27:甘さと強さ
『王弟ジェレマイアという身分は、もう過去のものだ。どうかジェレミーと呼んでほしい』
とのことで、王弟ジェレマイアさん改め冒険者のジェレミーさんが、地下90階にある聖域の住人となった。
彼のことは、ほとんどエルフ達に任せっぱなし。
文句も言わずに、せっせと働いているらしい。
剣士として相当な修行を積んでいるらしく、狩りの腕はエルフ達も舌を巻くほどだとか。
最初の数日こそ大量失血したジェレミーさんの為に肉を届けたりもしていたのだけれど、もうその必要はないみたい。
彼は自力で狩りに出て、エルフ達と仲良く共存していると聞く。
私達はといえば、相変わらず地下99階で平和な暮らしを続けているが──ヴィルベルとの間には、気まずい空気が漂っている。
単に、私が気にしすぎなだけなのかもしれない。
しかし、私の考えがヴィルベルと相容れないのは事実。
ここはやっぱり、一度ちゃんと話をしておくべきかなぁ……。
なーんて考えていたのに。
「ねぇ、ヴィルベル。ここ数日部屋に閉じ籠もりっきりだったのって……」
「うん? 一気に読んでいたからだが」
覚悟を決めてヴィルベルの部屋を訪ねたら、テーブルには日本の人気海賊漫画が山積みにされていた。
ヴィルベルの部屋には、モニターとDVDも完備されているんだよね。
もっと最新型のブルーレイでもクリエイト出来れば良かったんだけど、イメージが大事なダンジョン機能、出来上がったのは使い慣れたDVDレコーダーでした。
コミックスとDVDどちらも積み上げて、コミックスを見終わったシーンからDVDで再生しているみたい。
お主、さてはかなり満喫しているな……!?
「ようやく三桁の大台に到達しそうだ」
なるほど、そろそろコミックス百巻に差し掛かると。
ってことは、あのあたりか……じゃなくってぇ。
「なんだ、もう……私はてっきり、ヴィルベルが怒っているのかと思ってたのに」
「怒っているが?」
こちらの軽口に、さらりと返ってきた言葉。
……あ。やっぱり怒っているんだ。
「だから、気晴らしになればと思ってな」
「……そっか」
怒っているからこそ、私と衝突しないように、漫画に没頭していた……ってことなのかな。
ヴィルベルはヴィルベルなりに、気を使ってくれているのかもしれない。
この世界に召喚されて、スキルを手に入れてからというもの、皆の考えていることがなんとなく分かるようになってきた。
だと言うのに、ヴィルベルの考えていることだけは、今もよく分からない。
レムス曰く『相手とのレベル差が大きいと、たとえスキルがあろうとも、どうにもならないのでしょう』ってことだけれど……つまりは、ヴィルベルが強すぎるからってことなのかなぁ。
一番分かりたい相手なのに、それが出来ないなんて、ちょっともどかしい。
……思えば、いつから“ヴィルベルが何を考えているか、知りたい”って思うようになってたんだろう。
それも、よく分からないや。
「海賊漫画を読んでも、実感は出来ないかもしれないけれど……」
「うん?」
今もなおコミックスをパラパラと捲り続けるヴィルベルの隣に座って、膝を抱える。
「私が暮らしていた日本は、戦争のない、平和な国なんだ」
「……そんな世界が、実在する訳がない」
ヴィルベルの答えは、素っ気ないものだった。
「世界そのもので見れば、今もまだ戦争は起きているけれど……でも、国としては、武力を行使することを放棄して、平和を謳っているの」
「それでは、他国に併合されるだけではないのか?」
「武力の代わりに、経済力と技術力で戦っているよ」
ヴィルベルは、人間ですらない。
武力の象徴、絶対的な力を持つ竜だ。
人間社会の常識は通用しないし、ましてや異世界のことなんて、理解出来るはずもない。
それでも──話をしなければ、通じない。
わかり合えない。
「人を殺めることは勿論、傷付けることも、法律で禁じられている。破ればそれ相応の罰を受けるし、そういう仕組みがあるからこそ、私達は平和の中で生きてこれたんだ」
ヴィルベルの視線は、いつしかコミックスから、私の方へと向いていた。
彼の視線が、信じられない──と雄弁に物語っている。
そうだよね、彼が見ている人間達は、争いを繰り返してばかりだもの。
「ヴィルベルに言わせたら、甘ったれた世界だって思うのかもしれないね」
「ああ」
間髪いれずに頷いたよ、この人。
「でも、私はそんな世界で生きてきたの。それが──私の“常識”」
この世界の常識とは、大きくかけ離れているかもしれない。
でも、自分の中の“当たり前”を、いきなり手放せるはずもない。
ヴィルベルには甘いと思われてしまうかもしれないけれど……知ってほしかったんだ。
「……確かに、漫画の中で見た日本は、平和なことが多かったな」
「でしょ?」
ヴィルベルの言葉に、自然と笑みが零れる。
漫画の中からでも、私が住む世界を知ってくれている……そのことが、なんだか妙に嬉しくて、くすぐったい。
「時折、モンスターが現れたり、異界と繋がったり、ダンジョンが発生している物も見かけるが……」
「うーん、それはローファンタジーもので、フィクションだね」
色々な漫画がありすぎるというのも、ちょっと考え物かもしれない。
忘れてしまわないうちにと、多くの本をクリエイトして、書庫を作って並べておいたのがいけなかった。
私が思う以上に、ヴィルベルもレムスも、漫画に限らず色んな書物を読んでいるみたい。
「だから、さ。私は……出来ることなら、誰も殺したくないんだ」
これが、私の本音。
どれだけヴィルベルに甘いと言われようとも、二十一世紀の日本を生きた感覚は、変えられない。
「ダンジョンである以上は、やってきた冒険者が犠牲になることは、有り得るだろう」
「うん。それはもう仕方ないと思ってはいるんだけど……」
自分でも、矛盾していると分かっている。
人が死ぬ仕組みの中で暮らしながら、誰にも死んでほしくないなんて……おかしな話だよね。
「モンスター達には、不必要な追撃は控えるように言ってあるし……ほどほどの冒険をして、ある程度のお宝を手に入れたら、それで満足してくれたらいいのになーって」
「……そんな甘いダンジョンマスターが居るか」
ヴィルベルの声は、ため息に塗れていた。
「居るもん、ここに」
「甘すぎるにも程がある」
ヴィルベルの太い指が、私の額を弾く。
……痛くはない。
相当に加減してくれているんだろうなぁ。
なんだかんだ言いながら、ヴィルベルも甘いと思う。
人に対して甘いというより、私に対して、優しい。
「冒険者達は、ダンジョンの攻略を目的としている。そうして力を付けて、いつかダンジョンを踏破されてしまっては、元も子もないのだぞ」
ヴィルベルの言っていることは、間違っていない。
間違ってはいないのだが……。
「このダンジョンをクリア……出来るのかなぁ?」
「出来るかどうかは、ともかくとして」
ヴィルベルが、小さく咳払いをする。
下層に来れば、ドラゴンが屯しているこのダンジョン。
普通の冒険者が、クリア出来るはずもない。
それに──、
「いざとなれば、ヴィルベルがどうにかしてくれるでしょ?」
「お前……」
そんな顔で睨んだって、無駄だもんね。
私は、ヴィルベルが今のこの生活を気に入っているって、知っている。
「まぁ、お前が甘い分、俺がどうにかしなきゃいけないってのは、前々から分かりきっていたことだ」
ヴィルベルが、諦めたように息を吐いた。
なんだかんだ言いながらも、こうしてカバーしようとしてくれているから、ヴィルベルは優しい。
「……お前があの男を殺したくないってのは、よく分かった」
「うん」
ヴィルベルの価値観を否定する気はない。
けれど、私には“殺す”なんて選択肢は有り得ないってことも、知っておいてほしかったんだ。
「てっきり、顔が良いからだとばかり思っていたんだが……」
「へ?」
ちょっと待って。
どうして、そこで顔の話が出てくるの。
「スズカ、お前気付いてないのか? あの男と出会ってからというもの、ことあるごとにあいつの顔をマジマジと見ていたぞ」
「あー……それは、どこかで見たことがあるような気がしたからだね」
なんと。
妙な既視感があるなぁと思って眺めていたのが、そんな風に思われていたとは。
確かにジェレミーさんはイケメンだけれど、イケメン過ぎるというか……どう見ても王子様で、私にとっては高嶺の花過ぎる人だ。
こんな平々凡々な私とは、釣り合わないよ。
ちゃんと身の程はわきまえてますって。
「どうだか。お前、面食いだからなぁ」
「……そんな言葉、どこで覚えてきたの?」
竜社会でも言うのだろうか、面食い。
いや、やっぱりどこかの漫画で仕入れた知識に違いない。
「さぁ、どこだろうな」
「もう、あんまり変な漫画は読まないでよね!」
今更過ぎる気もします。
私が声を荒らげれば荒らげるだけ、ヴィルベルはくつくつと笑っている。
この空気が悪くないと思ってしまうから、私も相当彼に甘いのかもしれない。









