12 リオ視点
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サザリア公爵家の嫡男リオは妹達が部屋に戻ったあと、正装に着替えると王城に向かった。
妹の婚約者であり、王太子であるロランドに、昨日のことを報告しなければならない。
王城に到着すると、王太子の護衛騎士によって彼の執務室に通された。
ロランドは報告書に目を通していたが、リオの到着に気が付くと、すぐに顔を上げた。
金色の髪に、意志の強い緑色の瞳。
美貌で知られる王妃によく似て柔和な雰囲気だが、その瞳の鋭さは、儚げな王妃とはまったく違うものだ。
妹のミーナリアの婚約者だが、リオとは幼馴染の間柄でもある。
王太子妃となる妹は表で王太子を支え、自分は裏で彼の敵を排除することが役目である。
昔からずっとそう思っていた。
「昨夜は、かなり大騒ぎだったようだな」
ロランドに促され、リオは昨晩のことを語った。
ニースが愛人と密会していて、それを婚約者に見られてしまったこと。
そして、その婚約者が置き手紙を残して失踪したこと。
「その婚約者は、妹の親友でした。妹宛に手紙を残していたので、その男に詰め寄ったようです」
「そうか。そのような騒動があったのか」
ロランドは頷くと、ディーダロイド侯爵家か、と小さく呟く。
「たしか、クレートの婚約者候補の筆頭が、その侯爵家の娘だったな」
「はい。ほぼ確定していたようです」
ロランドは思案したあと、ひとりごとのように呟いた。
「……クレートは動くか?」
このララード王国の第二王子クレートは、ロランドとは異母兄弟になる。
母親は側妃だが、この国の公爵家出身であり、他国出身の王妃よりも、一部の貴族達には強く支持されていた。
王太子はロランドに確定しているが、クレートを担ぎ上げようとしている勢力は、まだ諦めていない様子である。だからロランドもリオも、クレートにはかなり注意を払っていた。
リエッタに懇願されて、クレートが動きだしていることを伝えると、ロランドは顔を顰めた。
「わざわざ騒動に首を突っ込んだか。こちらには好都合だが、愚かなことだな」
クレートはまだ、リエッタを婚約者にすることを諦めていないようだ。
「ディーダロイド侯爵家は、もともと側妃派です。その娘がクレート殿下の婚約者に選ばれたのは、側妃派の総意でしょう。向こう側でも、そう簡単に諦めるとは思えません」
これで側妃派が強引に動けば、勢力を一掃する機会になるかもしれない。
今のところ、マリアンの父であるドリータ伯爵家と、側妃派が結びつくことも回避できている。ドリータ伯爵家の豊かな領地と財源は、王家も注目していた。
マリアン本人は気が付いていないようだが、彼女の婚約者になりたかった男は大勢いる。ミーナリアの機転で失踪したことにならなかったから、すぐにでも次の婚約者が決まっていたかもしれない。
王太子のためを考えれば、リオも彼女がニースと婚約する前に、マリアンを確保するために動くべきだったのだろう。
それでも彼女を政略的に使うことができなくて、今まで何もできずにいた。彼女がニースと婚約してしまったときは、もうすべては終わったことだと諦めていたが、今、マリアンは公爵家にいる。
今度こそ、どんな手段を使っても手に入れる。
そう決めていた。
「だが、その婚約者には気の毒なことだ。ミーナの親友なら、なおさら気懸りだ。無事だといいが」
「ミーナも必死に探しているようです。見つけたら、公爵家で保護します」
主であるロランドに偽りの報告をするのは、初めてかもしれない。
でも今は、誰にもマリアンの居場所を伝えたくない。
公爵家の屋敷の奥に、いつまでも匿っていたい。そんな気持ちさえ芽生えている。
「わかった。そのときは報告してくれ」
「承知しました」
そう答えて、王太子の執務室を出る。
次に向かうのは、地下牢に囚われているニースのところだ。
彼がもし、マリアンを大切にするのならば、リオも決まった縁組を壊すつもりはなかった。
だが実際には結婚前から愛人を囲って、マリアンを悲しませた。
とても許せることではない。
ニースにはもう少し騒ぎを大きくして、厳罰を与えてもらわなくてはならないだろう。




