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〈第二部開幕〉転生聖女の逃亡放浪記  作者: 宮本高嶺
第一章 フェオール王国逃亡記

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22 闇夜の招待

静かに、夜が更けていく。

隣で眠るミレイユとアブリルを起こさない様に荷物を抱えると、音を立てない様に馬車を後にする。

明日の朝、隣に私の姿が無い事にきっと悲しむかもしれない。けれど、どうやらその辺は心配なさそうだ。

「こんな時間にどちらへ?」

まるで待っていたかのようにその男、ミレイユに付き従っていた執事が闇に溶ける事なく立っていた。

「あら、お誘い頂いてたのかと思ったのだけど」

「おや、これは失礼を。お気づきになられていたとは、大変恐縮でございます」

私の貴族風の嫌味に、嫌味を返してくる。思った通り、喰えない奴だ。

とりあえず、と、私は村の広場へと足を向ける。仮にも王族が居るのだ、寝ずの番が火を起こして待機している、そのはずがそこには人影は無く、焚火だけが静かに揺れている。人払いはしてくれたようだ。

側にある椅子代わりに置かれた丸太に腰を下ろすと、焚火を挟んだ向かい側に執事が座る。

「申し遅れました。私、アインと申します。あぁ、これは偽名ですので覚えて頂く必要はございませんよ」

にこやかな笑みを浮かべてさらりと言ってのけるアインと名乗るこの執事。いや、そもそもこいつは、

「アンタ、あの5人の仲間でしょ」

「おや、あの5人とはどなたの事でしょうか」

眉一つ動かす事なく返してきた。どうやら、面の皮はかなり分厚いようだ。

「私を警戒してたのは、あの5人の死に様を知っているからでしょ?どれかお気に召すものはあったかしら」

「そうですねぇ、私としましては、空を飛んでみたいかな、と。あれはなかなか楽しそうでした」

今度はあっさりと認めて、本気なのか冗談なのか分からない事を言われてしまった。あいつ等みたいにもう少し分かりやすければ私もやり易いのだけど、まぁしょうがない。

「で?アンタも私を殺すつもり?その割にはまるで殺気を感じないけど」

立てた膝に腕を乗せて頬杖を突く。半目にしつつも、瞳の奥に濃い警戒を浮かべてアインを睨む。

「怖い怖い。あんな事をする御方と真っ向からやりあう気はありませんよ。私は一つだけお願いに参っただけですので」

懐から1枚の便箋を取り出すと、それを風を操って私に投げ渡す。それを左手で毟り取ると、ひらひらと何度か表裏を返す。

ご丁寧に封蝋まで押されているそれを雑に開くと、中身は招待状だった。

「3日後、王都のベオーク家の屋敷にて舞踏会が催されます。つきましては、当主より貴女様を御招待したいと、申し出が御座いました」

ふーん、と、無関心を装って答える。

(なんで今になって私を呼ぶ?力づくでは抑えられないから、今度は泣き落としでもするのかしら)

とりあえず受け取った招待状を鞄に投げ込むと、もう一度アインに向き直る。どうせ何を聞いても適当に流されるだろうから、こっちの要望を押し付ける事にした。

「とりあえずミレイユさんへの誤魔化しは任せるわよ。泣かせない様にね」

「承知しました。急用が出来て先に発たれた、とお伝えしましょう。レオーネ殿下にも同じ内容で?」

「構わないわ。というか、アイツは別に放っといていいから」

ハハハ、と乾いた笑いで返事を返すが、相変わらずその眼は笑っていない。

あわよくば何か聞き出せるかも、と考えたけどコイツは躱し続けるだろう。時間の無駄、と判断して私は立ち上がる。

「ああ、お伝えしなければならない事がまだ」

立ち去ろうとした私を呼び止めると、アインも立ち上がって村の北側の出口を指し示しながら、恭しく頭を下げた。

「あちらに馬車を用意しております。御者は万事承知しておりますのでご心配なく。ドレスも数着、中に用意しておりますのでお好きなものをお選びください」

それを聞いて私は一度思考を切り替える。ランヴェルトの目的が定かでない内は相手に乗せられておこうとは思う。とはいえ、

「そうね。一つ、準備して欲しい物があるわ」

「はぁ、なんでしょうか」

アインの目を真っ直ぐに見つめて、ニコリと笑みを返すして要望を伝える。

それを聞いたアインの表情が困惑やら苦笑いやらに変化していくのを見て、やっと溜飲が下がった。

「まぁ、それなら今すぐに準備可能ですが。一体何を企んでおられるので?」

「ナイショ。女の秘密を簡単に暴けるなんて思わない事よ」

疑問に囚われたアインを尻目に、私は今度こそ歩き出そうとして、

「ああ、申し訳ありません。最後にもう一つだけ」

まだ何かあるらしく、少しだけ慌てた様子で声を掛けてきた。

「この度の当主との面会ですが、実は奥様も同席されるとの事でして」

「奥様?まぁ全く無関係でないでしょうからね。でも、なんで?」

「そこまでは私も分かり兼ねませんが。ああ、奥様のお名前をお伝えしておきましょう」

別に覚える気も無いし、アインに背を向けて馬車とやらに向かう。その背に、

「奥様の名は、アルジェンナ。アルジェンナ・ベオーク大公婦人でございます」

その名を聞いた瞬間、思わず目を見開き、耳を疑い、そして、


 ・・・足を止めそうになるのを、全力で抑えて歩き続けた・・・


馬車に乗り込むと、静かに馬が歩き出して夜道を駆け始めた。

僅かな時間の内に私の頼んだ物が用意されているのも目に入ったけど、そのどれもがどうでもいい程に、私は衝撃を受けていた。

(アルジェンナ・ベオーク、ですって、、、?)

まさか、あり得ない。偶然の可能性もある、というか、それ以外考えられない。あるいは私の聞き間違いか。だけど、アインの言葉が今もはっきりと耳に残っている。アイツは間違いなくその名を告げた。

思わず、右手で額を抑えてしまう。思考がグルグルとして眩暈すら覚え始める。

「とにかく、招待されたからには乗り込んでやらないと」

低く唸る様に呟いて、右手で髪を搔き上げる。今回は小細工は抜きにしていい。髪は隠せるし、瞳の色も弄る必要が無い。今度は堂々と、あの男の前に立ってやろう。

その時、全てが明らかになる。


そう、確信めいた予感をしている。


馬車は夜通し走り続けた。月明かりのみが照らす街道を早過ぎず遅過ぎず、着実に。

私は着替えを済ませ、身支度を整える。その服に初めて袖を通したけど、案外悪い気はしなかった。

軽く一眠りしようかとも考えたけど、まだ先ほどの衝撃が渦巻いていて寝付けそうにはない。

そうして悶々としているうちに、東の空が明るんできた。王都まではあと半日といった所か。

未だ見えない彼の地を見据えて、私は覚悟を決める。


馬車は進む。


私の想像を超える衝撃が待ち受ける、()()に向けて。

ついに聖痕持ち同士の戦いが!と思いきや、、、

次回をお楽しみに!

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