23:白い仮面の魔女
「ガァ……アァ……ッ」
地下19階に転移した瞬間、耳を刺すような悲鳴が響いた。
それを嘲笑うように重なる、男達の下卑た笑い声。
「ははっ、色男もこうなっちゃ形無しだなぁ!」
「いい様だ」
「あの女共も、こんな姿を見たら幻滅するだろうなぁ」
あまりに下品な声に、頭に血が上っていく。
居場所を探るまでもなく、彼等の声が、騒動の中心地を教えてくれる。
ガルムと共に、声のする方に駆けて行く。
「後はもう、放っておけば死ぬだけだ」
「ああ、だが最後に──」
私が駆けつけた瞬間、目に飛び込んできたのは──斧の一撃を受けて、吹っ飛ぶ冒険者の姿だった。
「なんてことを……」
信じられない。
彼は既に、マッドマッシュルームの胞子を吸い込んで、状態異常を引き起こしていた。
まともに戦える状態ではなかったはず。
そんな相手を助けるどころか、攻撃を加える?
あなた達は、一緒にこのダンジョンに来た仲間ではなかったの?
怒りで、肩が震える。
俯いたまま、じっと心を落ち着かせる。
「ああ? なんだぁ、こいつは」
男の一人が、こちらに近付いてきた。
ガルムが彼と私の間を遮るように、立ち塞がる。
「おい、どけよ犬ころ」
「誰だか知らねぇが、見られたからには」
男の足が、ガルムを襲った。
その瞬間──、
「ぐわっ!?」
「な、なんだこいつっ」
ガルムの身体が膨れ上がった。
大型犬ほどだった魔狼は、一息のうちに人間を見下ろす巨体へと変じ、低く唸り声を上げる。
「ひぃっ!?」
油断していた男の左腕に噛みつき、手甲を砕く。
「まっ、魔狼だぁ!!」
「なんで突然魔狼が!?」
「こいつ──魔狼を使役しているのか!?」
男達の顔から、下卑た笑みが消えた。
四人の視線が、ガルムの背後に立つ私に集中する。
静かに顔を上げると──白い仮面の隙間から、彼等の恐怖に満ちた視線と交差した。
「み、見ろよ、あいつ……」
「白い仮面に、血塗れの服──こいつ、ダンジョンに巣食う魔女か!?」
……うん?
白い仮面は、分かる。
でも、血塗れって……?
言われて、自分の体を見下ろす。
……そう言えば、ケチャップが飛び散った後、着替えもせずにそのままだった。
「ひぃ……っ」
「魔狼と魔女なんて、相手が悪い!」
「さ、さっさとずらかるぞ!!」
男達が、一目散に背を向ける。
「ちょっ、待ってくれよぉ!!」
最後の一人が通路を駆けて行った後──背後から、押し殺した笑い声が響いてきた。
「……笑わないでよ、ヴィルベル」
「いや、すまないな、魔女殿……くくくっ」
堪えきれず、ヴィルベルが声を上げて笑う。
そりゃ、私だってどうかと思うけどさぁ……魔女なんて柄じゃないものね。
それにしても、まさかヴィルベルまで来ていたとは。
この前の、赤竜との一件を気にしているのかな。
なんだかんだ、ヴィルベルも過保護な体質なのかもしれない。
それよりも──、
「ごめんね、彼には手を出さないで」
向かうは、マッドマッシュルームの群生地。
ダンジョン産のモンスターキノコ達は、私が胞子を吸い込んでしまわないようにと、じっと笠を畳んで飛散しないように抑え込んでくれている。
……見た目は、ちょっと大きいだけのキノコなんだよなぁ。
なんとも不思議な光景だ。
キノコ達の中央に、彼は立っていた。
気配を感じて、振り返る──その碧眼は、異様な光を帯びている。
明らかに正気を失った様子は、マッドマッシュルームの胞子による影響だろう。
今の彼は、モニター越しに見た時の冷静さを欠いていた。
獰猛な獣のように低く唸り、まるで今にも飛びかからんばかりの勢いだ。
警戒して身構えるガルムを、片手で制する。
「どうか……落ち着いて」
静かに声を掛けると、逞しい肩がピクリと震えた。
……混乱状態にあっても、話は通じるのだろうか。
それならば──、
「あなたと敵対するつもりはないの。仲間割れをしていたようだから、様子を見に来ただけなの」
今の彼は、正に手負いの獣だ。
男達が最後に加えた斧の一撃によって胸当ては割れ、彼の胸元は真っ赤に染まっていた。
真っ赤な血が、足下に蠢くマッドマッシュルーム達に降り注ぐ。
一刻も早く手当をしなければ、命も危ういはず。
「あ……うぅ……っ」
金髪冒険者の体が、ぐらりと揺らぐ。
白い肌は血の気を失い、彼の顔は既に蒼白だ。
「お願い、手当をしたいだけなの! どうか、私の話を聞いて!!」
こんなことを言ったところで、通じるかも分からないが──私には、声を掛けることしか出来ない。
ただ、その一心でお願いしてみたところ──、
「……あ、あなた、は?」
「え──」
声に驚き、彼の顔を凝視する。
先ほどまで獣のようだった瞳に、はっきりと理性の光が戻っていた。
「なん……」
どうして正気に戻ったのか──その理由は分からない。
でも、そんなことを考えている暇はない。
目の前の彼は、今にも倒れてしまいそうだから。
「お願いガルム、彼を運んで!」
「バゥッ」
巨大化したガルムが駆け寄ると同時に、冒険者の体が傾ぐ。
バランスを崩した彼の下に潜り込むようにして、ガルムが怪我人をその背に担ぎ上げた。
「どうしよう、管理室に行って手当をするべきか……」
「それよりも、聖域に連れて行け。あそこならエルフが居るし、何より世界樹がある」
エルフと言えば、魔法の使い手。
エルフと世界樹にどんな力があるかは分からないけれど、今はただヴィルベルの言葉に従って、世界樹が植わっている地下90階へと転移した。









