18:平和な朝の終わり
ダンジョンマスターの朝は早い。
別に早起きをする必要はないのだけれど、一緒に寝ている魔狼のガルムが早起きなのだ。
心配していたガルムの急成長も、大型犬くらいの大きさでストップした。
どこまでも大きくなるなんて心配は、不要だったようだ。
おかげで、今も毎日同じベッドで眠れている。
ガルムは起きると、まずは地下99階のパトロールに向かう。
ダンジョンに異常があった時はすぐ管理ゴーレムのレムスが気付くはずだが、それでも番犬としての日課は欠かしたくないらしい。
律儀で愛らしい子だわ~。
のそりとベッドを抜け出して、ガルムは今日もパトロールに向かう。
この時点で私の意識は半ば覚醒しているのだが、もう少しだけ微睡みの世界を楽しむことにする。
いわゆる二度寝タイム……これが何より気持ちいい。
地下99階に異常がないことを確認したら、ガルムは戻ってきて私を起こしてくれる。
ベッドで眠る私を前脚でゆさゆさして『起きて……ごはん……』と必死に訴えかけてくる様は、なんとも可愛らしい。
「んん~、起きる、起きるからぁ……」
そんな風に言われたら、どんなお寝坊さんもすぐ目が覚めるというもの。
起きて顔を洗って、早々にキッチンに向かう。
「今日は何を作ろうかなぁ」
ガルムに聞いても『お肉!』しか返ってこないもんね。
お肉ばかりじゃ、栄養が偏っちゃう。
他の皆はそれでも問題ないのかもしれないけれど、私にとっては大問題。
自分の為にも、バランスの良い献立を考えなくては。
という訳で、今日の朝ご飯はオムレツとソーセージを焼いたもの、それにサラダとスープ。
スープは手抜きして、カップスープにしました。
あとは、トーストでも作れば完璧。
ガルムはクリエイトしたケチャップに、興味津々。
パッケージから取り出した時、その色味にガルムがギョッとしたのが面白くて可愛くて。
それからずっと、パッケージ越しにクンクンと匂いを嗅いでいる。
大丈夫、それ血じゃないから。
「“ケチャップ”っていう調味料なのよ」
「また新しい調味料をクリエイトしたのか」
トーストが焼き上がった頃、ヴィルベルが起きてきた。
レムスは一人、管理室でモニターとにらめっこをしている。
ご飯が完成したら、呼んであげなくっちゃ。
「卵料理には欠かせないの。あと、これでパスタを作ったりもするんだよ」
「ほう」
ナポリタン、本場の人には邪道と思われるかもしれないけれど、私は結構好き。
興味あるみたいだし、今度ナポリタンを作ってあげようかな。
オムレツによく似た、オムライスもいいな。
レムスを呼んで、三人と一匹で食卓を囲んでの和やかな朝食。
ヴィルベルとレムスにはお好みでケチャップをかけてもらうとして、ガルムの分は、私がオムレツにケチャップで絵を描いてあげた。
「はい、花丸」
「ワンッ」
ぐるぐると円を描いて、まわりに花びらを添えただけの簡単な絵なのに、ガルムは尻尾をぶんぶん振って喜んでいる。
「なるほど、注ぎ口を細くしてそのような細かい技巧を……」
「技巧ってほどのものじゃないと思うけど」
レムスは感心してくれているけれど、少し大袈裟すぎるって。
それを聞いたヴィルベルが、ケチャップの口を開けてオムレツに絵を描こうとして──びしゃりと、赤い色が飛び散った。
「あ、それ開け口が二つあるの。普通に捻って開けたら、一気に出てくるのよ。細く出す場合は、上のキャップを開けるの」
「む……」
ヴィルベルが、眉間に皺を寄せる。
その頬にケチャップが飛び散って、顔だけ見たら、まるで戦場みたい。
オムレツとケチャップ相手に真剣な表情を浮かべているヴィルベルがおかしくって、笑いが止まらない。
ダンジョンは、今日も平和そのもの──と思っていたのだけれど、私が気付いていないところで、状況は少しずつ進展を見せていた。
「先ほど、人間の冒険者がやってきました」
「え、本当!?」
食後の紅茶を煎れながら、レムスが教えてくれた。
「ええ、ただ奥まで入ってくることはありませんでした。入り口を確認して、中を覗いて、すぐにその場を離れていきました」
最初の冒険者は、ダンジョンを発見したものの深入りはせず、すぐに戻っていったと……。
安心したような、そうでもないような……ざわりと、不安が胸に押し寄せる。
「その冒険者、口を封じた方が良かったのではないか?」
ヴィルベルの指摘は、相変わらず物騒だ。
「マスターは無益な殺生を好みませんので」
対するレムスの方が、私の性格をよく分かっているようだ。
「だが、生きて帰ったなら、その者の口からダンジョンのことが広まるだろう。これから先、ダンジョン攻略の為に数多くの冒険者がここを訪れることになるぞ」
ヴィルベルの懸念は、勿論分かる。
分かるけれど……、
「それは、ダンジョンを運営する上で、避けて通れないことだと思うんだよね」
私の言葉に、レムスが無言で頷く。
「本格的にダンジョン運営をするなら、犠牲者も増えることになるが、その覚悟は出来ているのか?」
ヴィルベルの言葉に、思わず唇を噛む。
自分のせいで傷付く人、ダンジョンのせいで命を落とす人なんて、見たくない。
見たくないけど──、
「こちらから追撃はしないという形で、冒険者達には無事に逃げ帰るという選択肢を与えるつもり。それでも諦めてくれないなら……」
後はもう、腹を括るしかない。
ダンジョンとは、そういうものだから。
「スズカは甘すぎる」
俯く私に、ヴィルベルの声が突き刺さる。
そんなこと、言われなくても自分自身が一番よく分かっている。
人間の冒険者、か……。
どれくらいの人達がやってくることになるんだろう。
中には猛者もいて、最下層まで辿り着く……なんてこともあるのだろうか。
いや、最下層まで来るより先に、聖域がある。
死の大地エリア──ここが、デッドラインだ。
そこを越えられてはいけない。
となると、最後の頼みはヴィルベル配下の竜達ってことになるのか。
思えば、エルフ達とは仲良くしているけれど、竜達に挨拶したことはない。
ヴィルベルから話を通してあって、私に敵対はしないことになっているようだし……一度くらい、挨拶に行った方がいいのかなぁ?









