378 追い求めるは希望の光
フェオール王国第一王子 レオニル・フェオール
窓の外を流れる景色をボケーっと眺める。
フェオールを出発してからそろそろ10日が経つけど、目的地はまだ先だ。
「・・・流石にもう空も海も見飽きた」
溜息と共にそんな独り言が思わず零れる。
窓に反射する俺の顔は、まさに『退屈で死にそう』を現していて自分でも思わず冷めた笑みが浮かんでしまう。
俺はレオニル・フェオール、フェオール王国の第1王子だ。
昔、この世界は大きな災禍に見舞われた。
空にあったという女神の聖域・・・今では邪神の領域と呼ばれ、人が立ち入る事が出来ないその地が、封印から蘇った邪神の手によって落とされようとした。
俺のご先祖様であり、その災禍を生き延びたレオーネ様は地上で再興したフェオール王国、正確には新生フェオール王国と呼ばれるけれど、そこでマンベルや救世同盟の手を借りながら国を拡大しつつ、ある事をしていた。
聖痕の聖女。
幾つもの聖痕を宿し、当時の人の手では到達出来なかった力を発揮し、そして・・・邪神の贄となってしまったというその人。
だけど、彼女は最後の最後、落ち行く聖域を前に帰還を果たした。
そして、聖域を操るとそれを自らへと手繰り寄せ、内に宿る邪神諸共その陰に消えたという。
しかも、彼女によって護られた聖域は静かに海へと降り立ち、その被害は皆無だった。
世界がその偉業を称え、だけど誰もが彼女はこの世を去ったと諦めた・・・だけど、レオーネ様とその妻であるミレイユ様は違った。
混乱が落ち着き、国も安定し出した頃から二人は様々な協力者と共に聖女の行方を捜索した。
欠片も手掛かりは無く、広い世界を隅々まで探すなんて事も不可能、だけど二人は諦めなかった。
その意思は子に、孫に受け継がれ、そして・・・
右手を掲げ、その甲に魔力を込める。
そこからぼんやりと光が浮かび上がり、淡い光を放つ徴が形を見せる。
・・・聖痕、これこそが俺達人類に与えられし神の力の一端。
遥か昔より人に顕れ、だけどその実態は未だに不明。
そもそも、これが何なのかすら俺達は知り得ない・・・だけど、だからこそこれを得た者はこの力を御し、世界の為に振るわなければならない。
偉大なるレオーネ様より幾世代を経て俺の手に宿ったこれを、必ず使いこなす。
そして、必ずや・・・
「何を格好を付けているんですか!」
ポカリと頭を叩かれて俺は自分の世界から現実へと引き戻される。
「イッテェな。何すんだよミーリス」
「それはこっちの台詞です」
向かいの席に座りながら俺の頭を叩いたミーリスが呆れた様な笑みを浮かべる。
コイツはミーリス・フェオール。
俺の双子の妹で、そして俺と同じく聖痕を宿したフェオールの王女だ。
ミーリスは左掌を俺へと向け、
「レオニルがいきなり聖痕使うから、共鳴して驚いたじゃないですか」
そう言いながら聖痕との繋がりを切り離して手を降ろす。
俺もそれで聖痕に流していた魔力を止め、右手を降ろす。
「悪かったって。だけどさぁ、いい加減退屈だぜ?目的地はまだなのか?」
「あと2、3日みたいですよ。でも、今度こそ確実。ミデン様が直々に下さった情報なんですから」
そう言いながらミーリスは右手に持っていた地図を広げ、印の付けられた一点を指差す。
そこはフェオールがある南方大陸から南東に広がる海、その中央だった。
マンベルの巫女、ミデン様。
神々の声を授かる事が出来るという彼女より手紙が届いたのは一月前の事だ。
それより更に少し前、彼女の言葉が世界に向けて発信された。
聖痕の聖女の帰還。
300年以上の時を経て、伝説の人が戻ってくる。
邪神との戦いは今も続いている・・・だけど、その当人は300年前より一度も姿を見せず、代わりにその眷属や魔者、魔獣による脅威と世界は戦い続けている。
徐々に疲弊する世界に齎された希望の報せ、だけどそれは同時にもう一つの可能性も孕んでいた。
邪神の目覚め。
かつて、聖痕の聖女の体を奪い蘇った邪神。
だけど、それは聖女の犠牲と共に果てた・・・とされている。
いや、それは世界がそうであれと願っただけだ。
邪神の影響は僅かではあるけど確実に世界を覆っている。
魔なる存在だけでなく、その存在を崇める連中、邪教神団なる組織まで暗躍していると聞く。
混迷極める情勢の中、ミデン様はフェオール、それも俺とミーリスに宛てた手紙を寄越した。
そして、そこに書かれた内容に俺達は更に衝撃を受けた。
聖痕の聖女が眠る地を見つけた、と。
そうして準備を整え、マンベルの使者や救世同盟の協力の下俺達は今、飛空機関船で目的地を目指している。
とはいえ、大陸を抜けた後はひたすら空と海だけが広がる景色。
しかも、それなりとはいえ飛空機関船の中では満足に体も動かせないとくれば、流石にストレスも溜まる。
向かいに座るミーリスは幾つもの本を持ち込んで読み耽っているけど、よくもまぁ酔わないもんだ。
もう一度窓の外を眺め、小さく息を吐き出すと目を閉じる。
こういう時は寝るに限るからな。
それから2日後。
甲板で風を受けながら俺とミーリス、そして同乗している面々は一様にある光景を目にしていた。
「あれが、聖女の眠る地?」
ミーリスの言葉に、俺は頷く事すら出来ないでいた。
どの大陸からも遠く離れた海の真ん中、そこにポツンと一つの島があったのだ。
まるで世界の果てに取り残された、或いは捨て去られたかのように漂うその島は、周囲を高い崖に囲まれ、陸地は高い木々で覆われていてとても人が居るとは思えない。
だけど・・・
「・・・ここに居る」
俺の言葉に横のミーリスも静かに頷く。
確信めいた予感、それは妹も感じている様で、その目には見た事の無い輝きが宿っていた。
いや、きっと俺の目も同じなのだろう。
船員達が上陸準備をする中、俺達はずっとその島の一点に目を奪われていたのだった。




