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そう告げると、ミーナリアは少し驚いたような顔をしてマリアンを見つめていた。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
「マリアンが嫌だったのは、お兄様が何も言わなかったこと? お兄様と結婚するのは、嫌ではないのね?」
確かめるように言われて、返答に困る。
「それは……」
何と答えたらいいのか迷う。
だが、それをじっくりと考えるために、こうしてミーナリアが時間を作ってくれたのだ。
逃げずにしっかりと、自分の心と向き合わなければならないと思う。
ミーナリアもリオも、マリアンにとっては家族よりも大切な友人だ。
そのリオが、自分のために傷を負ってまでニースを追い詰めてくれた。エミリアを王都から遠ざけてくれた。
父と弟の罪を暴きながらも、父だけを裁かず、その背後にいるニースの父やクレート王子まで引っ張り出してくれた。それなのに、伯爵家は存続できるように手を尽くしてくれていた。
それらを知ったとき、自分の中に宿った感情を深く考えてみる。
「……嫌、ではないわ。私のために動いてくれているとわかったとき、とても嬉しかった」
だからこそ、何も言わずに指輪だけ渡されたことが嫌だったのだ。
「そう。あなたと私が義理の姉妹になれる可能性は、まだ残されているのね。お兄様に伝えておくわ。本当にマリアンが欲しいのなら、小細工などしないで、全力で口説きなさいって」
くすくすと笑うミーナリアは、とんでもないことを言い放ち、マリアンを慌てさせた。
「何を言っているの。そんなこと、リオ様にさせるわけには」
「どうして? 好きな人に愛を乞うのは、変なことではないわ。私は、ふたりには何の負い目もわだかまりもなく、幸せになってほしいの」
兄はマリアンを伯爵家に戻したあと、彼女の母親や叔父夫妻を言い含めて、彼女を妻にするつもりだった。でも、兄の思惑通りに二人がうまく結婚することができたとしても、きっとわだかまりが残ってしまう。
マリアンは自分で人生を選べず、兄の言うままに行動してしまったことを、後悔するかもしれない。あれだけ迷っていたのだから、きっとそうなるだろう。
リオも、マリアンを守るためにあえて愛を告げないとしたら。
そんな二人がしあわせになれるとは思えないと、ミーナリアは言う。
「ありがとう。色々と考えてくれて。私も、ちゃんと自分の気持ちをリオ様に伝えられるように、がんばるわ」
「ええ。マリアンには私の侍女よりも、お義姉様になってほしいわ」
そう言って微笑む彼女と、しっかりと抱き合う。
そうしてマリアンは、母の待つ伯爵家に帰ることにした。
母は待ちかねたようにリオとのことを聞きたがったが、指輪は預かっただけで、求婚されたわけではないことを、きちんと伝えた。母は相当がっかりしたようだが、それが事実だから仕方がない。
だが次の日からマリアン宛に、リオから花が届くようになった。
毎日必ずカードが添えられていて、彼の直筆でマリアンを気遣う言葉が書かれていた。
落ち込んでいた母はたちまち元気を取り戻し、お礼の手紙を書くように何度もマリアンを促した。
リオは今、クレート王子の事件の後始末で相当忙しいはずだ。そんな彼の手をこれ以上煩わせてはいけない。そう思ったマリアンは、もう花はいらないと書こうとして、母に叱られた。
「こういうときは、忙しい彼を気遣う手紙を書くだけでいいの。好意を拒むようなことを言っては駄目よ」
そう言って、少しは勉強しなさいと恋愛小説を勧められてしまった。どうやら母も愛読者らしい。
でも、試しに何冊か読んでみると、ニースに置き手紙を残したときと、心情がまったく異なっていた。あの頃はまったく共感できなかった言葉が、胸に染みわたる。
どうやら本当に、リオに恋をしているかもしれない。
そう思った途端、目が覚めたような感覚がした。




