331 破滅の使徒
血を吐いてプリエールが膝を突く。
だけど、それでも顔を上げて私を真っ直ぐに見つめる、、、その目に、諦めは見えない。
「無駄な足掻きはやめなさい。どうせもう助からないのだから」
私の鎌によって身体中からも血を流す彼女。
この刃で傷付けられた以上、その傷は二度と癒えず、失われた魔力は決して戻らない、、、つまり、彼女は魂自体が傷付いているのだ。
なのに、それでも尚立ち上がろうと足掻いているのだ。
足掻く様に立ち上がるプリエールだけど、遠くから響く音に動きを止め、そちらへと顔を向ける。
「町が、、、燃えてる」
あちこちから爆発音と共に黒い煙が立ち上り始めるマンベルの町。
私の命令通り、オイトの母が動き始めたのだろう、、、結局、名前を聞きそびれてしまってけど、どうせ役目を終えれば死ぬ運命、どうでも良い事だ。
それに、彼女がああしている以上、オイトもまた死んだのだろう、、、母の手で終わりを迎えられたのなら本望であろう。
それに、
「あ、こんな所に居たんですねー!」
「っ!デゾイト!来てはいけません!」
プリエールの声を無視してデゾイトが駆けてくる、、、その顔は何故かとても晴れやかだ。
そして、その笑顔のまま、彼女は口を開く。
「あれ、プリエール様、、、まだ生きていたんですか?」
「デゾイト、、、貴女、何を言って、、、」
これは傑作だ、プリエールの衝撃を受けた表情なんてものが見れるとは思いもしなかった。
私は必死に笑いを堪えながら、駆け寄ってきたデゾイトの肩に手を置く。
「ダメじゃない、デゾイト。プリエールが困ってるわよ」
「えー、でもおばあちゃんを壊したの、リターニア様ですよね?ビックリしましたよ、帰ってくるなりいきなりお母さんの首を魔法で切り落としたんですから!」
それはまた、私の予想以上の行動だ。
多分だけど、手足を失ったオイトを見て、心の何処かで楽にさせてやりたいと思っていたのだろう、それが私のお陰で表面に出てきたのかも知れない。
そして、その後は今の町の状況を見れば考えるまでも無い、のだけど。
「町の破壊の規模が大きいわね、あれは貴女?」
デゾイトが町の方を振り返り、可愛らしく小首を傾げる。
「うーん、確かに私のせいかも知れませんけど、全部邪神様のお陰ですよ?ほら、集積堂の本に掛けられた魔法の解き方を教えてくれたじゃないですか。それで、その後に本を読んだ人の心を操る魔法を仕込む様にって」
「デゾイト、貴女が裏切ったのですか!?」
デゾイトの言葉を遮ってプリエールが声を荒げる。
まぁ、確かに予想外の犯人ではあっただろうけど、それは何も知らない奴の言い分でしか無い。
「裏切る?私は初めから邪神様を信奉していましたよ?何も与えてくれない神々の意志なんかと違って、邪神様は色んな事を与えてくれました。知識も、力も、そして真実も。何も出来ない私を見捨てなかったのは邪神様なんです」
「違います、そうやって甘い嘘で人の心の弱さを操るのが邪神の策略なのです!邪神にとって人は誰しも無価値でしかありません!」
「うるさいですね、あの人。ねぇ、リターニア様?私、立派に役目を果たしましたよね?」
甘える様にこちらを見つめるデゾイト、その顔を暫し見つめて考えた後、私は笑みを浮かべて彼女の頭を撫でる。
「そうね、これはご褒美が必要かしらね?」
私の言葉に、デゾイトが満面の笑みを浮かべる。
それが余りにも鬱陶しいから、私は左手に小さな火を灯し、それをデゾイトの胸へと押し付ける。
「受け取りなさい。もしも貴女に素質があれば、きっと素敵な事が起こるわ」
小さな火は瞬く間にデゾイトの体を包み込む炎となり、そして、、、
「ぁ、、、ああああああ!?何これ、何これぇ!スゴいスゴいスゴい!」
炎の中からデゾイトの歓喜の叫びが上がり、それに反応するかのように炎が収まると、その中から一人の女が姿を現す。
背は私よりも少し高く、肌は浅黒く、何よりも妖艶な肉付きとなった裸体を惜しむ事無く晒す、新たに生まれ変わったデゾイトが。
「アハ、コレスゴいですぅ!力が沸いてきます!ありがとうございます、リターニア様!」
「これは想像以上の変化ね。どう?魔物として生まれ変わったデゾイトは」
プリエールに問い掛けるけど、返事は無く、ただただ、目の前の光景に絶望の表情を浮かべるだけだった。
「さ、生まれ変わったなら新しい名前を付けないとね。うーん、そうね、、、フェアレーター、今日からそう名乗りなさい」
「フェアレーター、、、ありがとうございます!これからも邪神様とリターニア様に全てを捧げますぅ!」
私からの祝福に、フェアレーターが涙を流しながら歓喜に打ち震える。
しかし全てを捧げるとまで言ってしまうとは、なんて愛らしくて、、、醜いのだろうか。
「なら、早速仕事よ。海を超えてスコーネを呼んできなさい。今ならアイツも誰が主人か理解出来るでしょう」
命じるや否や、フェアレーターは風を纏って空高く飛び上がると、南へと飛び去っていく。
それを見送り、私は力無く項垂れるプリエールの側へと歩み寄る。
そして、
「さようなら」
一言と共に鎌を振り下ろし、彼女の首を刎ね落とした。




