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だが正直に言えば、父のしていることはあまり意味のないことだ。
王太子ロランドの地位はマリアンから見ても盤石で、第二王子のクレートが王位を継ぐことは、よほどのことがない限りあり得ない。
それなのに、ニースの父であるディーダロイド侯爵を含めた第二王子の派閥の者は、本気で彼を王位につけようとして動いているようだ。
権力者ならば誰でもいい、父とは違う。
そしてこの温度差は、父にとって不利となるだろう。
資産はあっても、権力とは程遠い田舎貴族だった父は、彼らにとって格好の道具になってしまうのではないか。
(私の婚約も、きっと家のためにはならないでしょうね)
ただ資金を提供させられるだけで、何も得るものはないのだろう。
マリアンも自分の家にいた頃は、何も見えていなかった。
ただ父に従い、言われるままにニースと婚約していた。彼と結婚することに、何の疑問も抱いていなかった。
けれどこうして家を離れて、王太子ロランド側であるサザリア公爵家に身を置いてみると、色々とわかったことがある。
まず父はどちらの陣営にとっても、日和見的な存在だ。
第二王子クレートの派閥であるディーダロイド侯爵家の次男ニースと、娘を婚約させている。だが、その娘であるマリアンは、よりによって敵側の王太子ロランドの婚約者、ミーナリアとかなり親しい間柄である。
それを咎めずにそのままにしているだけで、クレートの派閥は、父は本当にこちら側なのか怪しいと思うだろう。
父からしてみれば、権力者と繋がるパイプは多ければ多いほど良いと思っていたのかもしれないが、権力者の派閥は、それほど生易しいものではない。
(私の婚約が、父とあちら側を繋ぐものになっているのね)
何も知らずにその役目を果たすところだったと、今になって思う。
ニースの姉は、第二王子クレートの婚約者候補の筆頭だ。この婚姻が成立すれば、マリアンはクレートの妻の義妹になるのだ。
その前に、こうして距離を置くことができたのは、よかったのかもしれない。
最初は、軽い気持ちで始めたことだ。
あの二人の恋を盛り上げるために、悪役になんかされたくない。そう思って、少し懲らしめてやりたかっただけだ。悲恋のようにふるまっているが、それはただの浮気だと思い知らせたかった。
でも、こうして自分の立ち位置を離れてじっくりと考えてみると、ニースとの婚約はマリアン個人にも、家にとっても良くないと思う。
(どうしたらいいのかしら……)
リオの前であるにも関わらず、思わず憂い顔で考え込んでしまう。
今考えなければならないのは、これからの身の振り方だ。
失踪したままだということは、ある意味、ニースとの婚約は継続されてしまうこということだ。父がニースとの婚姻を諦めるか、ニースが他の人と結婚を決めるまで、ずっと身を隠さなければならない。
(それに、ニースがあんなに簡単に暴力を振るう人だったなんて……)
エミリアを頬が腫れるほど殴ったのもひどいことだが、リオには剣で斬りつけようとしたのだ。もし対応が遅れていたら、命を落としてしまったかもしれない。
(何も知らずにそんな人と結婚していたら、将来はどうなっていたかしら)
それに関しては、エミリアに感謝したいとさえ思う。
今回のことで、ニースとの婚約にはエミリアのことだけではなく、様々な問題点があるとよくわかった。
結論としては、ニースとエミリアのことは別としても、今は家に帰るべきではないと思う。そして父や第二王子クレート側の派閥の人間がまったく手を出せない、このサザリア公爵家が一番安全な場所である。
「申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしているのはわかっていますが、もう少しだけ、ここに置いて頂けないでしょうか」
厚かましい願いだとわかっていながらもリオにそう頼んでみると、彼はすぐに承諾してくれた。
「もちろんだ。むしろ問題が解決するまで、ミーナはきみを傍から離さないだろう。気のすむまで、滞在すればいい」
「……ありがとうございます」
ミーナリアもリオも、クレート側にいたはずの自分を、こうして友人として扱ってくれる。そのことを、心から感謝していた。
見舞いに来てあまり長居するわけにはいかないと、マリアンはリオの部屋を退出して、宛がわれている客間に戻った。
ミーナリアはまだ当分、帰らないだろう。
これからどうするか、じっくりと考えなければならない。




