381 隔絶された思い
フェオール王国第一王子 レオニル・フェオール
聖痕の聖女、リターニアが放った一言に誰もが困惑した。
俺も、横に居るミーリスも、予想外の事に言葉が出てこない。
そんな俺達を余所に、またしても目を閉じようとし、
「待ってください!」
ミーリスの声が響き、聖女の閉じられようとしていた瞼がゆっくりと開かれる。
「貴女の事は伝え聞いています。私達では想像すら及ばぬ過酷な運命を歩まれたという事も・・・それについて、お掛け出来る言葉など私は持ち得ません。ですが!」
「・・・うるさい」
突然、ミーリスの言葉が途切れる。
何事かと見てみると、ミーリスが苦しそうに首を抑えていて、だけど次の瞬間、
「つっ!?」
右手の甲に鋭い痛みが走る。
視線を向けると、何故かそこに刻まれた聖痕が勝手に反応し浮かび上がっていた。
「おお・・・なんという・・・」
レネスの声が聞こえ、何事かと顔を上げ・・・
視界に広がったのは、聖女から浮かび上がる10個の聖痕の輝きだった。
ミーリスも謎の苦しさから解放されたのか、その輝きに目を奪われていた。
だけど、そこでふと聖女が俺とミーリスの事を交互に見つめている事に気付いた・・・いや、正確には俺達から浮かび上がる聖痕に。
「何て事・・・お前達、フェオールとベオークの末裔なのね」
その呟きと共に聖痕の輝きが消え、共鳴していた俺達の聖痕も静まる。
少しの間沈黙が満ち、それをミーリスが破る。
「貴女は、レオーネ様とミレイユ様を御存じなのですか?」
意を決した問いに、聖女は僅かに目を細めてミーリスの左手に視線を向けた。
「その聖痕は、数奇な運命を経てあの子に宿った。私はその後押しをしてあげたわ。そう・・・あの子、子供を残せたのね」
そう呟く聖女の顔は、とても穏やかで慈愛に満ちていた。
だけど、それもすぐに消え、また無表情へと戻ってしまう。
「なら、尚の事私には関わらないで。私がここに居る限り、邪神もまた世に顕れはしないのだから」
「それはどういう意味だ!?」
救世同盟の誰かが声を荒げる。
いや、気持ちは分かるがその聞き方は流石にマズい・・・
「お前、空を飛ぶのは好き?」
明らかに敵意の籠った聖女の言葉。
一瞬でこの場に重苦しい魔力が満ちていき、そして、
「何をっ・・・ぐああああああぁぁぁぁ・・・」
怒鳴り声を上げた男の声が唐突に遠ざかる。
慌てて振り返ると、そいつが居たであろう場所がポツリと開いており、周りに居た連中が呆然と上を見上げていた。
天上には穴が開き、微かに舞い落ちる石の欠片や埃だけが今起きた事を物語っていた。
「私はね、死にたかったの。でも、邪神と繋がったせいでそれすら許されない。だから、ここへ来た。ここで終わりなき微睡みに沈んで、それで邪神も抑え込めると分かっていたから。それを邪魔しておいて、まさか生きて帰れるとでも?」
重圧が更に強まる・・・いや、これは本当に重力が操られている!?
何とか立ち上がろうと気合を入れるけど、寧ろもう片方の膝まで突いてしまい、とうとう両手まで地面に突いてしまう。
ミーリスやレネス、他の連中も大半が既に倒れ伏し、身動ぎすら出来ずに居るようだ。
「ぐっ・・・このまま、じゃ・・・」
「この程度に抗えない雑魚共が、邪神に勝てるとでも思ってたの?笑わせないで、今の私は邪神に全てを奪われた残り滓でしかないのよ?そんな相手にすら一矢を報いれないお前達に、私が協力する道理何て無い」
俺達を嘲る言葉に、自然と右手を握り締める。
歯を食い縛り、顔を上げ、聖女を睨む。
「ふざ、ける、な・・・」
「・・・」
「俺達は、負けられねぇんだ。300年前からだけじゃねぇ、その遥か昔から、たくさんの人が戦ってきたんだ。その全てを、俺達が終わらせる訳にはいかねぇんだ。例え無謀でも、無茶でも、無意味でも、受け継いできた意思を、想いを、未来に繋げなきゃいけねぇんだ!」
「そうです。今この時代に私達が産まれ、聖痕を宿した事にも意味はあります。レオーネ様やミレイユ様が受け継ぎ、そして後世に託して下さったものを、私達が投げ出すなど出来ません!」
俺の言葉にミーリスが続く。
そうだ、この手に宿った聖痕も、この胸に託された想いも、この程度で投げ出せるほど軽くは無い!
右手に意識を集中させ、聖痕に魔力を流し込む。
ミーリスも俺と同時に同じ事をしたようで、隣からも聖痕の輝きが放たれる、こういう時に双子というのは便利だ。
俺達は呼吸を合わせ、圧し掛かる重圧を押し返す。
「うおおおおおおお!」
「はあああああああ!」
互いの声が重なり、それと共に重圧が一気に消え失せる。
肩で息をしながら、顔を上げて聖女を睨む。
ミーリスは後ろの連中の様子を確かめ、無事を確認すると俺と同じく聖女へと顔を向ける。
「・・・双子、それ故の聖痕の共鳴。いえ、今のは互いを支え合い、共に行くという想いの具現、かしらね。それが貴方達の託した物なの?レオーネ、ミレイユ・・・」
僅かに見開いた目で俺達を見ながら、聖女がそう呟く。
その声音はさっきのとは正反対に優しく、何かを懐かしむようでもあった。
そのまま沈黙が続くかと思えたけど、聖女は小さく息を吐き出して体から力を抜いていく・・・そして、
「・・・そう、順序が逆だったのね」
諦めた様にそう零すと、俺達を見回して告げた。
「・・・残念だけど、邪神はとっくに目覚めているわ」




