15:聖域と、すれ違う心
「ここは……っ」
ダンジョンマスター権限で転移した、地下90階。
私にとっては、もう馴染みの場所だ。
ダンジョンの中でありながら、空は青く澄み渡り、爽やかな風が吹いている。
自然豊かな丘──その中央に、天を突くような大木がそびえていた。
エルフ達は、皆あんぐりと口を開けていた。
分かる分かる、なんでダンジョンの中に外の景色が普通に広がっているのって思うよね~。
……なんて最初は共感してしまったが、どうやら彼等の関心はそこではないらしい。
ふわふわと、周囲を漂う精霊達。
が、精霊に目を向けている訳でもない。
エルフの視線は、フロア全域から目につく巨木──世界樹に吸い寄せられていた。
『あ、スズカだ、やっほ~』
「こんにちは」
いつもの精霊がやってきて、くるくると周囲を飛び交いながら、挨拶をしてくれる。
『なぁに、今日はエルフも一緒?』
「そうなの」
エルフの背後には、いつもの顔──相変わらずむすっとした表情のヴィルベルと、いまだ毛を逆立てたままのガルムもついてきているけどね。
「お、お前、精霊と話せるのか!?」
「……へ?」
エルフのリーダーが、突然声を上擦らせた。
あれ、エルフって精霊と仲が良いって話だから、てっきり彼等も話せるものだと思っていた。
ひょっとして……あれ、精霊の言葉が分かるのって、私だけなの?
まさか“存在を感じ取れる”だけで、言葉までは通じないなんて。
「お前、だと?」
「ひぃっ」
彼の言葉使いが気に入らなかったのか、ヴィルベルがギロリと睨み付ける。
だから、そんなに怒らなくて良いってのに……どうも、エルフとは険悪なムードになってしまうなぁ。
「スズカでいいよ」
「は……スズカ殿は、ひょっとして今精霊と話していたのですか?」
スズカでいいよって言ったのに、殿がついちゃった。
ヴィルベルが脅かすからぁ。
ま、別にいいんだけどさ。
「なんでか知らないけど、言ってることが分かるんだよね」
スキルのことは、別に言わなくてもいいか。
私の言葉に、エルフ達がぽかーんと口を開ける。
そんなに驚くようなことなのかな……でも、考えてみればドラゴンのヴィルベルも、ゴーレムのレムスも、精霊の言葉を理解出来ないんだった。
ひょっとして、実践向きではないけれど、かなりのレアスキルなんだろうか。
「それに、なんだここは……」
驚きもそのままに、エルフのリーダーがわなわなと肩を震わせる。
「世界樹に、精霊に、大自然──ここはまるで“聖域”ではないか!!」
彼は大仰に両手を広げて、声を張り上げた。
驚くのも無理はない、ダンジョンにこんなエリアがあるなんて、誰も思わないよね。
「ここなら、貴方達が住むのに丁度良いかなーって」
「丁度良いどころではない!!」
リーダーだけではない。
他のエルフ達も、皆それぞれに声を上げている。
先ほどまでの疲弊しきった表情は、そこにはない。
目はキラキラと輝き、活力に満ち溢れている。
「正に理想郷、これ以上の場所などあるものか!!」
リーダーの言葉に、他のエルフ達も同意するように頷いた。
「いやー、そう言ってもらえると嬉しいです」
精霊が住み着いたのも、世界樹が生えたのも、全て成り行きなんだけどね。
照れながら恐縮する私に、ヴィルベルが呆れた視線を向けている。
もうこの顔もすっかり見慣れてしまった。
「地下81階から世界樹のある地下90階までが聖域エリアになっているから、この中でなら好きに移動して良いけれど……地上に出るのは、ちょっと大変かもしれない」
「こんな場所で暮らせるというのに、なぜ地上に出る必要がある」
エルフ達の反応は、心外そうなものだった。
一応は、ここダンジョンの中だからさ。
地上が恋しくなるかな~なんて思ったんだけれど……どうも、そんな感覚は無いらしい。
ま、元々このエリアはどう見ても地上そのものな光景なんだけどね。
「一応、私かここの管理ゴーレムに声を掛けてもらえれば、いつでも地上に転移出来るから」
「分かった、どう声を掛ければいい?」
エルフの言葉に、はたと考える。
そういえば、連絡ツールもあった方が良いんだろうか。
携帯電話をクリエイトしたところで、電波が通じなければ意味がない。
それなら、トランシーバーが無難かなぁ……?
「後で、連絡に使う道具を届けに来るよ。使い方も、その時に説明する」
「分かった」
視界いっぱいに広がる大自然。
今日から、ここがエルフ達の新しい里となる……のかもしれない。
「家作りの補助とか、食料とか、支援した方が良い?」
「大丈夫だ、ここには森もあれば、動物達も居るのだろう?」
「うん」
聖域エリアには、モンスターは配備していない。
代わりに、ここの森にはこの世界に生息する動物達を解き放ってある。
自然そのままの姿が一番良いと、精霊達が喜ぶからだ。
「ならば、我等は狩りで生計を立てられる。エルフ族は、弓の名手だからな」
エルフのリーダーが、誇らしげに笑う。
その様子を、ヴィルベルが不機嫌そうに睨んでいた。
この分なら、そう心配しなくても大丈夫なのかもしれない。
他のエルフ達も、これから先どうするか、どこに家を建てるかの相談を始めているみたいだし。
「ああ、ただ……」
「なに?」
エルフのリーダーが、一瞬だけ言い淀んだ。
何か言いづらいことでもあるのだろうか。
「里に残った男達も、ここに連れてきて良いだろうか」
里に残った、男達……。
ロドニー王国の申し出を突っぱね、いまだ抵抗を続けているはずだ。
女子供だけを避難させたことを考えると、彼等は命を投げ打ってでも王国の申し出に抗うつもりなのかもしれない。
「勿論、大歓迎だよ」
この世界のことは、まだ分からないことだらけだ。
でも、たった一つ──ロドニー王国の奴等に好き勝手させたくないってのは、きっぱりと言い切れる。
「ありがとう、感謝する」
エルフの青年が深々と頭を下げると、他のエルフ達もそれに習い、頭を下げた。
「ちょ、ちょっと……そんな風にしなくていいから」
彼等にとっては感謝の気持ちなのかもしれないが、なんだかこそばゆい。
それに、ここで彼等を保護することは、ロドニー王国の連中に一泡吹かせることにも繋がるわけだしね。
こう見えて、受けた恩は勿論のこと、徒も全て忘れない質なのだ。
「さて、じゃ、一度戻ってアイテムをクリエイトしてこよう」
そう、ヴィルベルとガルムに声を掛ける。
「アォン!」
ガルムからは元気な声が返ってきたが、ヴィルベルの眉間は、いまだ深い皺を刻んだままだ。
「ヴィルベル……?」
そんなにエルフ達が気に入らないのだろうか。
どうしよう、狭い……とは言えないダンジョンの中だけれど、同じ場所を根城とする同士、あまりギスギスはしてほしくないんだけどな。
「やはり、スズカもああいった男を好むのか?」
「……へ?」
ヴィルベルの口から告げられたのは、まったく予想だにしない言葉だった。
「なんて?」
「だから、ああいうのが好きなのかと聞いているんだ! 人間の女は、細身で肌の白い男を好むのだろう?」
……ちょっと待って。
ヴィルベル、貴方仮にも死黒竜と言われる猛者なのよね。
その最強竜が……まさかの恋バナ!?
「えぇと、その話は一体どこから来たの?」
「女性向けの漫画に描いてあった」
……女性向け漫画?
その言葉を聞いて、ハッと気が付いた。
「ちょっと、ひょっとしてヴィルベル──」
「ああ、スズカの部屋にあった漫画だ」
私の部屋にあった、乙女ゲーム原作の少女漫画やTL漫画だーーーーー!!
うそ、ヴィルベルにあんなのを見られてしまったの!?
中にはラブシーンや、作品によってはああいうシーンまで含まれているというのに……。
「……見た、の?」
自分の声が底冷えしているのが分かった。
「あ、あぁ……」
様子がおかしいことに、ヴィルベルも気付いたのだろう。
先ほどまでの不機嫌な様子からは一変して、こちらの表情を窺っている。
「見たらダメだったのか?」
「当たり前でしょー!!」
私の大声に、ビックリしてガルムが飛び上がった。
それだけではない、少し離れたところで新たな里作りの相談を初めていたエルフ達も、驚いてこちらを見ている。
こんなところで、喧嘩したくない。
したくはないけれど……流石に、これは黙ってはいられない。
「レディの部屋に、勝手に入らないでよ! 馬鹿!! このノンデリドラゴン!!」
呆然とするヴィルベルに言葉を叩き付け、ガルムを抱きかかえ、地下99階に移転する。
当然、ヴィルベルは聖域に残されたままだが……あいつなら、一人でどうとでもなるでしょ。
もう、知らない。
今は、まともに顔が見れる気もしない。
「マスター、どうなさったのですか?」
「ちょっと、放っておいて」
管理室に戻るなり、様子のおかしい私を心配して、レムスが声を掛けてくれた。
でも、今はまともに返せる気がしない。
レムスだけではない、ガルムまで不安そうにこちらを見上げている。
赤の他人と一緒に暮らすことになるのだから、こういう問題も、あらかじめ想定しておかなければいけなかったんだ。
そもそも、いくら人型をしていようが、相手は野生のドラゴン。
常識が通用するはずがなかった。
ああ、それにしても……どうしてくれよう、あのノンデリドラゴン。
この怒り、暫くは収まりそうにないんだからね──!









