調査中
『誰もいないぞ』
夫の引越し先として与えられた住所にあった部屋の中へ入ったハネナガが伝えてきた。
最初に行ってみた、夫(金子 秀一と言う名前らしい)の部屋は無人かぁ。
まあ、考えてみたら在宅勤務じゃない限り平日の昼だったら通常のサラリーマンは勤務先にいる。
4、5歳の子供が一人で家で留守番なんかしていたら、それこそネグレクト虐待だ。
『ちょっとそっちのテーブルの方に行ってくれる?』
視界共有をしながらハネナガに頼む。
『この郵便物を見たいのか?』
ハネナガがぴょんと部屋の中を移動して、食卓っぽいテーブルの上に移動した。
ダイレクトメールとかが山積みになっていて、食事を食べるスペースもかなり狭い。
子供とは言え、二人で食べるのには厳しくない??
一応椅子は3脚あるけど。
開封すらされていない郵便物を見ると、どれも宛名が『金子 秀一様』となっているから、あの事故物件の夫で間違いないようだ。
「どう?」
碧が聞いてきた。
「夫はまだここに住んでるっぽいけど、再婚はしてないんじゃないかな?
かなり散らかっているから、これで妻がいるんだとしたらかなり顰蹙もんだと思う」
別に女性でも、一人暮らしでぐちゃぐちゃなゴミ部屋な人はそれなりにいると思うけど、夫婦だったらどちらかが部屋を整理しようとするんじゃないかね?
少なくとも、実家では母が忙しいながらも出しっぱなしな物を整理したりしてそれなりに家の秩序を確保していた。
『ハネナガ、残りの部屋も見て回ってくれる?』
ハネナガに他の部屋も回るよう、頼む。
もしかして、祖父母に子供の親権を取られたのかね?
まさか虐待の末、既に死んだとは思いたくないが。
リビングの横の和室っぽい部屋には、子供用の服やオモチャが幾つか散らばっていた。
良かった、子供は少なくとも生きてるっぽい。多分。
ついでに大人用サイズっぽい布団も端の方へ雑に畳んであるから、子供と一緒に寝ているのかな?
子供の服とかがどの程度必要なのか知らないが、部屋の手前にあるプラスチックの衣装ケースの中身だけじゃあ少ない気もする。体積は小さいにしても、子供って服をすぐに汚すから着替えが沢山必要なんだと聞いたんだけどなぁ。服が汚れようが臭くなるまで洗わず、破れるまで着る習慣は日本にはないだろう。
押入れの中にもっとあるのだろうか。
あの食卓の散乱状態を見るに、子供の服をまめに仕舞うとも思えないけど。
ハネナガが移動して行ったもう一つの部屋は洋室で、シングルベッドがあった。
あれ? 和室の布団って大人用っぽく見えたけど、あれで子供が一人で寝てるの?
ベッドも使用感満載なんだが。
開けっ放しなクロゼットに背広が掛けられ、椅子に普段着っぽい服が乱雑に積まれている。
女性の痕跡は全く無いので、従姉妹とは結婚も同棲もしてない様だ。
やったね!
母親を実質殺した女が残された子の継母にならなかったのは良かったと言えるだろう。妄想女の思い違い(夫と相思相愛で、妻を排除すれば愛し合う二人の結婚生活が待っていると言う誤解)のせいで嵌められて死んでしまったなんて、不幸過ぎるが。
「取り敢えず、女の影はなし、子供は居るみたいだけど持ち物はかなり少ない感じ」
碧に報告する。
「少なくとも母親を殺した女に虐待されてはいないのね。良かった。
次は妻の実家に行ってみようか。
子供がそっちで元気にしているか、確認出来ると良いんだけど」
碧が応じた。
「そうだよね〜。
子供の様子が見えれば良いんだけど」
考えてみたら、祖母が面倒見ているなら保育園には入れない?
いや、働いている父親の名前で申し込めば、シングルファーザーなんだし、最優先扱いになるかな? どうなのかな?
妻の実家は庭が塀に囲まれていて、中が見えなかった。
と言うか、もう3時半を過ぎてそろそろ肌寒くなってきたので、いくら晴天でも子供が庭に出て遊んではいないよね。
ゆっくり家の前を通り過ぎたが、偶然初老の女性が幼児を連れて出てくるなんて事もない。
が。
向かいの家の塀の上に猫が座り続けていた。
『クルミ、あの猫にこっちの……岡田家で小さな子供の面倒をみているのか、子供が元気そうか、聞いてみてくれる?』
実家の表札によると、妻の旧姓は岡田というらしい。最近はマンションで表札を出してないところが多いけど、戸建ては相変わらず名前を堂々と明記してるよねぇ。
流石に家族全員の名前を列記しているところは減ったけど。
『了解にゃ〜』
隠密型躯体のクルミがふわっと猫のところに飛んでいく。
「ちょっと先まで行ってそこの公園で待とうか。
クルミに近所の猫から情報収集を頼んでみた」
碧に声をかける。
戸建てな住宅地の道でずっと立ってたら怪しいだろう。
あ、待っている間にハネナガに岡田家の中を確認してもらおう。
中で子供が遊んでいるかもだし。




