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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第三章 グリニカ王国編
86/89

86.トスカナ村を後にして

 目を覚ますと、いつの間にか巫女の館にある一室に寝かされていた。

 あれ? 沖の小島の浜辺で寝転んでいたはずなのに、一体いつの間に村に戻ってきたんだろう。

 首を傾げていると、近くにいたマーナが、真夜中に龍がボワサンと一緒に私を連れて戻ってきたのだと教えてくれた。

 龍は、その場にいたラーラ達に村を破壊してしまったことを謝罪し、お詫びとして鱗を残して、また沖の小島に戻って行ったらしい。

 ナーシャ達が去っていく龍に気を取られている間に、ボワサンはこっそりマーナの傍に移動してきて杖に戻った。その後、ボワサンがいないことに気付いたナーシャ達に、あれは誰だったのだ、どこに消えたんだって訊かれたらしいけど、マーナ達は「あれは三百年前に龍を鎮めてくれた魔法使いのような存在だった」と適当に誤魔化したんだって。

 苦しい言い訳だったかも知れないけど、本当に三百年前の魔法使いの正体はボワサンだった訳だから、本当のことなんだけどね。でもまさか、マーナが持っている杖の飾りの蛇が神蛇族で、あのお爺ちゃんが化けているんだなんて言う訳にはいかないし。

 災厄が去ったと聞かされた村の人達は、夜が明けると一旦自分の家に戻り、今は被害の状況を確かめているところらしい。家を壊された人々は、家財道具や貴重品等取り出せるものを持ってまたこの巫女の館へ戻ってきて、家を建て直せるまで避難生活を送るのだそうだ。

 そこまで教えてくれたマーナは、急に私の耳元へ口を寄せて囁くような声で話し始めた。

「それから、龍の鱗については、村長と相談役、それにラーラとの合議で使い道を話し合うそうよ。でも、龍の鱗って、市場に出回っているものは魔物のオオトカゲのものが主流で、本物の龍の鱗となると国宝級のお宝なんですって。だから、どうやったら安全かつ正当な価格で換金できるのかって、新たな悩みの種になっているらしいわ」

「ふうん。確かに、変な奴に目を付けられたら、強盗に入られちゃうかも知れないよね」

 こんな小さな村にそんな凄いお宝があると知ったら、良からぬことを企む奴らがどんな手段で奪いにくるか分かったものじゃない。

「そうなのよ。あの龍の存在に関しても、もし本物の龍が生きているってことが分かれば、倒して名を挙げようなんて脳筋や鱗目当ての馬鹿共があの小島に殺到するかも知れないでしょ? だから、今回の事は全て村外秘ってことになったの」

 私達も気を付けてうっかり喋ったりしないようにしないとね、とマーナに釘を刺されて心配になった。だって、気を付けていても、ふとしたことでついポロッと、ってこともあるもんね……。

「だから、龍の鱗は信頼できる有力者と取引して極秘に換金できれば村の為には一番いいんだけれど、ニケアの代表者は、ほら、あのハリス坊ちゃんの親だし。あんまり頼りにはしたくない人なんですって」

 マーナがそう顔を顰めたのを見て、ナーシャの気を引く為に、荒くれ者を引き連れて一芝居打とうとしていた小太りの男を思い出す。そう言えば、あいつ、自分に協力してくれた奴らをあっさり警備隊に引き渡していたもんね。そんな血も涙もない息子を野放しにしている親だっていうだけで、頼りになるとは思えない。

 ふうん。高価すぎるお宝をいただくと、返って面倒なことになったりもするんだなぁ。

「ニケアにも、マリエルみたいに信用できる人がいればいいのにね」

 何気なくそう呟くと、マーナがピクッと肩を揺らして顎に手を当てた。

「……そう。そうね。それがいいかも知れない」



 私達は、早々にトスカナ村を出て、ニケアに戻ることにした。

 村長は、一人の犠牲も出さずに災厄を乗り切れたのは私達のお蔭だと感謝してくれて、村の掟を破った処分を取り消し、是非留まって欲しいと言ってくれた。けれど、そもそも私達は先を急ぐ旅の途中だし、大きな被害を受けた村の人達にもてなしてもらうのも気が引ける。

 村の復興の為に、カディスは謹慎処分を免除された。彼は、私達と一緒にニケアまで行って、マリエル商会で龍の鱗を換金して貰えないか交渉することになっている。勿論、私達もその交渉に同席するつもりだ。

 そして、ナーシャは。

 やっぱり、双子が同じ村で暮らしてはいけないという掟だけは、どうしても違えることはできないらしい。でも、その掟を破って村に戻ってきた罰は、災厄の際にラーラを献身的に支えたという理由で取り消され、占いに使う水晶は没収されずに済んだ。

 でも、やっぱり、もう二度と村に足を踏み入れることは許されないらしい。

「そんなのって酷いよね」

 憤慨する私に、マーナは呆れたように笑う。

「あの三人を間近に見ていて、何も気づかないミラクに寧ろ感心するわ」

 マーナの視線の先には、別れを惜しむラーラとナーシャ、それを見守るカディスの姿がある。災厄が終わって、今はとっても仲が良さそうに見える三人だけれど、あの微笑ましい彼女達を見て何が問題だって言うんだろう。

 すると、マーナは腕を組み、しみじみと頷いた。

「もうナーシャが村に戻って来られないってことは、ラーラの勝ちってことかしら」

「え? 何それ」

 首を傾げると、マーナが苦笑しながら首を横に振る。

「何でもないわ。それにナーシャには、ニケアに戻ってもちゃんと守ってくれる人がいるしね」

「え、誰それ。ハリス坊ちゃん?」

「馬鹿! 冗談じゃすまないわよ」

 いきなり怒られて、全く訳が分からない。

 そんな私に、オークルがマーナの鞄から呆れたように溜息を吐き、フレイユが必死に笑いを堪えている。

 何なの。誰か、ちゃんと私に分かるように説明して!



 そうこうしているうちに、ラーラが私達のところへやってきた。

「皆さん、ありがとうございました。この村が救われたのは、あなた方のお蔭です」

「ううん。私達は何もしてないよ」

 それは謙遜でも何でもなく、本当に私達は今回何もしていない。龍を鎮めたのはボワサンだし、魔物の上陸を防いだのはたまたま私が落とした封邪の剣だし、それに、村を立て直す為の資金になる品を与えてくれたのは龍だ。

「いいえ。あなた方は、この村を救おうと奮闘してくださいました。その勇気ある行動が、巡り巡って全てを良い方向へ導いてくれたのだと思います。本当にありがとうございました」

 そんな大層なことはしたとは思えないけれど、そうやって感謝してもらえると嬉しくなって、また頑張ろうって思えてくる。

「これから大変だろうけれど、頑張ってね」

「ええ。皆さんも、お気を付けて」

 ラーラの顔はこれまで儚げな雰囲気が少し薄れ、その代わり、村を支えようとする大人の女性の強さが滲み出ていた。

 龍が村を襲った時、ラーラは、もう駄目だと絶望し、村を救えなかった自分を責め続けていたらしい。けれど、ナーシャに励まされて次第に自分のやるべきことを思い出し、恐怖に震える村人達の元へ下りてずっと励まし続けていたのだそうだ。そんな彼女の神々しくも凛々しい姿に村人たちは打たれ、生きる希望を絶やさずに済んだのだという。

 そして、そんなラーラを見つめているナーシャも、どこかさっぱりした表情をしていた。もう二度とこの村に帰ってくることはできないのに、その顔には悲壮感など全く無い。きっと、もうラーラは一人でも大丈夫だと確信しているからなんだろう。



 日が沈む前にニケアに到着できるように、私達は早々にトスカナ村を発った。

「私のせいで、皆さんをとんでもないことに巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」

「全くだ」

 道中、そう言って頭を下げるナーシャに、ニャーンとしか聞こえないことをいいことにとんでもない言葉を返したオークルの耳を引っ張ってやった。反射的に引っ掻こうと繰り出された爪を素早く避けて舌を出すと、毛を逆立ててフーッと威嚇してくる。

 そんな私達に、不思議そうに首を傾げたナーシャに、フレイユが頭を横に振った。

「あなたの依頼に応じたのは私達の方です。それに、貴重な体験をさせて貰いました。気に病む必要などありません」

「そうだよ。それに、結局私達は役には立てなかったけれど、ラーラにああ言って貰えたってことは、ナーシャの占いは当たったってことだよね」

 そう言うと、ナーシャは目を瞬かせた後、にっこりと笑った。

「ええ、そうですね。言ったでしょう? 私の占いは、結構当たるんです」

「じゃあさ。一つ、占って欲しいことがあるんだ」

「勿論、喜んで」

 早速、荷物から水晶を出そうとするナーシャを慌てて止める。

「今じゃなくていいよ。ニケアに着いて、色々片付いてからでいいからさ」

「ミラク。何を占って欲しいの?」

「クロスのことだよ」

 興味津々というよりは、何だか含みのある表情でマーナが寄ってきた。

「ミラク。何を占って欲しいの?」

「ん? クロスのこと」

 そう答えると、サッとマーナの笑顔が曇った。

「……もし、悪い結果が出たらどうするの?」

「だったら信じない。それが本当かどうか、確かめに行く」

 そう答えると、暗い表情でしばらく黙っていたマーナが、ポツリと呟いた。

「ミラクらしいわね」

 マーナからしてみれば、私は諦めが悪いのかも知れない。

 確かに、クロスがいなくても、私達は生きていける。もうクロスは戻ってこないものだって諦めて、新しい環境で新たな人間関係を築いて、クロスのいない時を生きていくことだってできる。

 でも、十年前にハディと生き別れた私は、今、胸の内に苦い思いを抱えている。あの時はまだ小さかったとはいえ、ずっと育ててくれたハディのことを忘れて暢気に暮らしてきた自分を振り返ると、罪悪感に似た後悔が押し寄せてくる。

 例え、どういう事実を突きつけられることになったとしても、ちゃんと決着をつけないといけない。

 私の中で、日に日にそんな思いが膨らんでいく。それは、もしかしたら、常に背負っているこの封邪の剣がそうさせているのかも知れない。


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