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episode・23 デタラメな敬語

 俺の疑問を余所に、心がナンパ集団に言い返している。

 頭の同じK大というのは合ってんだけど、後半は似たようなもんだろうと思う。デブではないけれど……。


「つーか! アーシ待ち合わせてるって言ったじゃん! このセンセを待ってたんだし!」


 言って、心は徐に俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。


 え? 何してんの?お前。と思いつつも心の意図を察した俺は組まれた腕を振り解く事をしない。

 それでこの状況を回避できるのなら、我慢するのが得策だからで、決して腕に当たる柔らかい感触を手放したくないわけではない――ホントだよ?


「まぁ、そういうわけだから、こいつは諦めてくれ」


 これで万事解決だな!


「いやいや、お前さっき思いっきり蹴られてたじゃん。じゃれ合うって力加減じゃなかっただろ」


 見てましたか……まぁ見てるわなぁ。

 そうなんだよ!滅茶苦茶痛かったんだよ!


「センセはこういう趣味の人なんだし!」


 おいこら……。人を勝手に変な性癖持ちの変態に仕立て上げるんじゃない。


「ねっ! センセ!」


 えぇ? これどうすればいいの?

 ドMだと認めればこの場は回避できるだろうけど、明日からの大学生活に多大な影響がでるじゃん! 勿論悪い意味でだ!


 どうする!? そうすれば正解なんだ!?

 明日からの生活を取るか、この場の心を助ける事を優先するか……。


 そんな色々な意味で絶対絶命のそんな時だった。


「よぅ雅! こんな所で何してんだ?」


 明後日の方からそう声をかけられた。

 この声の主が誰なのかは、俺には一瞬で解った。


「おぅ瑛太。お前こそ帰ったんじゃなかったのか?」

「ん? 俺は補習だ! 補習!」


 ドヤ顔で言う事ではないのでは?とツッコミたい気持ちをグッと堪える。


「んで? 雅は何してんの? ってか何だお前らは」


 言って瑛太は俺達と対峙しているナンパ軍団に目を向けた。


「そこらへんで止めとけよ」


 瑛太はナンパ軍団と俺と俺の腕にしがみ付く心を見て、状況を察したのか優しい口調で男達にそう促す。

 いつもはお調子者で通ってる瑛太だけど、根っこの部分は芯が通っていて、実は昔から憧れている存在なのだ。


「お前には関係ないだろ!」


 ナンパ軍団の1人が唾をまき散らしながら、わめき散らす。


「お前らねぇ、その不細工面でこんな可愛い女の子をどうにか出来ると思ってんの? ラノベの読み過ぎだろ」


 言うと、心が思わずプッと吹き出す。


「んだと! そこの奴だって俺らと変わんねえだろうが!」


 男の1人がそう言って俺を指さす。

 その意見に反論はないけど、人に指さすのは止めような。


「あぁ、あいつはお前らとは全然ちげーよ」


 瑛太がそう言うのと同時に組まれている腕が前方に引っ張られて、また前のめりになったかと思うと、前髪をを乱暴に掻き上げられて、眼鏡を完全に外されてしまった。


 眼鏡を外され殆ど視界を失った先から「ウゲッ!?」と妙な声が聞こえる。


「わーったかな? 不細工男が美少女にモテるとか、作り話であって現実にはあり得ないんだよ。だからお前らはラノベでも読んではぁはぁって夢物語で興奮してろよ」


 何て言い草だ。俺はそんな作り話で興奮する趣味はないぞ!


 瑛太がそんな罵倒をした後に、前方に感じていたナンパ軍団の気配が消えた気がした。

 いや、厨二病みたいな事言ってるけど、ぼんやりと人影の塊は見えてて、その塊が見えなくなったから多分間違っていないはずだ。


「んしょっと!」


 そんな掛け声に似た声と共に視界が回復して、晒されていた額に馴染みのある薄手の毛布のような物が覆い、温かさが戻ってくる。

 回復した視界の先には心がにんまりと口角を上げて、ドヤっているのが謎だったけど。


「センセの友達なん?」


 そう訊かれると、友達いたんだと言われている気がするのは何故だろうか。


「あぁ、こいつに家庭教師のバイトを紹介して貰ったんだよ」


 言うと、心は瑛太の元にまっしぐら。


「あ、あの! センセをカテキョにしてくれてアリガトです!」


 変な敬語だ。使い慣れていない事が一撃で解る。


「ん? って事は君が問題児ちゃんか」

「も、問題児!?」


 瑛太の問題児ちゃんって言葉に俺は思いっきり吹き出すと、心が恨めしそうに睨んでくる。


「アーシは問題児じゃないし! これまでのカテキョが無能だっただけだし!」


 暴言だ。ホント横暴な暴言だ。


「ははっ、キッツイねぇ! 皆だって頑張ってたんだぞ?」

「じゃあ、相性の問題だし!」

「それってどう違うんだよ」


 フンスと腕を組む心に、瑛太がツッコむ。

 中々珍しい絵面だ。


「んじゃ、雅とは相性バッチリだったわけだ!」

「あ、相性って別にそういう意味じゃないかんね!」


 もはや敬語のけの字もない話し方に苦笑する。

 まぁ瑛太のキャラがそうさせている部分もあるだろうが、ここで心にもう一つの問題に気付いた。


「雅! 俺そろそろバイトだから行くわ!」

「おぅ! 忙しいのにありがとな!」

「あざ~す!」


 (おい!年上に向かってその礼の言い方はないだろ)


 瑛太は吹き出しながら、手を挙げて駅の構内に向かって行ってしまった。

 呆れるのを通り越して、逆に面白くなったんだろう。


 さてと!ついでに気付いた事を実践して、心に追加の指摘をしなくちゃな。


 ◇◆


「んで、どう? 一応センセの注文通りに出来たと思うんだけど」

「……あぁ、外見は問題なくなったな。外見は」

「なん!? その言い方!?」


 やっぱり気付いてないか。

 まぁ晩飯は沙耶さんに頼んでるから時間はあるわけだし、問題に気付かせてやらないとな。


「心ってまだ時間大丈夫か?」

「無視すんなし! まぁ、あるけど」

「んじゃ、晩飯食っていかないか?」

「え!? センセとご飯!?」

「あぁ、嫌か?」

「ぜ、全然だし! 寧ろかかってこいって感じ?」


 俺は心と戦うのか?


「んじゃ、ちょっとしたゲームをしながら飯食わないか?」

「ゲーム? どゆこと?」

「合図してから、飯を食べ終えるまで俺に敬語で話して貰うってゲームだ」

「は?」

「もし最後まで敬語を通せれば心の勝ちで、晩飯何くっても奢ってやる。負けらた俺が奢ってもらうってのはどうだ?」


 ゲームで負ければ、流石に気が付くだろうと考えたのだ。

 心は気が強くて負けず嫌いな所があるから、絶対にこの誘いに乗ってくるって確信もあった。


「そのゲームにのったし! 要するにセンセに敬語で話せばいいだけっしょ!? 余裕じゃん! 行った店の一番高いやつ食ってやるし! 負けて泣いても知らないかんね!」


 盛大は負けフラグありがとうございます。


「決まりだな。んじゃゲームスタートだ!」


 言うと心は黙ってコクリと頷いて、盛大な負けゲームが始まった。


 ◇◆


 駅前で適当な店を見付けて入った。

 心は宣言通りに食べたい物ではなく、値段だけで注文を通してガムシャラに頬張っている。

 俺は心の為に、安めのメニューを注文して軽く腹が膨れる程度に抑えてやった。

 食事が終わり、最後に出てきた珈琲を飲んでいると心が勝ち誇ったようにドヤ顔を見せてきた。


「どうよ!です。余裕でアーシの勝ちっしょ!です。はい、これ伝票ね!でしょう。今の内に計算しといたら?ます」


 うん、想像の斜め上をいっていた。

 赤の他人だけど、心の将来が本気で心配になってくるレベルだ。

 ゲームを開始してから、ずっとこんな感じだった。

 まるで漫画だ。いつもの口調の語尾に『です』『ます』をつければいいと思ってるんだから、国宝級にダメ人間確定した瞬間だ。


「お前……本当にそれで敬語を話してるつもりなのか? ギャグとかじゃなくて」

「は? 当たり前じゃん!です」


 今までどんな教育をしてきたのか、西宮夫妻に問いたい気分だった。というか、よくこれで今まで生きてこれたなって割と本気で思う。


 珈琲を飲み終えて、後は会計を済ませるのみとなったところで、俺は盛大に溜息をついて心に告げるのだ「お前の完璧な負けだ」と。


「はぁ!? 何でだし!です。ちゃんと『です』『ます』使ってたじゃん!ます」


 あまり声を張ってそんなデタラメな言葉を使わないで欲しいんだけど。

 俺もお仲間って思われるから……。


 俺は覚えている範囲で、心が話した言葉をちゃんとした敬語に変換させて聞かせた。

 すると、みるみる心の顔が真っ赤に染まっていく。

 恐らく羞恥に苛まれているのだろうが、そんな事はお構いなしに全部聞かせ終えると、さっきまでの心はこの場に存在しなくなっていて、首が捥げる程の角度で俯いていた。


「……分かったか? これが正しい敬語ってやつだ。心の使っていたのは只のギャグ」

「……うぅ」

「今、全てを直せとは言わない。ただ、接客業で敬語が使えないのは致命的だ。接客に使われる最低限の敬語が使えるようにならないと、明後日の面接は絶対に落ちるぞ」


 そもそもあんなアホは敬語らしきもので接客するスタッフを見た事があるかって話なんだけどな。


「アーシの負けだし……ここは奢る」


 言って、心は力なく伝票を手に持ちレジへ向かう。

 その後ろ姿が可哀そうに見えたけど、ここは心を鬼にして何も言わずに店を出た。

 決して、タダ飯が食いたくて勝ちゲームを提案したわけじゃないんだからね!


「……そんじゃね」


 俺と心はこの駅からだと上り線と下り線と別れる為、改札を潜ったと所で別れてションボリと影を落とす背中に、俺は頑張れよとエールを送り帰路についた。


 それから二日後の午後、スマホに面接受かったと連絡が入った。


 あれから、親に頼み込み敬語の特訓をしたようで、まだぎこちないながらも、接客に必要な分の敬語を丸覚えしたらしい。

 接客態度に煩いマスターにしては珍しいとは思ったけど、それ以上に穴が空いてしまったシフトを埋めたかったのだろうと察した。


 これで一応、なんとか心の夏休みのバイト先が決まったのだった。

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[一言] 心ちゃん可愛い( ˘ω˘ ) これは推せる( ˘ω˘ )
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