑みが浮かび、だからこそ一切の手加減はしない。
最大にまで膨張した炎を振りかざし、双子目掛けて放つ。
それはわざとらしくゆっくりと飛んでいき、それに気付いた双子の顔が迫り来る死に顔を引き攣らせる・・・そして。




