19:竜の領域
イメージしたのは、お肉屋さんのショーケース内に飾られていた大きな塊肉。
それだけでアイテムをクリエイト出来るんだから、本当ダンジョンって凄い。
レムス曰く、イメージを形にする為には相当な魔力を消費しているとのことで『本当に凄いのは、マスターの無尽蔵な魔力量ですよ』とのことなのだが、疲れた感覚もないので、いまいち実感が伴わない。
「ごめんねガルム、これはプレゼント用なの」
大きなお肉にテンション上がっていたガルムが、自分の分ではないと知って、しょんぼりと耳を垂らす。
「戻ってきたら、ステーキ焼いてあげるね」
「ばうっ」
あまりに可愛いものだから、つい甘やかしてしまう。
いいんだ、ガルムが喜んでくれると、こっちも嬉しくなってくるから。
「さ、行こう」
「ワン!」
尻尾を振ってご機嫌のガルムと一緒に、目指すは死の大地エリア。
適当に地下67階に転移すると、荒涼とした山岳地帯に、いくつかの巨大な影が飛び交っていた。
「うわぁ、すご……」
遠目に見える影──あの一つ一つが巨大な竜だと思うと、なかなか壮観だ。
ぼんやり眺めていると、そのうちの一つが少しずつ大きくなってきた。
目が覚めるような青色の鱗、灰色の空を飛ぶゆったりとした姿。
一体の青竜が、ゆっくりとこちらに近付いてきた。
『──ほう、貴女がここのマスターか?』
竜の口から漏れたくぐもった音は、脳内で冷静な男性ボイスに変換された。
「はい。三森鈴花といいます」
私がぺこりと頭を下げると、青竜がギョッとしたように、一瞬身を引いた。
『あ、貴女は私の言葉が分かるのですか!?』
「あ、はい」
これって、またスキルで変換されているのだろうか。
竜族が持つ特殊な力──という訳ではないようだ。
最近はスキルに慣れてきたのか、それともこの世界に慣れてきたのか……精霊やモンスターだけでなく、物の気分や状態までがなんとなく分かるようになってきた。
たとえば、カツを揚げていると『そろそろ食べ頃だよ!』と伝わってくるのだ。
料理を作るのにはとても便利だけれど、スキルをそんな風に使う人も、少ないのではないか。
私を役立たずと断じたロドニー王国の王太子も、よもやこんなスキルの使い方があるとは思うまい。
……まぁ、知ったところで料理人として雇われるかといったら、微妙なところだけれど。
『なるほど、さすがはこのダンジョンのマスターといったところか……』
青竜は何やら感心したように呟いている。
確かに便利だけど、派手さはない。
ま、そっちの方が私らしいのかもしれない。
「あ、これご挨拶にと思って持ってきたんです」
最初に声を掛けてくれた青竜に、塊肉を差し出す。
あまりに巨大な竜達には、この程度の肉、腹の足しにもならないのかもしれないが……それでも、ご挨拶は大事だ。
『これはご丁寧に、どうも』
「いえいえ、お世話になります」
私につられるようにして、青竜もぺこりと頭を下げる。
とても日本人的なやりとりだ。
竜って結構礼儀正しいんだなぁ。
ヴィルベルが乱暴過ぎるんだろうか──なんて考えていたら、遠くの空から、何かが近付いてきた。
「……?」
首を傾げる私の前に、ガルムが立ち塞がる。
近付いてくる影を警戒するように、歯を剥き出しにして唸っている。
少しずつ大きくなる影。
それは青竜と対を成すかのような、色鮮やかな紅色の竜だった。
『ひゃっはあぁぁぁ!!』
頭の中に、陽気な声が響く。
これが、この赤竜の声?
知的な青竜とは、全然雰囲気が違うような……。
『ダンジョンマスター、討ち取ったりぃぃ!!』
「え……」
しかも、とんでもないことを言って、真っ直ぐこっちに突っ込んでくるぅ!?
え、ちょっと待って!!
ここの竜達は、全員ヴィルベルの配下なんじゃないの!?
「ガルルルゥ……」
ガルムが私の前に立ち塞がって、急速に近付いてくる赤竜を睨み付ける。
成犬ほどに大きくなったとはいえ、ガルムと竜とでは体格差は雲泥の差。
ぐんぐんと迫ってくる赤竜は、ヴィルベルほどではないものの、青竜と並ぶほどの巨大さだ。
「ダメ、ガルム逃げて──」
赤竜はスピードを緩めることなく、すぐそこまで肉薄していた。
私を庇うように、ガルムが大きく咆哮を上げて──その体から、ぶわりと何かが溢れ出てきた。
「──っ」
突風が吹き上がったように感じて、思わず目を閉じる。
風が収まり、目を開けた瞬間──私の前には、白い巨大な狼が立っていた。
「ガルム……?」
白いもふもふの毛並みは、まさしくガルムのもの。
でも、あまりに大きい。
二人で眠っているベッドは勿論のこと、私の部屋にも入れないんじゃないかってくらい。
動物園で見た象よりも大きな巨大狼が、迫り来る赤竜と私の間に立ち塞がっていた。
『どこか……隠れて……』
唸り声と共に響くのは、ガルムの声。
空中で静止した赤竜は、私よりもガルムをまず敵認定したのか、ガルムめがけて急降下を開始した。
『はやく!!』
追い立てられるように、赤竜の降下ポイントから走り去る。
とはいえ、ここは山岳地帯の荒れ地。
どこに身を隠せば良いのか。
キョロキョロと周囲を見渡していると、不意に伝わる声があった。
これは──料理をしていた時と、同じ感覚。
物に思考なんてある訳がない、そう思うのに、なぜか心に響いてくる。
「ここに隠れていればいいの……?」
荒れ地に聳え立つ大岩。
そこから、確かな思念が伝わってくる。
一度くらいなら赤竜の攻撃を防げるから、ここに隠れているようにって……。
じわりと、涙が滲んできた。
このダンジョンの中なら安全だからと、高をくくっていた。
ヴィルベルの配下だからって、皆ヴィルベルと同じように接してくれているとは限らないのに。
『正気ですか、王の命に逆らうなどと!!』
青竜の切羽詰まった声が響く。
彼も赤竜を止めようとしてくれているようだけれど、赤竜は聞く耳を持たず。
『王の命令ばかり聞いていては、いつまでも王にはなれないぞ!』
赤竜の咆哮と同時に、空気が焼けるように震えた。
レムスが言っていた。
竜族はそれぞれに実力者揃い、プライドが高いのだって。
赤竜はヴィルベルの下についている現状を、良く思っていないのだろうか。
『このダンジョンを手に入れれば、オレが新たな王になれるっ』
……なるほど。
彼にとって、王とは越えられない存在。
王を超える為に、このダンジョンのマスターという地位を求めると──そういう訳か。
確かに、私に戦闘能力はない。
今のままでは、簡単にマスターの座を明け渡すことになってしまうだろう。
何も出来ない自分が悔しい。
こうしている間にも、ガルムと青竜が赤竜を止める為に戦ってくれているというのに。
私は皆に守られるだけで、何も出来ないなんて。
「──!?」
突然、激しい衝撃が全身を襲った。
身を隠していた大岩に、ピシリと亀裂が入る。
亀裂はあっという間に大きくなって、パラパラと小岩が砕け落ちる。
「あ……あぁ……」
大岩が砕けた後、その向こうには──赤竜によって叩き付けられたガルムが伏していた。
「ガルム!!」
傷付き倒れたガルムに駆け寄ろうとして、ピタリと足が止まる。
青竜を足蹴にした赤竜が、こちらを向いて牙を見せたからだ。
『ひ弱な人間如きが、これほどのダンジョンを治めるなど、勿体ない』
地面を揺らすほどの、赤竜の足音。
近付く度に、彼の巨大さを実感してしまう。
『このダンジョン全て──オレが貰ってやるよ』
赤竜が大きな口をぐわりと開けた瞬間、私の頭上に巨大な影が差した。









