23 町のお祭り3
そして迎えた白竜祭当日。
いつもより早く目覚めたクローディアは、落ち着かない気持ちで身支度を始めた。
子供は楽しい行事があると、眠れなくなると聞いたことがある。今のクローディアは似た感情なのかもしれない。
購入したモスリンドレスは、ふんわりと柔らかくて着心地が良い。襟ぐりが大きく開いており、袖は肘丈。今の季節にちょうど良い涼し気なデザインだ。
おかしなところはないかと、姿見で念入りに確認してから、髪の毛も念入りに解いた。
それから、この日のために特訓した三つ編みにかかる。両サイドに三つ編みを作ってから、それを後ろで束ねてみた。
「髪飾りもあったほうが良かったかしら……」
クローディアは着飾ることになれていない。リボンのひとつも準備していなかったことを悔やむ。
どうしようと辺りを見回しながら考えていると、あるものが目に留まった。
それは先日、オリヴァーがプレゼントしてくれた薄いピンクのスイートピー。花瓶の水を毎日替えて大切に飾っている。
「これを髪飾りにできないかしら」
神殿では、卵を授かる儀式に来た女性が、よく生花を髪に挿していた。それを思い出し、程よい長さに茎をカットしたスイートピーを、三つ編みを束ねた部分に挿してみる。
合わせ鏡で確認してみると、ぐっと髪が華やかになった。
どうにかそれなりに準備を整えられたクローディアは、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
時刻は九時半。まだ出発するには早い。
どこかに見落としはないかと、再び鏡で確認。問題ないことに安心してから懐中時計を確認すると、まだ五分しか経っていなかった。
こんな時はどう時間を潰せば良いのか。
デートらしいことをしたことがないクローディアは、ひたすら身支度の見直しと時刻の確認を繰り返した。
やっと十時になり、時間との睨めっこから開放されたクローディアは別荘を出た。林を抜け、住宅街をとおり、大通りを進む。
もうすぐオリヴァーに会えると思うだけで、自然と速足になってしまう。少々息を切らせながら広場へとたどり着いた。
広場はお祭り会場になっており、中央の噴水を囲むようにずらりと露店が立ち並んでいる。すでに大勢の人がお祭りを楽しんでいて、会場は真っ白な衣装に身を包んだ人々であふれかえっていた。
(オリヴァー様を見つけられるかしら……)
心配になりながら噴水へ向かうと、クローディアは心配が杞憂であったことにすぐ気がつく。
好きな人は真っ先に目に入るものだ。
噴水の前にいる大勢を差し置いて、最初に目に留まったのはオリヴァーだった。
彼も今日は、ラフな白いシャツを身にまとっている。このような日でも調査は欠かせないのか、荷物はいつもどおりに持参してきたようだ。
取りたてて豪華な服ではないのに、今日の彼はキラキラして見える。噴水の水しぶきが光りに当たっているからだろうか。それとも彼自身が輝いているからだろうか。
近づくのすら躊躇われるほど、素敵な光景を目にしたクローディアは突然、乙女ゲームの記憶が思い出される。
(この光景、デートエピソードのスチルにそっくりだわ……!)
そのエピソードは、ヒロインとオリヴァーが首都でお忍びデートするというもの。
(確か、昔を思い出したオリヴァー様が、待ち合わせを噴水前に指定したのよね)
まるで自分とオリヴァーのようだが、クローディアはヒロインではない。単なる偶然だと結論づけて、彼に近づいた。
「ディア。会いたかったです」
開口一番にそう告げられて、クローディアは言葉に詰まる。
彼は素直に感情を伝える人だ。素性を明かしてからはそれが、さらに増している気がする。彼にとっては友情の表現方法なのだろうが、クローディアは過剰に反応してしまう。
期待してはいけないと思いつつも、この気持ちはすぐには収まってくれない。
「お待たせしてしまいましたか?」
「俺がそう頼んだのですから、気にしないでください」
オリヴァーはクローディアの服装に目を留めると、この前のように頬をほんのり赤くさせて微笑む。
「とても綺麗です。ディア」
「……ありがとうございます。オリヴァー様も、素敵です」
クローディアも釣られるように、頬が熱くなる。
このようなやり取りは、友人同士でもするのだろうか。友人と出かける経験が浅すぎるクローディアにはよくわからない。
「歩いてお疲れでしょう。まずは飲み物でも飲みに行きませんか?」
美味しそうなジュースを売っているお店を、見つけておいてくれたのだとか。彼はクローディアが来るよりもずっと前に、会場へ到着していたようだ。
十時に到着していれば、それほど待たせずに済んだ。
なぜ待ち時間が長くなるような約束したのか、クローディアは気になる。
「今日はなぜ、昔と同じ待ち合わせ方法にしたのですか?」
雑踏の中。はぐれないよう、一生懸命に彼の隣を死守しながら聞いてみた。するとオリヴァーは、さりげなくクローディアの手を握りながら微笑んだ。
歩きやすくはなったが、これはこれで落ち着かない。
「昔は単に、ディアが来てくれるのが楽しみでした。けれど今思うと、出発してから到着までは、確実に俺のための行動なんです。俺のために行動してくれるディアを待つのが、うれしかったのでしょうね」
幼い頃のクローディアは、待ち合わせについてよく理解していなかっただけだ。それでも彼は彼なりに、楽しい時間を過ごしてくれていたようだ。
「今日も、ディアが出発してからこちらに到着するまで、昔と同じ気持ちでお待ちしていました。俺のために向かってくれていると思うだけで、すごく幸せでした。いつもより早く到着したので、俺に早く会いたいと思ってくれましたか?」
彼はクローディアの行動を、手に取るようにわかっているようだ。これが幼馴染というものだろうか。
「はい……。お会いしたかったです」
素直にうなずいてみると、彼は蕩けたように目を細めてクローディアを見つめる。
「今日は本当に幸せです」
彼も昔を懐かしんでいる。きっとクローディアと同じく、幼い頃の気持ちに整理を付けようとしているのだ。
「私も幸せです」
ならば今日くらいは、思い切り素直な気持ちを伝えても許されるのではないか。





