悪霊の苦情
「家の中に居る悪霊の除霊?
何が原因で悪霊が出る様になったのか、分かりますか?」
退魔協会からの依頼の電話に碧が首を傾げながら聞き返した。
麻薬取締りのおっさんは結局寿命を差し出す祈りはしてこなかった。
それでもこちらにちょっかいを出そうとするのは止めた様なので普通に大学へ通ったり符やお守りを作ったりと一般生活に戻っていたら、依頼の方も戻ってきた。
今度は個人宅に出る様になった悪霊の除霊らしい。
考えてみたら、誰かが住んでいる家の除霊って初めてだな。
今までの依頼って基本的に誰かが殺されて悪霊化して放置していた家とか、もしくは家のそばの慰霊碑とかがメインだったから。
個人宅に入る依頼は呪詛の場合しか今まで無かったが、考えてみたら家の中で誰かが自殺したりしたら悪霊化する可能性はあるか。
押し入り強盗とかで殺されるケースもあるだろうが・・・流石にその場合は家を手放すんだろうなぁ。
経済的に難しい可能性もあるだろうが。
『姪御さんが交通事故で入院した後に面倒を見ていたものの、怪我の後遺症で亡くなってしまったそうです』
退魔協会に職員の声が電話から聞こえてくる。
「ちなみに、例えばその女性の霊が、実は後遺症じゃなくって家族に殺されたんだとか、家族に虐待されたので耐えきれずに自殺したって言ってきた場合はどこかに通報とか出来るんですか?」
ふと気になったので尋ねてみる。
以前のG物件の際は、被害者の霊の言葉を元に警察が捜査を始めた。
だが、普通の一軒家で自然死した霊の場合・・・例え虐待が本質的な原因だとしても、直接的な死因が後遺症からの体調悪化だったらどうしようもないのかな?
まあ、悪霊化している時点でそれなりに誰かを恨んでいるのは確実だ。
でも逆恨みな可能性もそれなりにあるので、虐待が原因だと主張したところで必ずしも信じるべきとは限らない。
誰かが死んで、霊になって漂っていたら毒殺されたと気づいて悪霊化した話は聞いた事があるが・・・思い込みで周りを恨みながら死んで悪霊化した霊が、死後に自分の思い違いに気付くことはほぼ無い。
人間って自分が見ると予想しているモノしか目に入らない傾向が元々強いが、霊になるとこれが更に強くなるんだよねぇ。
だから死後に裏切られた事に気付いて悪霊化する事はあっても、被害妄想を抱きつつ死んで悪霊化した霊が誤解に気付いて普通に昇天する事はまず無い。
無理やり黒魔術師が力づくで事実関係を叩き込んでなんとか間違いに気付く事もごく稀にあるが・・・前世では、10中8、9は思い違いに固執したままなのを力づくで除霊する羽目になったんだよねぇ。
なので霊が殺されたとか虐待されたとか主張してきても鵜呑みには出来ない。
でも、完全無視するべきかどうかも分からない。
『虐待であろうと自然死や自殺だった場合は何も出来ません。
死体が既に火葬されているので虐待の物的証拠がありませんから、例え血塗れな日記があったとしても証拠としての正確性が不十分です。
ただ、他殺であると霊に主張された場合は死んだ状況諸々を聞き取りして、田端氏と協会の方へ連絡して下さい』
職員が答えた。
確かに日記に色々虐待の詳細が書いてあっても、妄想か否かなんて分からないよねぇ。
それこそ性的虐待を受けていて、その動画が残っているって言うんじゃない限り駄目だろうし・・・性的虐待って親告罪じゃなかったっけ?
最近法律が変わったって聞いた気もするけど、既に被害者が自然死しているなら検察側が態々証拠を集めて起訴するか、怪しい。
動画があったところで、露骨に力づくでじゃない限り強姦かどうかなんて分からない気がするし。
被害者が死んでるならそう言うプレイでしたって言われたら、被害者が見るからに未成年じゃないと罪に問い難いだろう。
まあ、変な話が出てこない事を期待しよう。
普通の自然死でも十分嫌だが、家族に殺されたとか虐待されたとか、鬱すぎる。
でも考えてみたら悪霊化しているんだから、何か嫌な要素はあったんだろうなぁ。
・・・ある意味、若い女性退魔師に頼む様な案件じゃなく無い??
依頼主の住所や諸々の詳細を聞いた後、電話を切って碧が溜め息を吐いた。
「自然死でも悪霊化って色々と愚痴を聞かされて嫌なんだよねぇ・・・」
「ああ、経験あるんだ?
なんかこう、若い女性に頼む様な案件じゃなく無い??」
「女性からのいじめを苦にして自殺した女の子とか以外の場合は、おっさんよりも若い女性の方が霊が敵視しないであっさり除霊出来る事が多いって話だね。
どちらにせよ力づくで出来るんだからいいじゃないとも思うんだけど」
肩を竦めながら碧が教えてくれた。
・・・おっさん退魔師は霊に嫌われるのかぁ。




