369 邪竜、襲来
マンベルの遣いに指示を出してから数日後。
再び現れた遣いによって、あと数日で飛空機関船が到着するとの報せがあった。
人々は突然の事に動揺しつつも、何とか避難の準備を進めていた。
とはいえ、多くは捨てていく事になる。
永く暮らした家から、見知らぬ地へと向かう、、、それを仕方が無いという言葉で済ませる事は出来ない。
それでも、もう破滅への流れは止まらない。
今日まで邪神が動きを見せないのもまた不穏の兆しなのだ。
何時、何が起きても既におかしくは無い状況、だからこそ、可能な限り早く脱出を、、、
「っ!?」
それは唐突だった。
寒気にも似た何かが体を駆け抜け、考えるよりも先に城の外へと転移、それが完了するや否や障壁を展開する、、、直後、予想を遥かに超える衝撃が加わり、巨大な爆発が辺りを覆い尽くした。
突然の事に町の人々や警備に当たっていた衛兵達が騒めく、けれどそちらに意識を向ける余裕が無い。
何故なら、、、
「蛆虫共がコソコソ動き回ってると思ったら、お前の仕業ね」
「、、、メルダエグニティス」
真紅の髪を靡かせ、血よりも尚紅い瞳でこちらを見下ろす邪神が、宙空に現れていたのだ。
転移の予兆すら感じられず、かといってかの竜に乗ってやってきた気配も無い、、、いえ。
「今のはあの竜の息吹ですね」
「ちょっとした挨拶よ。これからこの地を焼き尽くす炎を見せてあげようと思ってね」
やはり、、、だとすると、あのスコーネなる幻獣は遥か上空に居て、いつでもこの国を焼き払えるよう構えている、、、邪神は告げに来たのだ、最後の時を。
「一体何がっ、、、あれは、、、」
騒ぎに気付いたレオーネ殿下とミレイユ様が私の下へと駆け付け、こちらを見下ろす影に気付いて言葉を失う。
例え纏う気配は別物でも、その姿はあの子のままなのだ、、、その衝撃は計り知れない。
「あら、わざわざ出て来てくれるなんて、聖痕を差し出しに来たのかしら?」
馬鹿にするような笑みを受けべるメルダエグニティスの姿に、二人の表情が悲しみに染まっていく、、、特に、ミレイユ様の青ざめた顔は悲痛でしかない。
「全てが思い通りになるなどと、驕りも甚だしい。貴女の奸計は必ずや打ち砕かれましょう」
「アハハハハ!面白い冗談ね、ソレ!それで?どうするの?今のお前に私を滅する事が出来る?分かるわよ、貴女、女神の加護が失われつつあるわね?もうシゲルムで見せた力は出せないのでしょう?自分を維持するので精一杯。いえ、それももうすぐ消えてしまう、、、だから、蛆虫共を逃がそうとしているのでしょう?」
やはり邪神相手に隠し通せるものではない、か。
残念ながら、今の言葉は真実だ、、、もう、私は姿を象るだけで限界、それももう間も無く尽き果てる。
恐らく、飛空機関船が到着する頃には、私はもう消え去っているだろう、、、だからこそ、この好機を逃しはしない。
「それがどうかしましたか?そのような分かり切った事を自慢げに語るなど愚の骨頂。それに、いい加減人々をそのように評するのは止めて頂きます」
この身に許される、最大の魔力を収束させて一点に束ねる。
それを見た殿下達が顔を見合わせ頷くと、それぞれ聖痕へと魔力を込め始める。
「お二人共、参ります!」
私の声に、二人の手が私の背に添えられる。
そこから聖痕の力が繋がっていき、意識が同調していく。
それを大事に大事に包み込み、
「お前、死ぬつもり?」
「元より死した身。故にこの全てが貴女を討つ刃となるのです!」
叫びと共に一筋の光が奔り、メルダエグニティスの胸元、そこに刻まれた聖痕へと突き刺さる。
「へぇ、魂を直接狙う気ね?でも、言ったでしょ、無駄だって」
メルダエグニティスが右手を頭上に翳し、魔力の塊を打ち上げる、、、直後。
「っ!いけない!」
空の彼方より、膨大な魔力が溢れ出すのを感じてすぐに魔力を障壁展開へと切り替える。
突然弾かれた殿下達がよろめきながら再びこちらへと手を伸ばし、
「お二人は城内へ!早く!」
有無を言わせずに声を荒げる。
それで何が起きようとしているのかを悟ったレオーネ殿下がミレイユ様の手を引いて駆け出し、
「グレイス様!ダメです!」
必死に叫びながら私を止めようとするグレイス様。
その彼女に顔を向け、
「ありがとうございます。貴女のその優しさは必ずリターニアを救う光となります、、、だから、後をお願いします」
笑みと共に最後の言葉を贈る。
「愚かな蛆虫共と果てろ、聖女」
メルダエグニティスの声が聞こえ、、、空が燃え上がった。
転移したメルダエグニティスと入れ替わるように、空から極大の炎が降り注いでくる。
あれでは、余波だけでも甚大な被害を及ぼす、、、だから、
「女神様、どうか私に最後の力を!」
この存在全てを注ぎ込み、中央大陸全土を覆う障壁を展開する。
そこへ、炎が食い破らんと襲い掛かり、大地が大きく揺れる。
スコーネの放った炎はまるで意志を持つかの如く唸り、障壁の彼方此方を飛び跳ねていく。
そして、永劫に続くかと思われた時は、唐突に終わりを迎えた。




