335 教導者・虚像のオイト
聖痕を通した私の目から見ても、フェアレーターの魔法の刃はオイトの首を斬り落としていた。
だけど、事実としてそれは幻影であり、本体は私の背後に現れた。
それと同時に放たれた魔法を障壁で弾き、ゆっくりと振り返る。
「なるほどね、巫女だけじゃ無くて教導者共も特殊な力を扱えるってワケ」
そこに立っていたのは頭から血を流すオイトの姿で、恐らく一番最初、フェアレーターの頭への蹴りの時点では本体だったのだろう。
だけど、
「聖痕をも欺ける幻影、、、貴女、本当に実在するの?」
皮肉を込めた問いに、オイトは無言のまま私を睨み、
「リターニア様〜、アイツまた逃げて、、、って、ここに居たんですかぁ」
音も無く現れたフェアレーターの姿に、僅かに瞳が揺らぐ。
どうあっても母としての情は捨てられないらしい、、、私の両親は最後まで化け物呼ばわりだったのに。
「、、、何だか不愉快ね。さっさと終わりにしたいわ」
思わず呟いてしまい、オイトも隣のフェアレーターも息を殺す、、、どうやら魔力が漏れ出ていたようだ。感情と共にそれを抑え、改めてオイトを観察する。
少なくとも、今目の前に居る彼女は本物だ、、、いや、そう見えるだけの可能性もある。
「思い出しましたよぉ」
フワリと横に現れたフェアレーターが忌々しげに口を開く。
「アイツの通り名、、、虚像の教導者でしたっけ?何でも、本物と見分けが付かない幻影を創り出せるって」
大層な通り名だけど、それに見合うだけの力は既に見せられた。
だけど、通り名になる程となると、まだ奥の手を持っているはず、だけど、、、
「この気配、、、予想通りね」
それは本当に、不自然なまでに自然と私の感覚に紛れていた。
目の前には確かにオイトが居る、、、のだけど、それ以外にも幾つも彼女の気配があるのだ、それも複数。
「あれれ?何ですか、この苛つく感じ」
フェアレーターもそれに気付いたのか、顔を顰めながら辺りを見回している。
そこで漸く私も状況を理解し、目の前のオイトから視線を外す。
そのまま周囲に視線を巡らせ、
「へぇ、それが貴女の本当の力って事?」
私達を取り囲む、数え切れない程のオイトの姿に思わず笑みを浮かべる。
「私に出来るのは影を並べるだけ。ですが、それも数を伴えば力となります」
聞こえる声は一つだけなのに、その声が何処から来ているのか判別が付かない。
見た目だけじゃなく、こちらの認識そのものにも影響を与える効果まであるらしい。
「確かに、虚像なんて通り名が付けられる訳ね」
思わず感心してしまうけど、これで奴の底も見えた。
現れた幻影は全て、失われた手足がそのままの状態であり、即ちオイトの虚像は一つの魔法に過ぎないという証明となってしまっている。
魔力で手足を編むという離れ技もまた、ただの魔法でしかないという事にもなり、だから彼女はその二つを同時に扱う事は出来ない、、、所詮はただの人に過ぎないのだ。
最初こそ面食らってしまったけど、こうして手の内を明かし、それを冷静に見ることが出来ればたかが知れる、何故ならそれが限界なのだから。
私とフェアレーターを囲んだオイトの幻影達が一斉に動き出す。
その全てが狙うのは唯一人、
「ま、私を狙うわよね」
「リターニア様を倒せば私が元に戻るとでも思ってるんですかねぇ?」
それは有り得るだろう、が。
実の娘が抱えていた闇すら見抜けなかった無能だ、そういうおめでたい考えで短絡的に動くのも納得でしかない。
なら、残酷なまでな現実というものを教えてあげないといけないだろう。
「フェアレーター」
「はぁい」
私の呼び掛けに彼女が間の抜けた返事をし、その身を私の前へと無防備に晒す。
「ねぇ、お母さん、、、私を殺すの?」
「っ!」
その一言は覿面だった。
全ての幻影が同時に動きを止め、そして。
「捕まえた」
動揺が魔力の揺らぎとなり、本体の居場所を私に教えてくる。
同時に、今や私の僕となったフェアレーターにも伝わり、彼女の姿が掻き消える、、、それで終わりだ。
前触れなく幻影が消え去り、後に残されたのは私、それと。
「アハッ!お母さんってばクソザコだねぇ。ま、手も足も片方無くしてるんじゃ仕方ないよねぇ?」
敗北した母を嘲笑うフェアレーターと、
「お願い、、、目を、醒まして、、、」
悲痛な願いを零すオイト。
親という存在はどうしてこうも目の前の事実から目を背けたがるのだろうか、私には理解が出来ない。
そんな私の意志に気付いたフェアレーターがオイトの首を握り締めたままこちらへと戻ってくる。
うん、中々に気が利くいい子だ。
「ねぇ、一つ教えて。母親っていうのはどいつもこいつも子供の心に気付けない愚図しか居ないの?」
「な、にを、、、」
「私の親もそうだったのよ。だからね、私は魔王になっちゃったし、貴女の娘は魔物になったの」
目を見開いて拒絶を見せるオイトに、私は子供を諭す様に告げる。
「この子が抱える負の感情、産まれてから過剰な期待を押し付けられて、それを果たせなくてそれでも藻掻いて、、、そんなこの子の苦しみを誰が理解したと思う?ねぇ?」
フェアレーターが私へと顔を向けていつもの笑みを見せる。
そして、
「そうだよ、お母さん、、、だからもう、お前は要らない」
無感情の瞳を母へと向け、別れの言葉と共にその首を握り潰した。




