32:街は優しくない
「ジェレミーさん、大丈夫かなぁ……」
奥の部屋に消えていったジェレミーさんが気掛かりで、冒険者ギルドの入り口で、何度も奥を振り返ってしまう。
「別に気にすることはないだろう」
「そうは言うけどさぁ」
ヴィルベルは我関せずといった様子だ。
「あいつより、お前の方がずっと危なっかしいぞ」
……それに関しては、否定出来ません。はい。
でも、変な連中に絡まれていたのは、私のせいじゃないもんね。
あれは完全に、向こうが悪い。
後ろ髪を引かれながら、冒険者ギルドを出る。
建物の外の世界は、西日に照らされていた。
ジェレミーさんが言う通りに、先に宿屋に向かって待っていよう……と歩きだそうとして、ふと、足を止める。
背後に、何者かの気配を感じたからだ。
「残念だったなぁ、保護者が居なくなっちまって」
下卑た笑い声が、不快に鼓膜を震わせる。
──さっきの男達だ。
「……は?」
こいつら……まさか、ジェレミーさんが私達を助けたと思っているの?
彼が助けたのは、貴方達なのに。
ヴィルベルがギルドに足を踏み入れた、あの瞬間──力ある者ほど、ヴィルベルの存在を感じて言葉を呑んだ。
それに気付いてすら居ないということは、こいつらは所詮その程度ということだ。
「へへっ、ギルドの中では冒険者同士の諍いは御法度だが、ここはもうギルドの外──ただの喧嘩として処理されるって訳よ」
眼帯男の口元が、弧を描く。
「……くだらん、行くぞ」
相手をする価値もないとばかりに、ヴィルベルが歩き出す。
「あ、うん」
「おい、こら待て!」
その後を追おうと動き出した私の肩に、男の腕が伸びてきた。
肩を掴まれる寸前──、
「──ぐわああぁぁぁ!!」
足下から響く衝撃。
私の肩に伸びていた男の手は、一瞬のうちに地面をのたうち回っていた。
いや、手だけではない。
男の身体そのものが、石畳を砕きながら、大地にめり込んでいた。
「……で、なんだって? ギルドの外なら、喧嘩として処理されるんだったか」
男を地面にめり込ませた張本人──ヴィルベルは、眼帯男の頭を踏みつけるようにして、ぐりぐりと足蹴にする。
「あー、でもやり過ぎないでね。官憲に目を付けられたりしたら、厄介だし」
「ふん」
私としては、あまり人間社会で面倒事を起こしたくないのだけれど……ヴィルベルにとっては、官憲が相手だろうが国が相手だろうが、全部叩き潰せばそれで終わりという考えなのだろう。
でもね、それじゃ人間の街で暮らしてはいけないのよ。
「てめぇ、この野郎!!」
「いつまで調子に乗ってやがるっ」
残る二人が、一斉にヴィルベルに襲いかかる。
だが、その手がヴィルベルに触れるより先に──彼等の身体は、冒険者ギルド建物の壁に叩き付けられていた。
「なんだ、こいつらは。まるで手応えが無いではないか」
呆れたように呟くヴィルベル。
そりゃ、貴方にとってはそうでしょうね。
ヴィルベルが手応えを感じる相手なんて、それこそSランク冒険者パーティーでも連れてこなきゃ無理だと思う。
男達が壁に叩き付けられたことで、ギルドの中からは、なんだなんだと野次馬達が様子を見に現れる。
その視線は、彼等を軽々と吹き飛ばしたヴィルベルに集まっていた。
「なんだ、あの男……」
「名うての冒険者か、それともどこかの傭兵か? 騎士って感じではないが──」
「ありゃ、かなりの腕前だな。俺でも勝てるかどうか……」
身に覚えのある冒険者達が、口々に呟いている。
やめておいた方がいいよ、その人相手に戦いを挑んだら、ろくなことにならないから。
「行くぞ、スズカ。腹が減った」
「はぁい」
ヴィルベルの言葉に、同意するようにガルムも元気に吠え声を上げている。
注目は集めちゃったけど、喧嘩を売ってきた三人組が勝手に自滅しただけ。
私達は、悪くない。
歩き出した背後で、地面が抉れていることに気が付いたギルド職員さんが何やら叫び声を上げているようだけれど、先に喧嘩を売ってきたのは向こうなんです。
目撃者も大勢居るから、きっと大丈夫だよね。
……知ーらないっと。
そうして、ジェレミーさんより先に宿屋に戻ってきた私とヴィルベル。
宿の一階にある食堂で、この世界に来て初めての外食と洒落込みました。
「ん~~~~!」
羊肉に、たっぷりの香草をまぶしたオーブン焼き。
付け合わせの野菜ソテーも、素朴な味で箸もといフォークが進む。
塩とスパイス、香草だけのシンプルな味付けも、なかなか乙なものだよね。
私はとても美味しいと思うのだけれど、どうもヴィルベルはお気に召さないみたい。
「スズカの作る料理の方が、ずっといい……お前の作った料理でないと、満足できん」
なぜかしょぼくれた様子で、羊肉をつまんでいる。
「そうかなぁ」
「そうだとも」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、私としては、こういうシンプルな素材の味を生かした料理もたまには楽しみたいんだよね。
食堂ということでガルムは部屋に残してきたけれど、後でお肉を包んでもらって、ガルムにも差し入れよう。
「それにしても……ジェレミーさん、遅いね」
「別に心配することもないだろう」
ヴィルベルの返答は、素っ気ない。
この街には私達よりも彼の方が慣れている。
確かに私が心配する必要はないのかもしれないが……死亡したと言われていたジェレミーさんが、生きて帰ってきたのだ。
それに、あのダンジョンのことを彼がどこまで話すか……ジェレミーさんを信じていない訳ではないが、あれこれ気を揉んでしまうのは仕方ない。
もし何かあったとしても、全員ぶっ倒せばいいなんて考えている脳筋とは違うのだ。
結局、ジェレミーさんが宿屋に戻ってきたのは、食堂の営業が終わってからの深夜だったらしい。
翌朝、私達は彼から話を聞くことになった。









