79.下された処分
村長宅の一階の広いダイニングで、村の役員達が集まって村長と協議している。役員達は全員が老人に近い年齢で、村長の下で村の運営に当たっている人達なのだそうだ。
私達は、昨夜泊まった二階の一室に押し込められていた。カディスとナーシャの姿はないけれど、二人とも村の掟を破っているのだから、きっとどこか別の部屋に閉じ込められているに違いない。
「で、どうだったんだよ」
ひとしきり、それみたことか、余計なことに首を突っ込むからだ、と悪態を吐いたオークルは、疲れたようにマーナの膝の上に丸くなると、上目遣いにフレイユを見上げた。
「海竜ではありませんが、確かにあの島には何かいますね」
「ふうん」
「それから、封邪の剣が反応しました。それを考えると、恐らくは魔物か、下手をすれば魔族だと思われるのですが」
それを聞いたオークルがこっちを見たので、反応したのは間違いないと頷いて見せると、オークルはうんざりしたように顔を顰めた。
「が、何だよ」
「魔族にしろ魔物にしろ、あの島にいながら何百年に一度しか村を襲わない、というのが疑問なのです」
確かにフレイユの言った通り、魔族や魔物ならもっと頻繁に人間を襲うんじゃないだろうか。けれど、村の言い伝えでは、海竜が村を襲ったのは五百年前と三百年前の二度しかない。
「地母神に目を付けらたら不味いから、とかじゃないのか?」
「一度は村を全滅させているのですよ。地母神様を恐れているのなら、村を襲う事自体やらないのではないでしょうか」
ふむ、と黙り込んだオークルの頭をマーナが撫でる。
「やっぱり、何かいるとしたら、あの洞窟が怪しいわね」
「そうだね。私もそう思った」
陸からも海からも簡単には近づけない、洞窟のある場所。その沖合の海域は漁師でも近づかないほど潮が早くて、海の色は気味が悪いくらい暗くて、封邪の剣が反応を示した。だから、海竜と呼ばれている生物は、あの洞窟にいるに違いない。
「だから、今度はちゃんと岩か崖を登れるよう準備をして……」
そう言い掛けて、そう言えばもう島には渡れそうにないことを思い出した。
「私達、一体どうなっちゃうのかな」
しょんぼりしながら呟いた時、部屋のドアを叩く音がして、カディスとナーシャが部屋の中に入ってきた。
「すまない。君たちをややこしいことに巻き込んでしまった」
そう言って頭を下げるカディスの頬は大きく腫れ、唇の端が切れて血が滲んでいる。さすが、海の男の鉄拳の威力は半端じゃない。
「頭を上げてちょうだい。そちらの提案に乗ったのは私達なのだから。それより、私達はどんな罰を受けることになるの?」
マーナがそう訊ねると、カディスの視線を受けたナーシャが代わりに答えた。
「村の掟を破った者は、村を追放になります。あなた方も、恐らく村を追い出されて、もう二度とこの村に足を踏み入れることは許されないでしょう」
「何だ。そんなことで済むんだ……」
安堵して思わずそう呟いた後で、ナーシャが私達に助けを求めていたことを思い出して、慌てて口元を手で押さえた。
村を追い出されたら、村人達とラーラの間に出来た溝を埋めることもできないし、沖の小島にいる海竜の正体を突き止めることもできなくなる。私達の本来の目的じゃないのだから、とこのまま立ち去るのは、私達を頼ってくれたナーシャに対して申し訳ない。
「私達の処分は決まっているのね。じゃあ、村長と役員達は一体何を揉めているの?」
「それは、私達の処分と、今後の村の方針についてです」
ナーシャが答えると、カディスが大きな溜息を吐いた。
「ナーシャは元々、村を出された人間だ。追放処分が下っても、実質的には何の処分もなかったことになる。それでいいのか、という話だ。それから、村長の一人息子である俺を本当に村から追放するのか、という点でも揉めている。後は、このままラーラの言う通り、村を捨てて全員が別の土地に避難すべきかどうかについてだ」
するとその時、窓の外から若者らしき大声が聞こえてきた。
「このまま、村を捨てるのかー!」
「何もせずに、海竜が襲ってくるのを、指を咥えて黙って見ているのかー!」
「俺達を沖の小島に渡らせろ! 海竜を退治させろ!」
ガンガン、と木の板を叩きながら、若者達は村長宅に向かって叫び続けている。
「家の中からではよく分からないが、浜辺に若者が結集しているらしい」
カディスは窓辺へと歩いて行って外を見つめた。
その後ろから覗いてみると、確かに浜辺の方向に人が集まっていて、カディスは悪くない、間違っているのは巫女の方だと喚き散らしている。
「俺は、村を守りたい。それは、ラーラも同じはずだ。なのに、何故こんなことになってしまうんだ」
「ラーラは、誰一人犠牲を出したくないのよ。海竜討伐なんてしたら、犠牲者は必ず出てしまうわ」
「だが、村が壊滅してしまったら、たとえ生き残ってもその後の生活が成り立たなくなってしまう。住む場所を失い、糧を得る為の船まで失ったら、その日からどうやって生きていくというんだ」
ラーラの意見を代弁するナーシャとカディスがぶつかる。二人は睨み合ったまま黙り込んでしまい、私達はただハラハラしながら二人を見つめていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
今度は誰だろうと思いながらドアを開けると、そこにはカディスのお母さんが立っていた。朗らかでいつもニコニコしている人だったのに、今は目元を赤くして悲し気に眉を下げている。
「あなた達の処分が決定したんですって。主人が呼んでいるわ」
「結論から言おう。君たちは今から即刻、この村から出て行ってもらう」
ナーシャから聞いていた通り、私達は村から追い出されることになった。
ただ、今からすぐっていうのがちょっと辛い。時間的に、いまからニケアに帰るとしても、確実に途中で日が暮れてしまう。ここサブリアナ大陸では、ロンバルディア大陸とは違って、街や村の外では魔物が出る。だから、そう簡単に野宿するという訳にはいかない。
でもまあ、そんな不都合を含めて罰だと言われたらそれまでなので、敢えて抗わずにいることにした。
「それから、ナーシャだが、巫女の家に伝わる水晶を返納して貰うことにした」
「それはっ……!」
ナーシャが、悲鳴のような声を上げる。
「お願いです。これだけは。これが無ければ、私は何も占うことはできなくなってしまいます」
「その占いの力があるが故に、村の掟を破ってここへ戻ってきたのだろう? 双子はどちらかが村から出て行く。その掟に従って村を出たお前に、もう巫女の力を使う資格はないのだ」
「……そんな」
がっくりと膝をついたナーシャを助け起こそうとするカディスに、村長は続けた。
「カディス。お前は半年間、自宅謹慎を言い渡す」
「何だって? 追放じゃないのか」
唖然として目を見開いたカディスに、村長は続ける。
「お前がいなくなるのは村にとって大きな痛手になる。皆と話し合って、温情をかけることになった」
「俺には情けをかけるくせに、ナーシャからは生きる為の手段を奪うのか。酷過ぎるだろう!」
「もう、決定したことだ」
「なら、村はこれからどうするつもりなんだ。俺に半年も自宅謹慎させるってことは、ラーラの言う通りにはしないってことだろう? なら、あいつらに海竜討伐をさせるってことか?」
「そんな危険なことはさせるわけにはいかない」
「なら、どうするんだ」
「何もしない。これまで通り、暮らしていくだけだ」
「そんな馬鹿な……!」
カディスが叫んだ時だった。
耳障りな鐘の音が、トスカナ村全体に響き渡った。
「何だ、この音は……」
「聞いた事が無い音だ。山の方から聞こえてくるようだが……、まさか!」
バン! と激しい音を立てて玄関から飛び込んできた若者が、蒼白な顔をして叫んだ。
「沖の小島から、黒い煙が噴き出しているぞ」
「ああ、そう言えば亡くなったお義母さんが言っていたわ。巫女の館から鐘の音が聞こえたなら、何をさて置いても一目散に館へ逃げ込め。そういう伝承があるのだって」
カディスのお母さんの震える声に、弾かれたようにカディスが家から飛び出し、村中に響き渡るような大声で叫んだ。
「皆、巫女の館へ逃げろ! 海竜が襲ってくるぞ!」




