17 訪問者3
「お待たせいたしました。キノコと鶏肉のチーズグラタンです」
やっと完成した料理をオリヴァーの席へと運ぶと、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「私も大好きなんです」
彼の視線には困ったが、こうして喜ばれるとクローディアとしても嬉しい。
思わずそんな返しをすると、彼は少し悩むそぶりを見せてから、うかがうようにクローディアを見上げた。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「あの……。申し訳ありませんが、今は仕事中ですし……」
クローディアが大好きだと言ったので、食べたいと判断されてしまったのかもしれない。
気を使ってくれたのは嬉しいが、お客様の料理を食べるなんてもってのほか。
「そうですか……。一人で食べるのは寂しいもので」
断られたオリヴァーは、捨てられた子犬のようにしゅんと項垂れてしまう。
王族は一人での食事が多く、「寂しい」と幼い頃の彼は訴えていた。そのことを思い出したクローディアは、心がズキズキと痛み出す。
「お話し相手でしたら……」
とうとう、そう提案してしまうと、オリヴァーはまるで天使のようにキラキラと微笑んだ。
(うっ。可愛いわ……)
やはり推しの笑顔に勝るものはない。クローディアは完全に敗北した気分で、向いの席へと腰を下ろした。
美味しい、美味しいと、喜びながら食べる推しを見るのは眼福でしかない。何だかんだ言いつつもクローディアは、この状況に満足しながらうっとりとオリヴァーが食べる姿を観察する。
大好きな人だからだろうか。彼の近くにいると、どうしようもなく幸せな気分になる。
このままずっと一緒にいたいという気持ちがこみ上げてくると同時に、彼の状況が気になった。
オリヴァーは毎日のようにこの町まで飛行していたし、今日はとうとうこの町に降り立った。
本来なら聖竜城で、婚約者とともに卵を温めるのに忙しい時期。そんな彼が、なぜこのような行動を取っているのか。
「こちらへは、ご旅行ですか?」
お客様の行動を詮索するのは良くないが、彼は大きな荷物を持っている。これくらいなら許されるかと思い、クローディアは質問してみる。
それに対して彼は、嫌な顔もせずに答えてくれた。
「こちらへは、仕事とプライベートの半々くらいですね。大切なものを探しに来ました」
彼の仕事ということは、国として大切なものを探しにきたのだろうか。わざわざ王太子自ら探しに来るとは、よほど貴重なものなのかもしれない。
「お手伝いできることがあれば、おっしゃってください」
彼の手助けをしたいという気持ちから、クローディアは思わずそんなことを口走ってしまった。
単なる客とウェイトレスの関係なのに、変に思われただろうか。
ハラハラしながら彼を見つめると、オリヴァーは照れたように微笑む。
「嬉しいです。実は急いで飛び出してきたもので、宿の手配もしていないのです。どこかに良い宿はありますか?」
幸いオリヴァーは、クローディアの発言を変には思わなかったようだ。クローディアは胸をなでおろしながら、宿の場所を彼に教えた。
翌日以降もオリヴァーは毎日、お昼に食堂を訪れた。
他愛もない会話をクローディアと交わして、普通に食事をして帰っていく。
ウェイトレスがクローディアだと彼は気が付いているだろうに、特に彼は素性を明かそうとはしない。
相変わらず視線は気になるが、クローディアに用があるわけではなさそうだ。
彼はたまたまこの町を訪れただけで、クローディアともたまたま再会した。そんな彼女と、幼馴染の関係を復活させようという気はないようだ。
今のお客とウェイトレスの関係は、彼が仕事を終えるまでのこと。その後は、もう会うことはないだろう。
オリヴァーもそのつもりで、深く関わるつもりはないのかもしれない。
ならばこちらも、気にする必要はなさそうだ。
そう判断したクローディアは、ウェイトレスとして接することに専念した。
イアンの送り迎えがなくなったので、クローディアは仕事帰りに、自分自身でも町を散策する活動を始めた。
少しでも町に詳しくなって、オリヴァーから質問された時に答えられるようにしたい。
そんなよこしまな考えもあったが、もう一つ切実な問題があった。
最近、誰かに後をつけられている気がする。
毎日のようにオリヴァーに見つめられているせいか、他人の視線に敏感になってしまったようだ。
家までついて来られたくない気持ちもあり、こうして寄り道を繰り返していた。
今日は本屋さんを訪れている。この店は背の高い本棚が何列もあり、通路が細長く伸びている。人とすれ違うのもやっと状態だが、品ぞろえは良さそう。
(お菓子作りの本はこの辺ね)
料理本のコーナーでクローディアが探していたのは、初心者にも簡単に作れるお菓子の本。
先日、クリスから初めてのお給料が送られてきたので、神殿の皆に差し入れしようと思ったのだ。
初めはお菓子を購入するつもりでいたが、イアンのおかげで料理の基礎は覚えられた。問題なく一人暮らしできていることを皆に知らせるためにも、手作りすることにした。
本を何冊か読んでみて、一番丁寧に説明が書かれている本に決める。その本を抱えてお金を支払いに向かおうとしたところ、通路の先にオリヴァーがいるのが見えた。
(オリヴァー様も調べ物かしら)
彼はこの町をくまなく調べているようで、クローディアが行く先々で彼を目にしている。
昨日は夕食の食材を買いに市場へ行ったら、彼は魚を真剣に眺めており。
その前の日は、金物屋へお菓子作りの調理器具を見に行ったところ、スコップを念入りに調べている彼を発見。
さらにその前の日、店に飾る花を買いに花屋へ行ったら、隣の骨董品店でクマの置物と睨めっこしている彼がいた。
今日は何を探しているのだろうか。
(あの棚は確か、恋愛小説の棚よね)
それも、過激な内容が書かれている本の場所だ。イアンには、読まないほうがいいと念を押されたので、クローディアはよく覚えている。
(オリヴァー様もきっとお疲れなのね……)
これ以上の詮索は無粋だ。頬を赤く染めたクローディアは、彼に見つからぬようこっそりとお会計をしに向かった。
彼女がその通路から去った後、オリヴァーは開いていた本をパタンと閉じる。そして全く興味がなかったかのような表情でその本を棚に戻すと、床に置いていた荷物を肩にかけて、すぐさま移動を始めた。





