鍵のかかった扉
引き戸の玄関を開けたところ。正面の廊下が段ボールとみっちり詰まったビニール袋で埋め尽くされている感じで、一瞬ドアの向こうが入って1メートルぐらいのところで壁になっているのかと思ったぐらいだった。
三和土とそこから手が届く廊下の端1メートル弱ぐらいに積んであった段ボールは外のゴミと一緒に撤去されたのか、床に箱の跡っぽい線が幾つか見えている。
そして廊下は……小柄な人が一人辛うじて通れる程度にだけスペースがあり、残りは完全に段ボールとその上に積まれたビニール袋や百貨店の紙袋や他諸々で詰まっていた。
「うわぁ……。
捨てられない病ってやつで長年二人きりで過ごすとこうなるんですか……」
後から入った碧が呆気に取られた様に言った。
マスクでかなり遮られているが、微かに異臭が届く。
これはマスク無しだったら耐えられなかったかも。
「一応民生委員の方が定期的に訪れていたのですが、玄関前で話すだけでガンとして中には入れて貰えなかったらしいんです。
玄関を開けた時に流れてくる異臭やちょっと見えた廊下の様子から中の状態がそれなりに推察できたので、業者でも雇って一度ゴミを出しませんかと提案したそうなのですが、どれもゴミなんかじゃない!と強く反発されたらしくて」
横田さんが教えてくれた。
住民がゴミじゃ無い!って主張するんじゃあどうしようもないよねぇ。
お金がなくて業者が雇えないって言うなら、ボランティアに助けてもらうとか異臭が周囲に迷惑になっているからとか言ってなんらかの形で自治体が対処するのもありだったかもだけど、家の住民に反対されたら外ならまだしも家の中の掃除を強行するのはほぼ不可能だろう。
だけど。
この中を通るのかぁ。
ちょっと目を閉じて、穢れの濃厚な方向を探る。
穢れが濃すぎて悪霊がこちらに向けてアクションを起こしていない現段階では悪霊の所在地は分からないが、穢れが濃いところに多分地縛霊か、何か霊が現世にしがみ付くのに使っている物がある筈。
出来ればこの中をかき分けて探す作業は最小限に抑えたい。
「二階が一番怪しいかな」
思うに、変な感じに板で窓を塞いでいた部屋かも?
あそこにその長男やらが監禁されたまま死んだのかな?
「二階ですかぁ」
横田さんがうげ〜と言いたげな声を上げた。
でも、驚いていないっぽい?
「想定してました?」
長靴を履いたまま廊下に上がり、取り敢えず廊下沿いに段ボールの間を階段へ向けて進みながら碧が尋ねる。
なんかこう、今にも虫が出てきそうで背中がゾクゾクする。
碧の虫除けでGとムカデは寄って来ない筈なんだけど、絶対にここって他にも虫がいるよね??
先に一回バルサンを焚かせておくべきだったかも。
でも、これだけ障害物が多かったらあまり効果はなかったかなぁ。
「庭の植栽を伐採したりゴミを撤去している間でも作業員がうっかり怪我をしたり重機に不具合は起きたりというのが多かったんですが、二階の一角に油圧シャベルをあてて壁を剥がそうとした瞬間にすごい音がして重機が壊れたんです」
横田さんが教えてくれた。
どうやら横田さんは、その故障を『自分の部屋を荒らされそうになった悪霊が重機を壊した』と受け取ったようだね。
ギシギシ鳴る上に微妙に段が浮いていたり踏んだらメキョっと沈んだりと不安定な階段を登り、二階に辿り着く。
穢れが濃厚な部屋の前にも積んであった段ボール箱を退けて開けようとしたところ、扉には鍵が掛かっていた。
「ここの鍵は?」
「相続人の方も玄関から入り込んで、奥の生活スペースにあった書類を纏めて持ち出した以外は全く手をつけていないそうです。当方には全て捨てて良いと指示が来ただけなので二階には誰も上がっていないし、家の中の各所にある鍵がどこに仕舞ってあるかは誰も知りません」
横田さんが持っていた手提げ袋からバールを取り出しながら応じた。
「ですので、これが鍵です」
鍵の代わりがそれかぁ。
中々手慣れた様子で横田さんが扉をこじ開けた。
やっている最中に攻撃的な念波っぽいのが部屋の中から来たが、私が展開していた簡易的な結界でなんとか弾き返せた。
どうやら重機を壊すので大分とエネルギーを消費しちゃったみたい?
それともドアを開ける程度ならば地縛霊の許容範囲内で今のは単なる警告なのか。
バキっという音と共に開いた扉の中は、段ボールで埋め尽くされた今までの家の様相と違って、殺風景でほぼ何もなかった。
古い勉強机と椅子、ベッドと作り付けのクロゼット。
誰かが怪我をした際に血が飛び散ったのか、飛沫状の茶黒い汚れが床と壁、天井に付着していたが。
部屋の真ん中の床に座り込んでいたのは、痩せ細って片目が潰れた男性の霊だった。
『こんちくしょう、出しやがれ!』
開いた扉に向かって突然男性の霊が大きく膨れ上がって慣れた様子で殴りかかってきた。
攻撃時の姿が昔の体型なのなら、生前はそれなりに大柄だったようだ。
もしかして、親にも暴力を振るっていたのかな?
暴れて反撃されて大怪我した後に、この部屋に閉じ込められて死んだのかも。
少なくとも最初の反撃は親側の正当防衛だったのだろうが、片目を潰しても死ななかった後に治療させずにここに閉じ込めたのは……恐怖かねぇ。
本人の恨みと、親側の罪悪感と恐怖。
マイナスな感情が混じり合って濃厚な瘴気と、悪霊を作り出した様だ。
さて。
この悪霊の本体は……クロゼットの中かな?
祓っちゃってから遺体がこの部屋に無かった場合は家のどこかに隠されたそれを探し回る羽目になるからなぁ。
この汚屋敷の中で、ゴミの山を掘り起こしながらの遺体探しは絶対に嫌だ。
取り敢えず結界で悪霊を押さえ込んで、ざっと部屋を探して無かったら記憶を読んで探そう。
怨み塗れな悪霊は魂にあまり触れずにさっさと除霊しちゃう方が楽なんだけどね〜。




