26:追放者たち
私が何か気付いたことを察してか、ジェレミーさんの碧眼がじっとこちらに注がれる。
……ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。
私を追い出した、あの憎らしい王太子と同じ瞳……ううん、同じなのは色だけ。
彼は、あの王太子とは別人だ。
でも──先ほどの口振りからしても、赤の他人とは思えない。
「ジェレミーさん、もう少しお互いに腹を割って話しませんか」
「……と言うと?」
じっと、探るような視線。
ここで怯んではいけない。
いざとなれば、ヴィルベルは躊躇無く彼を殺すだろう──それだけは、どうしても避けなくてはならない。
「貴方には──各地を転々としなければいけない理由があるのですよね?」
「……」
ジェレミーさんが、一瞬息を呑む。
その後に続くのは、沈黙。
……彼が自ら明かしてくれないならば、こちらから話す他はない。
「私も……ロドニー王国の王城を追放されて、この魔の森にやって来たんです」
「おい、スズカ──!」
私の言葉に、ヴィルベルが声を荒らげる。
素性を明かすことがどれほど危険かは、十分に理解している。
理解はしているが……もし彼の素性が私が想像する通りの物ならば、向こうもおいそれと話は出来ないだろう。
だからこそ──お互いに壁を取っ払わなければ、何も始まらない。
「貴方が正直に話してくれるのなら……貴方を、我がダンジョンに歓迎します」
じっと、ジェレミーさんを見つめる。
柔らかな金糸の髪と、澄んだ碧眼。
端正な顔立ちに、貴族的な物腰。
この世界に疎い私にだって分かる──彼は、一般人では有り得ない。
教育を受け、マナーを叩き込まれ、常に人目に晒され続けてきた人の所作だ。
ジェレミーさんの形の良い唇が僅かに開いて、息が漏れる。
「……恩人に偽りの名を告げるなど、不義理でした。申し訳ございません」
そうして再度立ち上がり、今度は膝を突いて──まるで物語の騎士様のように、静かに私の手を取る。
「我が名はジェレマイア・ロドニー。ロドニー王国国王エセルバート・ロドニーの異母弟にて、王国を追われし身です」
「ということは、あの王太子──エリオット・ロドニーは……」
「エリオットは、我が甥です」
ああ、やっぱり……。
ずっと感じていた既視感は、間違っていなかったんだ。
こんな金髪キラキラ王子様みたいな人、私の人生でそう何度もお目にかかれる訳がないものね。
……本物の王子様なら、納得だ。
「しかし、どうして王弟ともあろう御方が、国を追われることに……?」
問題は、そこだ。
大国ロドニーの王弟であれば、裕福な暮らしが約束されているはず。
そんな彼が、どうして一介の冒険者として依頼を受けているのだろう。
「元々、兄は病がちな人でした。俺は父が侍女に手を付けて産ませた子供でしたが、兄のスペアとして、王城で生き長らえてきた」
スペアという単語、そして“生き長らえてきた”という表現。
きっと、彼の一生は苦しみに満ちたものだったのだろう……皮肉げな笑みを浮かべた表情からも、そのことを推し量ることが出来る。
「ですが……世継ぎが生まれたことで、全てが変わった。兄にとって俺は、スペアではなく、王位継承の障害物となった」
言葉が途切れ、彼が唇を噛みしめる。
……きっと、ジェレミーさん──ジェレマイアさんは、優秀過ぎたんだ。
彼とも、あの王太子とも、短い時間しか接していないけれど……どちらが人望を集めるかなんて、一目で分かる。
彼とあの軽薄なエリオットとでは、比べるまでもなく格が違い過ぎる。
「まぁ、遅れてきた兄弟喧嘩みたいなものだ。兄は俺を信じることが出来ず……ついには、冤罪で国を追放された」
王弟である彼が、国外追放の処分を受けたということ……?
私のような、身元も定かではない召喚者とは訳が違う。
自分の肉親に、そのような罪を負わせるなんて──腐っているのは、あの王太子だけではない。
王も、それを許容している国の体制そのものも──全てが腐敗してしまっているんだ。
「なぁんだ……結局、皆同じなんだ」
「皆?」
私の呟きに、ジェレマイアさんが片眉を上げる。
……そう、皆。
「ここに居るエルフ達も、そして私も……ロドニー王国を追い出されて、このダンジョンに住んでいるんだもの」
碧眼がぱちくりと瞬く。
「女性一人をわざわざ追い出すとも思えないが、それ以前に、貴女は一体──」
ジェレマイアさんの瞳が、真っ直ぐ問いかけてきた。
……彼に本当のことを言わせて、こちらだけが嘘を吐くってのは、流石に無しだよね。
「私はスズカ……三森鈴花。エリオット・ロドニーによって召喚された、異世界人です」
「は……?」
大きく開かれたのは、目だけではない。
整った顔立ちを歪めるほどに、彼の口があんぐりと開いていた。
「では、エリオットは……我が甥は、あの禁じられた秘術に手を出したのか……」
話を聞いたジェレマイアさんの顔は、青ざめていた。
それほど迄に、召喚の儀式とは犠牲を伴うのだろうか。
「大変な思いをして召喚した私が、翻訳系スキルしか使えないと分かった途端、着の身着のままで魔の森に放り出されましたからね」
「それは、追放とは言わない……直接手を下していないだけで、実質的な処刑だ」
ジェレマイアさんの言葉に、エルフの里長とアンドルーが頷く。
そう、私が生きていられたのは、運が良かっただけ……それは自分でも、よく分かっている。
「本当は、殺すように命じられたそうですよ。騎士団長さんが言ってました」
「騎士団長……ひょっとして、ダグラスか?」
「確かに、そんな名前だったような」
命令と良識の間で板挟み……って感じの騎士団長さんだったよね。
ま、同情する気にはなれない。
いくら心を痛めていようが、私を見捨てたのは彼も同じだ。
「あいつ、なんて馬鹿なことを……」
ジェレマイアさんの唇から、何度目になるかも分からないため息が零れた。
騎士団長さんと、仲が良かったのかな。
確かに、年は近そうだ。
「ま、でも殺されずに済んだので……おかげでダンジョンに辿り着いて、今はこうしてダンジョンマスターとして暮らしている訳です」
「貴女が、ダンジョンマスター……」
あ、言っちゃった。
チラリと横を見れば、ヴィルベルは目を閉じたまま。
もはや、口を出すことも諦めてしまったのだろうか。
「まぁ、そんな訳で……色々と言いふらされると困るのですが、ここに滞在していただく分には、こちらとしては問題ありませんので……」
「──問題だらけだ」
それまで黙っていたヴィルベルが、断言した。
「せいぜい、この地下90階まで。それより下のエリアに立ち入ることは、この俺が許さん」
「え、ちょっとヴィルベル……」
何もそこまで厳しくしなくても……と言いかけたところで、体が凍り付いてしまった。
ヴィルベルの、射竦めるような視線。
これは、本気で怒っているみたい……いや、本気で私のことを心配してくれている……のかなぁ?
「お前は、自分がどれだけ貴重な人間かを、分かっていない」
ヴィルベルの言葉に、里長とアンドルーが頷いている。
ちょっと、二人まで何だっていうの。
「俺としては、このエルフの里に住まわせていただけるだけで、大助かりです。ここは、まるで楽園のようだ」
ジェレマイアさんが、窓の外に視線を向けて呟く。
楽園どころか、聖域なんですけどね。
貴方が遠目に眺めているその木、世界樹ですから。
こうして冒険者のジェレミーさんことジェレマイアさんも加わり、ダンジョンはロドニー王国追放者の集いみたいな様相を呈してきた。
ただ一つ、気になるのは……今回の件で、ヴィルベルが相当お冠みたい。
ああ、もう、どうして皆で仲良く出来ないかなぁ……。









