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「きみを苦しめた者は、これで誰もいなくなった。今の伯爵家なら、きみを迎え入れてくれるだろう」
そう言ってリオは優しく笑う。
「今の……」
彼の言うように、母を受け入れてくれた叔父夫婦なら、失踪して行方不明になっていたマリアンも受け入れてくれるかもしれない。きっとマリアンに結婚を強いることもないだろう。叔父に、父のような野心があるとは思えない。
でも、これではあまりにも都合が良すぎないだろうか。
いかに父が利用されていたとはいえ、密輸に関わった伯爵家が、取り潰されなかったのは不自然ではないか。
それに、おそらく用意周到に動いていたディーダロイド侯爵家とクレート王子が、父と同時に捕えられたのはなぜか。
考えれば考えるほど、そこには誰かの強い意志が反映されているように思えてならない。
それは、誰なのか。
マリアンは静かに、目の前にいるリオを見つめた。
(もしかして……)
浮気をしていながらも、何気ない顔をしてマリアンと結婚しようとしていたニースは、王城で剣を抜き、怪我人を出してしまったことで予想外の重罪になり、今も犯罪者が幽閉されている牢獄にいる。
ニースを誘惑して愛人に収まろうとしていたエミリアは、規律の厳しい修道院に入れられ、おそらくもうそこから出ることはできないだろう。
マリアンを政略結婚の駒として使おうとしていた父と、父と同じ考えを持っていた弟は、罪を犯して失脚した。もうふたりが伯爵家に戻ることはないだろう。
そんな父を利用して捨て駒にしようとしていたニースの父のディーダロイド侯爵と、レート王子殿下も失脚している。
マリアンを下に見ていたニースの姉リエッタも、クレートとの婚約が白紙になり、家を存続させるために結婚しなければならなくなった。
残されているのは、気弱だが優しい母と、親切な叔父夫婦。そして、どんなときも味方になってくれたミーナリアとリオだ。
「……ありがとうございます。でも、このまま戻っていいものかどうか……」
「伯爵夫人は、夫と息子が罪人となり、娘が亡くなってしまったことで、かなり気落ちしている。娘が生きていたと知れば、きっと救われるだろう」
「お母様が?」
マリアンは唇を噛みしめる。
ひとりになってしまった母が、心配だった。
でも、今さら罪人の娘となってしまったマリアンが戻ったところで、叔父に迷惑をかけてしまうのではないか。そう思ったが、叔父夫婦はマリアンの死に疑問を持ち、本格的に探そうとしているという。
このままでは母も叔父夫婦も、マリアンが生きているかどうかわからず、それでも希望を捨てきれなくて探し続けてしまうだろう。それよりなら、早く戻ったほうがいいとリオは言う。
マリアンは修道院に身を寄せていたところを、ずっと諦めずに探し続けたミーナリアによって発見され、保護された。
そういう筋書きにするつもりだと、リオは言った。
「そうですね。こんな私でも、叔父様を手伝うことくらいはできるかもしれません」
さすがに犯罪者の娘となり、婚約も白紙になって行方不明になっていた自分が、まともに結婚できるとは思えない。家に戻ったら身体の弱い母の面倒を見ながら、叔父を手伝うことができたらと思う。
「そのことだが、もうすぐミーナリアは王城に嫁ぎ、王太子妃となる。そのときには、きみを連れて行きたいと言っていた」
「え、私を?」
驚いて、思わず声を上げてしまう。
ミーナリアは王太子妃になり、いずれは王妃となる。
彼女に仕える侍女は、王城に勤める侍女とは違い、高位貴族の子女から選ばれる。王妃の傍仕えになれるのだから、とても名誉なことだ。
まともな結婚が望めないマリアンからしてみれば、これ以上ない待遇である。
「私で、いいのかしら……」
「もちろんだ。きみがミーナに付いていてくれるのなら、俺も安心することができる」
リオはそう言うと、穏やかに微笑んだ。
こうしてマリアンはミーナリアに保護されたあと、家に帰ることができた。
体調を崩して寝込んでいた母は、マリアンの無事を泣いて喜んでくれた。そんな母を抱きしめながら、心労をかけてしまったことを謝罪する。
家のために、父がクレート王子の派閥に利用されないようにと死んだことにしたのに、それに関してはまったく効果がなく、ただ母を苦しめてしまっただけに終わってしまったのだ。
だからせめて、自分はもう気持ちの整理がついて元気になったから大丈夫だと、母を安心させるために明るく振る舞っていた。




