37 聖竜城へ4
彼は、クローディアを捕らえるためにあの町へ来たのではなかった。ならば監視など必要ない。
クローディアはなぜ、彼の部屋へと連れていかれようとしているのか。
純粋に、卵を温め合いたいから。
それ以外に考えが浮かばないクローディアは、熱を持つ頬を片手で押さえながら彼の後ろ姿に目を向けた。
「あの、オリヴァー様……。先ほど国王陛下がおっしゃった伴侶というのは……」
「すみません。ディアには、俺と結婚して王太子妃になってもらいます」
オリヴァーと結婚できる。
今度こそクローディアの夢は、現実のものとなるようだ。
嬉しい気持ちが、じわじわとこみ上げてくる。
けれど同時に、本当に良いのかと不安も湧き起る。結果的にクローディアは、ヒロインが非難したような卵の授かり方をしてしまったのだから。
決して、聖職者として禁止されている交際を、オリヴァーとしていたわけではない。あの時は純粋に、彼を心配する気持ちでいっぱいだった。
けれどそれを証明するのは難しい。ヒロインのように疑う者もいるはずだ。
「聖女の身で卵を授かった私が王太子妃になることを、国民が許してくださるでしょうか」
「国民もディアの追放には、大きな怒りを抱えています。その原因となったモンターユ家の令嬢が王太子妃になることには、反発の声もありました。ディアならきっと、受け入れられるはずです」
「モンターユ令嬢は……?」
「さぁ? 父上があのような発言をしたからには、ご自分で対処なさったのでしょう」
ヒロインに関してはまるで他人事のように、オリヴァーは興味がなさそうだ。
けれど、それはクローディアに対しても同じだ。結婚について話しているのに、彼は立ち止まるどころかクローディアの顔さえ見ない。
彼にとっては、結婚自体が興味のないことのように見える。
(だからオリヴァー様は、私には何も言わなかったのかしら……)
国王の口からでた伴侶については、彼にとっては誤算だったのでは?
「……オリヴァー様がお望みでなければ、私は卵を孵化させるだけのお役目でも光栄ですわ」
彼には負担をかけたくない。そんな思いで告げると、彼は突然に立ち止まり、クローディアに振り向いた。
「俺の番は、ディアだけです」
「え……」
「幼い頃からずっと、そう決めていました」
(好感度が……)
番であることの告白は、乙女ゲームでは好感度MAXの合図だ。
その好感度が、幼い頃にすでに満タンの状態だったというのか。
クローディアは胸が詰まる思いだ。
嬉しい気持ちはもちろんだが、ここが乙女ゲームの世界であることを踏まえると、複雑な気持ちになる。
好感度がMAXになれば、後は順風満帆に卵を孵化させハッピーエンドを迎えるだけ。
それにも関わらず、オリヴァーとクローディアはこんなにもすれ違いながら、やっと番の告白までたどり着けた。
いっそのこと乙女ゲームの存在さえ知らなければ、クローディアも余計に悩む必要もなかった。
竜神様は、なぜこのような運命を二人に授けたのか。
「王太子妃が不満でしたら、イアンと遊んで暮らしても構いません。ですから、どうか……。俺の傍から離れないでください……」
オリヴァーは震えた声で懇願しながら、クローディアの肩に顔を埋めてきた。けれど硬い仮面によって、彼を肩に感じることはできない。
これほど近くにいても遠く感じられる。二人の関係を表しているようだ。
「オリヴァー様のお傍を離れるつもりは、ありませんわ。王太子妃のお役目もがんばります。――ですから、そのように悲しいお声を出さないでくださいませ」
彼の背中をぽんぽんとなでると、彼は急にまたクローディアの手を引いて歩き出した。
彼の後ろ姿を見てみると、耳が真っ赤になっている。
たどり着いた彼の部屋は、幼い頃の記憶にあった可愛らしい部屋とはまるで別の空間だった。落ち着いた装飾の家具ばかりで、彼の成長を部屋から感じられる。
ベッドに目を向けてみると、枕の横には卵を乗せるためのクッションが設置されている。彼はいつもあそこに卵を置いて寝ていたのだろうか。
「卵をベッドへ寝かせても良いですか?」
「どうぞ」
卵の世話用品を見て嬉しくなったクローディアは、いそいそとカバンを下ろして中から卵を取り出した。
卵を抱きながらベッドへと座った彼女は、クッションの上に卵を置いて卵をなでてみる。
こうしていると、本格的に卵を世話できるのだと実感できる。一緒に寝て、目覚めた時に一番に卵を見られたらどんなに幸せなことか。
それを楽しみに思いながらなでていると、ある変化に気が付いた。
「あっ……! 見てくださいオリヴァー様。卵に模様が浮き出ていますわっ」





