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【短編】婚約者が浮気をしていたので、置き手紙を残して失踪してみました。  作者: 櫻井みこと


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23/23

23(最終話)

 花はそのうちアクセサリーや宝石に変わった。

 こんなに高価なものは貰えないと返そうかと思ったが、リオが自分のために選んでくれたのかと思うと、簡単に返すこともできない。

 自覚してから急に強まった想いに、マリアン自身も躊躇っている。

 いつから好きだったのかと言われると、明確に答えることは難しい。そもそもマリアンの初恋はリオだったのだ。それは幼い頃の憧れのようなもので、成長するにつれ、自分とリオでは釣り合いがとれないとわかって、自然に諦めてしまっていた。

 だがそんなリオが、ニースには不要だと言われ、父には役立たずだと言われて来たマリアンを、こんなにも求めてくれている。

 そう思うと、心が何か温かいもので満たされていく。

 リオはいつだって、マリアンのために動いてくれた。

 世間で噂されているように、彼を冷酷だと思ったことは一度もない。

 むしろ優しい愛情深い人だ。

 今でも彼と釣り合いが取れているとは思えない。

 リオは公爵家の跡継ぎで、自分は罪を犯した伯爵の令嬢でしかない。

 それでもリオが望んでくれるのなら、どんな困難があろうと乗り越えてみせると、心が奮い立つ。

(やっぱり私は、恋愛小説の主人公のようにはなれないわね)

 心情を理解できるようにはなかったが、守ってほしいとは思わない。ただ彼のパートナーとして、共にありたい。共に戦いたいと思うだけだ。

 それでも、恋愛小説のような恋は存在するのかもしれない。

 幼い頃の初恋の相手が、自分をずっと想ってくれていた。そんなことが現実に起きるなんて思わなかった。

 

 その日、マリアンはリオに手紙を書いた。

 忙しいかもしれないけれど、一度会いにきてほしい。するとその日のうちに返事が来て、明日の朝、会いに行くと書かれていた。そんなに急で大丈夫なのか心配になるが、会いたいのはマリアンも同じだ。

 明日の朝、リオが訪ねてくることを告げると、屋敷は急に慌ただしくなった。

 それから母はずっとマリアンの傍で、ドレスやアクセサリーの選別にアドバイスをしてくれた。父と弟のことでかなり落ち込んでいた母も、最近は元気を取り戻してきたようだ。

 そして、翌朝。

 早々に支度を整えたマリアンは、応接間で彼の訪れを待っていた。リオはまず当主である伯父に挨拶したあと、後見人である伯父の許しを得て、マリアンの元を訪れるだろう。

 叔父も、昨日からかなり緊張していたようだ。

 この間まで庶民として暮らしていた叔父が、急遽伯爵家の当主となり、公爵家の後継者であるリオの対応をしなければならないのだ。

 やがて、侍女がリオの訪れを告げた。

 マリアンはソファーから立ち上がり、彼を出迎える。

 リオは部屋に入るとすぐに、目を細めてマリアンを見つめる。今日は彼に贈ってもらった宝石を身に付けている。リオは嬉しそうに、綺麗だと褒めてくれた。

「お忙しい中、お呼び立てして申し訳ありません」

 そう謝罪したあと、ずっとリオから預かっていた指輪を差し出す。

「預かっていた指輪を、お返しします」

 リオはそれを受け取ると、改めてマリアンに向き直った。

「……きみの母親を安心させるために、とか。今のドリータ伯爵家には、サザリア公爵家との繋がりが必要だ、とか。さまざまな口実を用意して、必ずきみを手に入れる。そう思っていた」

 静かに語られる言葉。

 それは紛れもなく、彼の本心なのだろう。

「だが、ミーナに言われて目が覚めた。私は、たとえ拒絶されても、一番大切な言葉を伝えるべきだった」

リオはそう言うと、たった今返したばかりの指輪を、マリアンに差し出す。

「マリアン、きみを愛している。どうか私の妻になってくれないだろうか」

 愛している。

 ようやく告げられた言葉にマリアンは僅かに頬を染めて、こくりと頷いた。

「……はい」

 リオは息を呑んだあと、マリアンをしっかりと抱きしめた。

「ありがとう。この指輪を返して、やり直しの機会を与えてくれたのだろう?」

 マリアンは静かに頷いた。

 あの紋章の指輪が求婚の証だったと聞いたのは、ミーナリアからだ。

 あれだけ謀略に長けている人が、マリアンにはただ指輪を渡すのが精一杯だったのだと聞くと、愛しさがこみ上げる。

 これからも困難はたくさんあるだろう。

 マリアンも、リオの妻として簡単に認めてもらえるとは思わない。それでも、ミーナリアとリオと、ずっと一緒に過ごせるのなら、きっと幸せになれるだろう。

 ただひとつだけ、言いたいことがある。

「浮気だけは、絶対にしないでね。そんなことをしたら、置き手紙を書いて失踪するから」

 そう言うと、リオは驚いたように目を見開いたあと、優しい笑みを浮かべた。

「ああ。絶対にしない。俺にはずっと君だけだ」

 腕の中に抱き寄せられて、静かに目を閉じる。

 ハッピーエンドの恋愛小説よりもずっと、幸せだと思いながら。


完結です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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