34 聖竜城へ1
外へ出るとすでに雨は上がり、夜空には無数の星が瞬いている。
「暗いですから、俺の手を握っていてください」
「はいっ」
こうすると本当に、卵を授かったカップルのようだ。
彼はこの状況をどう思っているのだろう。ちらりと彼の横顔を窺ってみる。
けれど彼の表情は決して、卵を授かり幸せな親の顔ではない。
(そうよね……。きっと私達は、卵が孵化するまでのご縁だもの……)
本日最後のお客を見送ったイアンは、後片付けをしながらクローディアとオリヴァーの事が心配になっていた。
昼間にあのようなことがあったので、二人の仲はさらに悪化していてもおかしくはない。
「また、誤解を生んでいなければ良いけどなー……」
ぼそりとそう呟いていると、店のドアベルがからんからんと鳴った。もしやと思い扉に注目すると、店に入ってきたのは予想どおりオリヴァー。続いて、クローディアも入ってきた。
「おっ! いらっしゃいお二人さん」
イアンの心配は取り越し苦労だったようだ。安心しつつ笑みを浮かべるも、二人の表情がなぜだが暗い。
クローディアは卵が入っているカバンを抱いているし、オリヴァーは彼女のトランクケースを携えている。どうみてもこれから首都に戻るように見えるが、何故だろう。
「これからディアを連れて聖竜城へ戻ります。彼女の荷物と、別荘の後処理をお願いします」
「承知いたしました、殿下」
「あの……。イアンは全て知っていたの?」
彼女は不思議そうにイアンを見つめる。どうやらオリヴァーは事情を何も話していないようだ。
「秘密にしていて、ごめんなディア。俺は今、殿下の部下なんだ」
「それじゃあ、聖竜騎士団に戻れることになったというのは……」
「殿下が話を通してくれたんだ」
その代わり、クローディアに不便がないよう見守るというのが条件だった。元々イアンは、彼女の保護者みたいなもの。卵の事情を聞いて協力したい気持ちもあり、イアンはその条件を受け入れた。
「そうだったの……。イアンにも迷惑をかけてしまったわね」
「迷惑なはずないだろう。俺にとってディアは、角の治療をしてくれた恩人だ。卵と再会して、幸せになってもらいたいと思うのは、当然じゃないか」
そう伝えるも、クローディアはうなずくだけで下を向いてしまう。
「もしかして……、俺と別れるから寂しいのか? 心配しなくても、すぐに荷物をもってそちらへ行くから。聖竜城では、ディアの護衛をすることになっているんだ」
「……本当に?」
「ああ。俺は生涯、ディアに仕えるつもりだ」
「イアンが傍にいてくれたら心強いわ。ありがとうイアン!」
やっとクローディアにも元気が戻ってきたようだ。思いのほか彼女に懐かれていたようで、イアンも悪い気はしない。
ぽんぽんとクローディアの頭をなでたところで、殺気を感じたイアンは身震いする。
おそるおそる殺気の元へ視線を向けると、オリヴァーが物凄い形相でイアンを睨みつけていた。
「ディア、もう行きましょう」
「はい……。イアン、また後日にね」
慌ただしく出て行く二人を見送ったイアンは、やれやれと溜息をついた。
「殿下の嫉妬深さも、相変わらずだな」
初めて山でオリヴァーと出会った日とのことは、未だに鮮明に思い出せる。
あの時の状況は、同じく竜に変化できるイアンでなければ、殺気に当てられて気絶していただろう。
けれど、それだけオリヴァーはクローディアのことを大切にしている。彼に任せておけば、きっと彼女は幸せになれるはずだ。
絶妙にかみ合っていない二人の事情を知らないイアンは、呑気にハッピーエンドを想像していた。
オリヴァーに強引に手を引かれて、クローディアは外へと出た。そのまま彼に連れられて、広場へと向かう。
この時間になると、大通りや広場にはほとんど人がいない。彼はここで竜に変化するつもりのようだ。
(イアンが監視役になってくれて良かったわ)
先ほどのイアンの話を聞いて、クローディアは少し安心していた。
幽閉なのか牢屋なのかはまだわからないが、イアンが一緒にいてくれるだけでも気分的に大違いだ。
「オリヴァー様。イアンを私につけてくださり、ありがとうございます」
「……ディアは、イアンが好きですか?」
「大好きです。イアンに出会えたおかげで、この町でも楽しく暮らせましたわ」
イアンがいなければ、世間知らずなクローディアはまともな暮らしができなかったはず。彼は角の治療に対しての恩を感じているようだが、クローディアもそれ以上に彼に感謝している。
「……俺も努力します」
「え?」
「ディアのためなら、どのような努力も惜しみません。ですから……」
オリヴァーは何かを言いかけようとしたが、諦めたように口を噤む。
そして気を取り直すように、クローディアへ微笑みかけた。
「卵を必ず孵化させましょう」
「はいっ。私もがんばりますわ」
(オリヴァー様も不安なのね)
異例な状況で授かった卵を、これまで彼は一人で温めてきた。母親が誰かわからない状況では、卵がどうなるか心配だったはずだ。
クローディアはこれまで、卵を授かったカップルの悩みを何度も聞いては助言してきた。乙女ゲームでも、ヒロインの質問に答えるのが筆頭聖女の役目。
卵を無事に孵化させる方法は熟知しており、それなりに自信もある。きっとオリヴァーの役に立てるはずだ。





