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目が覚めると、もう昼近くだった。
疲れていたとはいえ、こんなに眠ってしまったことに驚きながら、慌てて起きて身支度をする。
もし本当のメイドだったら、すぐにクビになってしまったかもしれない。
「あら、マリアン。起きたのね」
公爵家の屋敷にある庭で、優雅にティータイムを楽しんでいたらしいミーナリアは、慌てて駆けつけたマリアンを見て微笑む。
「ごめんなさい。こんなに眠ってしまうなんて思わなくて」
「いいのよ。むしろここにいる間は休暇だと思って、ゆっくりと休んで」
ミーナリアはそう言ってくれたが、居候の身としては気が引ける。
「そろそろお兄様も起きただろうから、あれからどうなったのか、話を聞いてみましょう」
「ええ、ぜひ」
警備兵に連行されたニースとエミリアがどうなったのか、マリアンも知りたかった。
「では、お兄様の部屋に行きましょう」
ミーナリアはそう言って、立ち上がった。
「え、部屋?」
マリアンはその後に続きながらも、驚いて声を上げる。
彼女にとっては兄なので、異性の部屋でも気安いだろうが、マリアンは婚約者だったニースの部屋にも入ったことはない。
いつも彼と会うときは、メイドか従僕が同席している客間で会っていたくらだ。
「大丈夫。もう起きているはずよ」
「そ、そういう問題ではなくて……」
慌てているうちに、部屋に到着してしまったらしい。
「お兄様?」
「ミーナか。入れ」
ミーナリアが扉を叩いてそう言うと、中からリオの声がした。
メイドに受け答えを任せないことからも、ふたりの仲の良さがわかる。
「マリアンも連れてきたわ。昨日のことを聞かせて」
「……マリアン?」
ソファーで寛いでいたらしいリオは、ミーナリアの背後からマリアンが顔を出すと、慌てた様子で立ち上がった。
「こんな格好で、すまない」
そう言った彼は部屋着姿で、いつもセットしている髪も下ろしたままだ。父とも弟とも親密に過ごしたことのないマリアンは、男性のそんな姿を見るのは初めてで、恥ずかしいことではないはずなのに、頬が紅潮する。
「い、いえ。突然押しかけてしまって、こちらこそ、申し訳ありません」
視線を反らしたまま、そう答えるのが精一杯だった。
「いや、構わないよ。ミーナに連れてこられたのだろう?」
普段はあまり聞くことのない穏やかな声に、少し胸がどきりとした。
いつものリオとは違う人のようで、何だか落ち着かない。
ミーナリアは連れてきたメイドにお茶を頼むと、リオの向かい側に座った。
「マリアンもここに座って。それで、お兄様。あれからどうなったの?」
促されて、慌ててミーナリアの隣に座る。
「ニースの方は、よほど恋人に拒絶されたのがショックだったようだ。客間に連れて行って話を聞くつもりが、興奮して暴れまわって、落ち着かせるためにも地下牢に入れられたよ」
「……ニースが」
騎士団に抵抗し、同行したリオにも掴みかかったらしい。
そこまでしてしまえば、地下牢に入れられてしまうのも当然かもしれない。
(でも、謹慎ではすまないかもしれないわね……)
王城を守る騎士団に逆らい、サザリア公爵家の子息であるリオに危害を加えようとしたことは、大きな問題になる。
「あの、怪我はなかったのですか?」
不安になってそう尋ねると、リオは少し驚いたように目を見開き、それから僅かに笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん。心配はいらない」
リオはエミリアの取り調べにも同席したが、彼女は話をすることができないくらい怯えていた。
調査に当たった騎士が辛抱強く尋ねると、今まで何度もニースに暴力を振るわれていて、怖くて逆らうことができなかったと涙ながらに訴えたようだ。
「……そんなはず、ないわ」
それを聞いたマリアンは、思わず失笑する。
あれほど情熱的に抱き合っておいて、今さら脅されていたなどと言われても、信じることなどできるはずがない。
「彼女がニースに殴られてしまった場面だけを目撃した人なら、信じてしまうかもしれないわね」
けれどミーナリアは、苦々しくそう言った。
「たしかに、調査に当たった騎士の中には、彼女に同情した者もいた。被害者として扱うべきだと主張する者もいたほどだ」
「そんなこと、あり得ないわ。むしろ彼女がニースに狙いを定めたのだと、私は思っているのに」
「ああ、間違いなくそうだろう」
リオもミーナリアの主張に頷き、それから視線をマリアンに向けた。
「もちろん、そんな馬鹿げた提案は却下した」
女性騎士が暴力の跡がないか調べてみたが、そんなものは何ひとつ見つからなかったらしい。
エミリアは傷が残るほどの暴力ではなかったと主張したが、先程の証言と食い違うため、嘘だと認定されたようだ。
その言葉に安堵して、マリアンはきつく握りしめていた両手を下ろした。
「ありがとうございます……」
彼女は、騎士を騙すほどの演技力でその場を乗り切ろうとしていたのだ。リオが同席してくれて、本当によかった。
「あの二人が王城の庭園で抱き合って、愛を囁いていたことは多くの者に目撃されているもの。言い逃れなんてできないし、許さないわ」
ミーナリアも、いざとなったら証言者を用意すると言ってくれた。
今さらニースを見捨てて自分だけ逃げようとしても、そうはいかない。
「エミリアは取り調べが終わったあと、実家の子爵家に引き取られた。処分が決まるまで、そこで謹慎するように命じてある」
それを破ったりしたら罪が重くなるだけだし、子爵家としてもこれ以上の醜聞は避けたいところだろう。処分が確定したあとは、娘を修道院に送るかもしれない。
一方ニースは、当分地下牢に留められるようだ。王城で騒ぎ立て、暴力まで振るってしまったことで、簡単に解放されることはないと思われる。
そんな彼を何とか地下牢から解放しようと、ニースの姉であるリエッタに懇願されて、第二王子のクレートが動いているらしい。
その動きをすべて、リオは把握していた。
「このままクレート殿下がディーダロイド侯爵家と共倒れになるか。もしくは、途中で切り捨てるか。どちらにしろ、騒がしくなるだろう。マリアンは、しばらくこの家に居た方が安全かもしれないな」
「……はい」
想像していたよりも事が大きくなってしまったことに驚きながらも、マリアンは素直に頷いた。
今、家に戻っても、あの父のことだ。
勢力を伸ばすための駒として使われるだけ。それよりは、信頼しているミーナリアの傍にいた方がいい。




