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マリアンはミーナリアにその話を聞き、蒼白になって立ち上がった。
「そんな、リオ様が……」
「落ち着いて。大丈夫よ。たいしたことはないから」
ミーナリアはそう言って、落ち着かせるようにマリアンの手を握り、ゆっくりと座らせてくれた。
「でも……」
ミーナリアに握られている手が、細かく震えている。
王城でニースの取り調べに参加していたリオが、彼に斬りつけられたと、彼女が教えてくれたのだ。
ニースは王城でエミリアに手を上げただけではなく、取り調べ中に剣を奪い、公爵家の人間を傷つけてしまった。それによってニースはもう王城の地下牢ではなく、王都内にある重罪人を幽閉する牢獄に入れられてしまうことになる。
婚約者だったニースがエミリアに手を上げただけではなく、刃まで持ち出して暴れるような人だったのはショックだったが、リオが巻き込まれたと聞いて平静ではいられなかった。
彼とミーナリアだけは、いつだってマリアンの味方でいてくれる。だからマリアンも、ふたりのことはとても大切に思っていた。
「大きな声では言えないけれど、全部お兄様の作戦よ」
あまりにもマリアンが動揺していたからか、ミーナリアがそっと教えてくれた。
「……作戦?」
「ええ。わざとニースを逆上させるために、エミリアの取り調べを隣の部屋で聞かせたらしいの」
そこでエミリアは最初のときのように、すべてはニースが悪いのだと、彼に脅されていたのだと訴えたらしい。
隣の部屋で、そのニースが聞いていたとは知らずに。
「でも、さすがにお兄様も、ニースが剣を奪って暴れるとまでは思っていなかったようね」
最初の取り調べのときに詰め寄られたように、ニースの待遇が悪くなる程度に暴れることを期待していたのだろう。
だが、愛する女性の裏切りを知ったニースは、我を忘れて暴れ出した。
護衛騎士の剣を奪い、その剣を持っていた騎士と、彼が護衛していたリオに斬りかかったのだ。
「もうひとりの騎士が庇ってくれたから、お兄様も怪我もたいしたことないわ。だから、心配しないで」
「……でも」
自分がふたりを頼ったせいで、こんなことになってしまったのではないか。そう思うと、やはり罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「そんなに心配なら、あとで見舞ってあげて。しばらくは、屋敷で療養するようにロランド様に言われたみたいだから」
「ええ、もちろん」
マリアンは即座に頷いた。
ミーナリアはその後すぐに、妃教育のために王城に出かけて行った。
残されたマリアンは、さっそくリオの見舞いに行くことにした。
部屋を訪ねてもいいかメイドに聞いてもらい、了承の返事をもらったあと、メイドに付き添ってもらって彼の部屋に向かう。
どちらもメイド服なので、何だか同僚が仕事に向かっているようだと、思わずくすりと笑う。
この恰好にも、なかなか馴染んできた。元の姿に戻ったとき、ドレスが窮屈に思うかもしれない。
(元の姿、か……)
ずっとここにお世話になるわけにはいかないと、わかっている。
けれどあの家に戻るのも、父と再び顔を合わせるのも嫌だった。どうせまた、父の都合の良い家に嫁がせられるだけだ。
そんなことを考えているうちに、リオの部屋に到着した。
メイドが部屋の扉を叩いてマリアンが到着したことを告げると、中から入室を促すリオの声がした。
「マリアンです」
そう名乗ってから、部屋に足を踏み入れる。
付き添ってくれていたメイドも、その後に続いた。さすがに身内ではない男性とふたりきりになるわけにはいかない。
リオは部屋の中央にある長椅子に、寛いだ様子で座っていた。見たところ、目立つところに傷はないようだ。
マリアンの姿を見ると、彼はすぐに立ち上がる。
(……よかった)
こうして見る限り、動きにも問題はない。
ミーナリアは大丈夫だと言っていたが、リオの無事な姿を見て、マリアンはようやく安堵した。
「わざわざすまないね」
見舞いに行きたいと伝えておいたので、リオは柔らかな笑顔でそう言った。
「騎士が庇ってくれたから、腕を少し掠っただけだ」
リオが腕を捲ると、包帯が巻かれているのが見えた。
だが血も滲んでいないし、範囲もそう大きいものではない。
「あの、ニースが申し訳ございませんでした」
そう謝罪すると、リオは少し不満そうな顔をする。
「きみが謝ることではないだろう」
「ですが、まだ婚約を解消したわけではないので……」
あの父が、ニースの浮気程度で婚約を解消してくれるはずがない。そう思ったからこそ、マリアンは置き手紙を偽装してまで失踪したのだ。
だから今もマリアンは、彼の婚約者のままだ。
(それに、こんなことがあってもお父様は、ニースのことを簡単に諦めないかもしれないわね……)
もしニースだけのことなら、これだけの騒ぎを起こしてしまったのだ。父も彼のことを見限って、マリアンには別の婚約者を探すだろう。
最初は、そう思っていた。
けれどニースの背後には第二王子のクレートと、その派閥がある。
王太子ロランドには、昔から優秀な人材が豊富に集まっていて、つけ入る隙はない。
だからこそ、父のような者が権力に近付こうと思ったら、第二王子のような広く人材を求めているようなところに潜り込むしかなかった。
ニースはそのきっかけになる、父にとっては重要な人物である。そう簡単に手放すとは思えなかった。




