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「そう。指輪の意味を知ったのね」
翌日、何をしていても落ち着かなかったマリアンは、ミーナリアのもとを訪れていた。
約束をしていないにも関わらず、突然の訪問を快く受けてくれた彼女は、マリアンの話を聞くと、そう言って困ったように笑った。
どうやらミーナリアは、指輪の意味を最初から知っていたようだ。
「知っていたの?」
「ええ、もちろん。むしろマリアンが知らなかった方が驚いたくらいよ」
「……私は昔からニースと婚約していたから」
他の誰かに求婚されることなんて、絶対にありえないことだった。
「そうね。でも、さすがのお兄様も、マリアンがその意味を知らないとは思わなかったようよ」
「……っ」
リオの名前を出されて動揺する。
ミーナリアの言葉通りだったとしたら、リオは指輪の意味をマリアンが知っていると思って、わざわざ公爵家の紋章入りの指輪を渡したことになる。
あの夜会の日。
マリアンに絡んできた貴族も、自分がリオからこの指輪を渡されるような関係だと思って、あれほど動揺して逃げて行ったのだ。
「お兄様が言わないのに、私が余計なことを言うわけにはいかないから、ずっと黙っていたの。ごめんなさい、マリアン。でも、私もお兄様も、あなたに無理強いするつもりはないわ。嫌なら返してしまえばいいのよ」
「それが……」
母と叔母が興奮してしまって、誤解だと言っても信じてくれないことを告げると、ミーナリアは困ったように笑った。
「お兄様はそれも見越して、指輪をつけたままあなたを返したのね。でも、お兄様のことは応援したいけれど、私にはマリアンも大切だから。もしお兄様から逃げたいなら、協力するわよ」
「ミーナ様……」
もう少し、考える時間が欲しい。
それがマリアンの本心だった。
そう告げると、ミーナリアは微笑んだ。
「わかった。私に任せて。自分が納得するまで、ゆっくりと考えればいいわ。あなたの人生なんだから」
それから数日間、マリアンはミーナリアを手伝うという口実で、公爵家に滞在することになった。
ゆっくり考えたいと言ったからか、リオが尋ねてきても面会を拒否しているようだ。さすがに申し訳ないと思うが、ミーナリアは気にする必要がないと言ってくれた。
「お兄様が悪いのよ。マリアンの気持ちを無視して、勝手に事を進めるから」
マリアンが好きなら、裏工作などせずにちゃんと本人に伝えるべきだったと、彼女は言う。だが、王太子のロランドのために裏で動くことの多い兄は、素直に好意を伝えることができないのだろうと、リオを庇うことも忘れなかった。
いかに本心を隠してうまく立ち回るか。
それが、この国の貴族社会を生き抜く方法である。
「お兄様は、冷徹な男という仮面を被ることで、ロランド王太子殿下や私を守ってくれていたの。マリアンのこともね」
予想していたように、やはり伯爵家が取り潰されなかったのも、マリアンの父を利用したディーダロイド侯爵とクレート王子殿下まで辿り着いたのも、リオが尽力したからだった。
「本当に、リオ様が私のことを?」
それでも指輪を渡されただけのマリアンには、それがまだ信じられない。
「お兄様はずっとマリアンが好きだったのよ。あなたが婚約してしまっても、ずっと諦められなかったみたい。だからこそ、今度こそチャンスを逃さないと思ったのかもしれないけれど、本当に愛する人まで欺いて、幸せになれるとは思えないわ」
ミーナリアの言葉を、マリアンは静かに聞いていた。
指輪の意味を知ったときは、どうして何も言ってくれなかったのかと思っていた。もしリオに直接言われたのなら、ここまで困惑していなかっただろう。
だが王太子殿下の側近であるリオにとって、愛する人は、さらけ出した弱点のようなものだ。王太子のために裏で動く彼を、恨む者も多い。
でも今の状況なら、周囲の人達も妹の親友であるマリアンの境遇を憐れんで妻にしたのだと思うのだろう。
たしかに、表向きの理由ならそれでかまわない。
でも自分には、きちんと伝えて欲しかった。
「異世界でレシピ本を発行しようと思います!」6月10日、明日発売になります。
書下ろしもありますので、よかったら見てやってください。詳しくは活動報告にて。
どうぞよろしくお願いします。




