375 何者でも無い少女の物語
異変は唐突に、内側から湧き起こった。
いえ、これは本来あるべき場所へと戻ってきた証。
『何が起きた!?何故私が内側になどっ!』
胸の内から響く怒声、それは紛れも無く邪神のものだ。
一体何がどうなって私と彼女が入れ替わったのか、少なくとも私が何かをした訳では無い。
ただ、この魂の内に宿った者達の力、いえ、これは想いと呼ぶべきものが、僅かとはいえ邪神の支配を上回っただけの事。
だけど、、、
「、、、なら、やるべき事は一つだけ」
きっと、この奇跡はすぐに終わる、、、まるで、夢から醒めるように。
なら、その最後に相応しい結末を、、、今の私に出来る些細な抵抗を、邪神に見せつけよう。
動き出した女神の聖域。
ゆっくりとだけど、それは確実に人々を乗せた飛空機関船へと向かっている。
速さだけで言えば船の方が確実に速い。
だけど、これだけの大きさのものが、明らかな意図を与えられて動いている以上、絶対など無い。
だから、
『貴様!何をする気だっ!』
「決まってるわ、終わりにするのよ!」
邪神の操っていた力、それを無理矢理手繰り寄せ、その先へと意識を向ける、、、そう、女神の聖域へと。
『分かっているの!?そんな事をすれば、お前は!』
「償い、だなんて言うつもりは無いわ。それでも、私はたくさんのものを貰ってきた。母さん、父さん、グレイス、ネイ、それに出会ってきた人達、、、それが今の私を動かしている。だから、終わらせる!諸共に!」
聖域を絡め取っていた力、それを引き寄せ、その動きを変える。
そして、飛空機関船へと向かっていた聖域はゆっくりと動きを止め、また動き出す、、、私へと向かって。
『おのれぇ!』
邪神が私の内で怒り暴れ狂う。
それでも、私の内にある想い達はそれを許さぬとばかりに昂り、彼女を抑え込む。
その隙に、更に力を込めて聖域を引き寄せる。
例え私が消え去ったとしても、決して邪神が逃げられないように、全ての力を使い果たす為に。
怖くない、なんて事は無い。
かつて、魔王として討たれた時とは違うのだ。
例え運良く生き延びたとしても、もう私は私として存在する事は出来ない。
この先に待ち受けるのは確実な終わり、、、だけど、今更それから逃げようとは思わない。
私の知らないうちに、私は多くの人からたくさんのものを貰っていたのだ。
それから目を逸らし、この事態を招いてしまった、、、だから、貰ったものに対して返さねばならない。
他の誰でも無い、これが私の想いなのだから。
「、、、そうよね、ミレイユ」
私の近くまで来ていた一隻の飛空機関船。
そこに、あの子は乗っているのだろう。
きっと、私のしようとしている事に気付いてまた泣いているのだろうか、、、それを、申し訳無く思いながらも、嬉しくも思ってしまう。
側ではレオーネが彼女を支えているはず、、、あとは、彼に任せれば大丈夫。
オーフェもハルヴィルも、色んな事を乗り越えたのだ、この先もきっとやっていける。
世界は大きな変化を迎える。
それは望んだ事では無いだろうけど、でもきっと良い事だ。
その世界に、禍根を残したくは無い。
邪神の、魔王の、聖女の、長きに渡る因縁を、今日ここで、、、
『そんな事になど、させはせぬ』
胸の内の騒めきが唐突に静まる。
だけど、そんな事など気にならなくなる違和感が全身を包んでいく。
『ワルオセルネイ、聖女、蛆虫共、、、そして貴様。私の想像を超える事を成してきた事は認めよう。だが、だからこそ、我はこの世界を必ずや滅ぼす。あの女が創り上げた全てを葬り去るまで、我が怒りの焔は決して消え去りはせぬ、、、覚悟するが良い、それを背負うのは他ならぬ貴様だ、人形。これで終われるなどと思うなよ』
、、、それは、呪詛のように私の魂へと刻み込まれた。
当然だろう、私の魂は邪神によって産み出されたのだ、どんな状況であろうとその宿命からは逃れられない。
「、、、必ず、ここで終わらせる」
震える声でそう呟く、、、例えどんな運命が待ち受けていようと、それすらも断ち切る。
最後に、全霊を込めて聖域を魔力で包み込む。
これで、もう聖域は止められない。
私の中にあった力は使い果たした。
魔力が途絶え、体を包んでいた力も失われて私は落ちていく。
近くまで来ていた飛空機関船は巻き込まれまいと向きを変え、全速で離れていく。
あとは、彼らに託した。
もしかしたら、世界は混迷を極めるかも知れない。
邪神の言葉が果たして何を齎すのか、、、それも、私と共に果ててくれればいいのだけど。
目を閉じる。
迫り来る巨大な陰は違わず私を捉えている。
最後に意識を手放し、胸の内へと還る。
そこに、
「これで終わりよ」
「これで終わりになどさせぬ」
二つの声が闇に響く。
決して相容れない私達。
それも、もう終わる。
強烈な力が外から加わる。
何もかもを押し潰すそれに、私は身を委ね、彼女は抗う。
その果てに、、、
その日、世界は大きな変革を迎えた。
空にあった世界の要は海へと落ち、それでも奇跡的に大きな被害は出なかった。
まるで何かに護られるかのように聖域はその形を保ったまま、あるべき場所へと還ってきた。
そして、そこに生きてきた人々は新たな世界、在るべき場所へと帰ってきた。
失われたものは少なくない。
だけど、救われたものも少なくはない。
だが、そこにあって欲しいと願われた存在だけは、彼らの下に戻る事は無かった。
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そして、三年の月日が流れた。




