380 宿命の出会い
フェオール王国第一王女 ミーリス・フェオール
辺りを見回してみても、誰も私を見てはいません。
ですが、隣のレオニルも私と同様に視線を巡らせていて、最後に私と目が合いました。
「なぁ、今・・・」
「えぇ、私にも聞こえました」
やはり、彼にも声が聞こえていたようです。
幻聴の類では無く、ですが他の方々には聞こえていない様子でした。
「レネス様、今私とレオニルは声を聞きました」
「声、ですか?私は何も聞こえませんでしたが・・・他の方は?」
レネス様の問いに、周りの方々が一様に首を横に振ります。
つまり、やはりあの声は私達2人にだけ聞こえたものであり、恐らくは・・・
「もしや、聖痕を持つ私達にだけ聞こえた、という事ですか?」
「状況からしてその可能性は大いに有り得ます。何と言っていたのですか?」
レネス様からの問いに、レオニルは首を捻ります。
かく言う私も、実を言うと同じような事を思い浮かべていました・・・即ち、
「申し訳ありません、ハッキリとした言葉では無いので。ただ茫洋とした、声とは分かるけれど言葉とは言い難い何かが聞こえた、そんな感じなのです」
私の答えに、レネス様が何かを考え込みます・・・しかし、その時でした。
「・・・」
再び何かが聞こえ、その直後にキィンという何かが弾けるような音が響き渡りました。
そして、ポトリと何かが落ちる音、そちらに顔を向けると、先程レネス様が投げ、宙空で止まっていた小石が地面に落ちていました。
「レネス様、あれを」
「はい、止まっていた時が動き出したのでしょう・・・あの石室の中に、聖痕の聖女は居ます」
その言葉に、意を決したレオニルが足を踏み出し、小石の先へと進んでいきました。
その後を追って私とレネス様、他の方々も石室へと歩み出しました。
その小さな石室には、人1人が通れるだけの小さな入り口がありました。
その前で、レオニルは何かに視線を奪われたまま立ち尽くしていました。
「レオニル、何を立ち止まっているのです。皆様が入れないじゃない、です・・・か」
レオニルの肩を押しながら中へと入り、ふと視線を正面へと向けて、私も言葉を失ってしまいました。
石室の中には見た事の無い文字らしきものが刻まれた石碑がポツンとあり・・・そこに、1人の女性が居ました。
石碑に縛り付けられるかのように、色褪せた荊のようなものが手や足、体に絡みつき、まるで情欲を煽るかのようにその裸身を縛り付け、ですが天井から差し込む光によってまるで芸術のような、神秘的な雰囲気さえ感じられる程に美しい光景でした。
そして、その姿をも霞ませるのが、彼女の顔でした。
穏やかに閉じられた目、整った鼻筋にほんのりと桃色に染まる唇、そして目を奪われる程に鮮烈な、地面にまで届きそうな程に長い真紅の髪・・・同性である私でさえ、周りに人が居なければ美しいと呟いてしまいたくなる程にその姿は美しかったのです。
これまでに多くの芸術品を目にしてきましたが、今日この瞬間にその全てが彼方へと消え去ってしまう、それほどの衝撃を受けたのです。
そして、同性の私ですらそうなのですから、男性方にとっては最早毒と呼べる程の何かが駆け巡った事でしょう。
この場の誰もがその姿に見惚れる中、緩やかな風が吹き込み、女性の髪を揺らしました。
それと共に、彼女の瞼が微かに揺れ、ゆっくりと開かれていきます。
その瞳に光が宿り、私達を見下ろしてきました。
そして、艶やかな唇が僅かに動き、
「・・・なにを、しにきたのです、か」
何処か辿々しい、だけどハッキリとした声が響きました。
その声に、私とレオニルは思わず目を合わせます・・・そうです、私達が聞いた声は、まさに今聞いた声と同じだったのです。
そうしている間に、レネス様が一歩前へと歩み出ると跪いて首を垂れました。
「偉大なる聖痕の聖女、リターニア・グレイス様。我々は貴方様を迎えに参りました」
その言葉に、その場の全員が同じように膝を突き、意思を示します。
「私はマンベルより指導者たる巫女、ミデン様の名代として馳せ参じました」
「マンベル・・・そう、今のミデンには聖痕が宿ったのね」
聖女、リターニア様の言葉に私達は思わず顔を上げてしまいます。
特に、レネス様に至っては驚きの余り立ち上がっていました。
「何故それを・・・」
「残念ね。ミデンに、あの子に与えられた呪いはとうとう聖痕まで齎してしまった・・・そうならないように、魂を喰らったというのに」
「えっ・・・」
今度は、声を抑える事が出来ませんでした。
ですが、それは他の皆も同じのようで、今の言葉に全員が顔を上げてリターニア様を見上げていました。
「聖女様、今のお言葉は一体・・・」
レネス様の言葉に、ですがリターニア様は答えずに静かに視線を巡らせます・・・その最後に、その瞳が私へと向けられました。
「・・・どれ程の時間が過ぎたの?」
それは明らかに私に対する問いでした。
突然の事に緊張が駆け巡りますが、それでも真っ直ぐにリターニア様を見つめ、私は口を開きました。
「それは、女神の聖域での戦いより、という事でしょうか?」
「そう、あの島が空から落ちようとしたあの日。私の時はそこで止まっているわ」
「・・・あれから300年以上が経っています」
私の答えにリターニア様はゆっくりと目を閉じ、小さく息を吐き出しました。
そして、もう一度目を開くと、この場の全員を見回し、こう告げました。
「・・・帰って。私は、もう聖女でも何でも無い」




