77.いざ、沖の小島へ
何の予告も無くいきなりで申し訳ありませんが、この度この作品のジャンルを童話からファンタジーに変更いたしました。
連載前から、童話かファンタジーかで迷っておりましたが、作者としてはラノベというより児童向けに近いかなと思い、童話を選択しておりました。けれど、書き進めていくうちに残虐な表現等も多々あり、童話というジャンルには相応しくないのではと思うようになり、今回ファンタジーへと変更いたしました。
事後報告となり申し訳ありませんが、これからも応援のほどよろしくお願いいたします。
沖の小島は、村の浜辺から見た時には小さく見えていたけれど、近づいてみると意外と大きかった。それは、見た目より島まで距離があったってことで、辿り着くまで思っていたよりも時間もかかった。
カディスの船は他の漁師たちが乗る小舟と違って、それなりの大きさがあったけれど、それでも漁船には変わりはない。ロンバルディア大陸からサブリアナ大陸に渡ってきた時の客船と比べると雲泥の差がある。
今日は天気も良くて、陸ではそよ風程度だったけれど、湾から少し出ると潮の流れは速く、それほど大きくはない波でも船はけっこう揺れる。まあ、すぐに慣れたけどね。
勝手にしろとは言ったけれど俺も行くとは言っていない、なんて屁理屈をこねたオークルは、村長宅で留守番をしている。あくまで海竜討伐に反対しているナーシャもついて来なかったから、今頃浜辺で二人仲良く日向ぼっこでもしているんじゃないかな。
それはそうと、神獣族のフレイユはともかく、マーナがこんな小さな船に揺られても平気なのは意外だった。マーナには悪いけれど、船酔いしたり、海に落ちるんじゃないかと怖がったりするんじゃないかって想像していていた私は、正直拍子抜けしてしまった。
「マーナ、大丈夫?」
舳先のほうに座って沖の小島を眺めているマーナにそう声を掛けると、マーナは不思議そうに首を傾げた後、にっこりと笑った。
「うん、平気。だって慣れているから」
「え?」
「だって、私の出身はナディ・ミュラ諸島だもの。小さい頃から、これよりもっと小さい船に乗っていたし、海で泳いで遊んでいたのよ」
さすがに、こんな沖までは泳いでこなかったけれどね、とマーナは笑った。
ナディ・ミュラ?
今度は私が首を傾げる番だった。ナディ・ミュラ諸島という名前を聞くのは初めてだったし、どんなところかも全く知らない。
「へぇ、ナディ・ミュラか。随分と遠くから来たんだな。あそこもここと同じような漁村が多いと聞くが」
「島国ですからね」
カディスの問いかけに、マーナは懐かしそうに目を細めた。
マーナが、サブリアナ大陸のずっと東から来たってことは聞いていたけれど、どこで生まれてどんな風に育ったかなんて詳しい話を聞いたことはなかった。
それは、きっと私自身が、クロスと出会うまでの自分の過去を話したくなかったからかも知れない。
断片的に覚えている、ハディとの旅の日々。……それは、今改めて思い出してみても、普通じゃなかった。物心ついた時から、父親じゃない大人に連れられて各地を転々と旅し続けていた。まるで、何かに怯え、逃げ回るように。
「ミラク、大丈夫? 具合が悪いの? もしかして、船酔いしたとか……」
肩に手を置かれて我に返ると、心配そうに顔を覗き込んでくるマーナの顔があった。
「ううん、大丈夫」
慌てて笑顔を浮かべ、思い出しかけていた過去を記憶の奥へ追いやる。
その時、船の櫓を漕いでいたカディスが手を止め、首にかけている布で額の汗を拭った。
「本来なら、近づけるのはここまでだ」
沖の小島はもう目の前に迫っていた。急な斜面を覆う木々の緑と、その下に広がるなだらかな砂利石の浜、そして波に洗われたゴツゴツの岩に静かに波が押しては返している。
海は驚くほど澄んでいて、まだ結構な深さがあるのに、今船が停まっている場所でも海底が透けて見えるほどだった。
「じゃあ、行くぞ」
緊張した面持ちのカディスが、意を決したように表情を引き締めて櫓を一掻きした時だった。
「待ってください」
不意にフレイユが待ったを掛けた。
「何だよ。ここまで来て、怖気づいたのか?」
苛立ったように顔を顰めたカディスに、フレイユは首をゆっくりと横に振った。
「そうではありません。ただ、上陸する前に、船でこの島を一周してくれませんか?」
「は?」
「人間を襲う海竜が浜辺でうろうろしていたとしたら、上陸した途端に襲われるということもあり得ますからね。取り敢えず、海から島全体の様子を窺ってみたいのです」
この島にいるのが本当に海竜だったら、浜辺をうろうろしているはずはないのだけれど、海竜が陸にあがったりしないなんて知らないカディスは納得したように頷いた。
「なるほど。けどな、島の裏側は潮の流れが複雑で、天気が良くても危険な所だ。俺達も、そこには絶対に船で近づいたりしない」
「そうなのですか。それなら、その手前で引き返して貰って結構です」
フレイユは何か気付いたように口元に笑みを浮かべたけれど、私には一体何が何だかさっぱり分からない。
フレイユに言われた通り、カディスは島から一定の距離を置いて周囲を回り始めた。そして、島の裏側に差し掛かった時、急に気味の悪い風が吹き付けてきて、船がガクンと大きく揺れた。
空は晴れ渡っていて、太陽の光が降り注いでいるのに、まるでそこだけ何かの影になっているかのように海は黒々とした色になり、波はまるでそこに来るものを押し流そうとしているかのように渦巻いていた。
その時、私の背中で封邪の剣がカタカタと震え始めた。背中に左手を回し、巻いた布越しに押えてフレイユとマーナを振り返ると、二人とも察してくれたのか小さく頷いた。
「ここから先は危ないから引き返すぞ。いいな?」
「はい」
カディスの言葉に頷いたフレイユは、首を伸ばして島を凝視している。
その視線を追って見てみると、突き出た岩の向こうに黒々とした大きな穴が空いているように見えた。
「……洞窟?」
けれど、船が進むにつれ、岩の陰に隠れてその洞窟らしきものはすぐに見えなくなってしまった。
膝下くらいまでの深さまで島に近づくと、カディスは船から飛び降りた。船に括り付けたロープを手に浜辺に上がり、近くの岩に船を固定する。
それを待って、私達も船から降りた。靴が濡れるのは嫌だったけれど、海の中にはウニやらフジツボやらが見えていて、裸足で歩いたら怪我をしてしまうのは明白だから仕方がない。グラつく石や滑る海藻に気を付けながら、踝ほどの深さの海を歩いて浜に上がった。
「……とうとう上陸しちまったか」
カディスが感慨深げに呟いた。
村長の息子として、村の規則を一番守らなきゃいけない立場にありながら、それを敢えて破るのは並大抵の覚悟ではなかったのだろうと思う。そこまでしても、カディスは漁師たちの今の暮らしを守りたいんだなぁ、と彼の覚悟を察して胸が熱くなった。
「どうする? 沖から見た限りでは、海竜は今のところ浜辺をうろついてはいないようだが」
あれから、できる範囲で沖から島を観察してみたけれど、以前村の人が見たという日に照らされて光る鱗を持つ生物らしきものはいなかったのだ。
「取り敢えず、沖から確認できなかった島の裏側へ回ってみましょう」
私達は、フレイユの提案通り、島の裏側へ回るべく浜辺を歩き始めた。
潮が引いている今は、海藻の生えたゴツゴツの石が広がる磯を歩いていける。けれど、満潮になれば崖の下まで海水が来るらしく、斜面に生えた木々のすぐ下には打ち上げられた倒木や木の枝なんかがうず高く積み重なっていた。
きっと、あの洞窟らしき場所に、海竜と呼ばれているものがいるんだと思う。カディスがいるから口には出さないけれど、私と同じようにフレイユもマーナもそう思っているのは伝わってきた。
封邪の剣が反応したってことは、それは魔物か、もしかしたら魔族だ。それは間違いない。
カディスの後ろを歩きながら、封邪の剣を覆っている布を柄の部分だけ外して、いつでも抜剣できるよう準備しておく。
ただ、もしこのまま戦うことになったとして、心配なのはカディスだ。フレイユは神獣族だし、マーナには白蛇の杖がある。けれど、カディスは体格のいい海の男とはいえ、魔法が使える訳じゃないし、武器だって船の櫂を肩に背負っているだけだ。
それに、カディスがいる前で、堂々と封邪の剣を使うわけにはいかない。いざとなったら、フレイユかマーナにカディスを連れて先に逃げてもらうしかないよね。
でも、そんな心配をする以前に、別の問題が私達の前に立ち塞がった。
沖からも見えた突き出た岩は、磯を塞ぐように海まで達し、私達の行く手を阻んでいた。よじ登って越えようにも、岩はほぼ垂直で登れそうな足がかりもない。私一人ならどうにか登れそうではあるけれど、先に上ってロープを垂らそうにも、肝心なそのロープを持ってきていない。
「私だけでも登って、先の様子を見てこようか?」
フレイユにそっと訊ねると、怖い顔で首を横に振られてしまった。
結局、そこから引き返して船を泊めた浜辺まで戻り、そこから逆方向へ歩いてみると、今度は切り立った崖が海まで突き出ていて、そこから先に進むには人の背丈の十倍ほどの高さがある垂直な崖を登って行かなければ無理そうだった。
「船で、この崖の裏側へ回り込むか」
カディスの提案で、私達はいったん船に戻り、崖の裏側へと向かった。
けれど、そこは遠浅の岩礁が続き、潮の流れが速くて船を陸へ寄せるのは無理そうだった。その岩礁が途切れた先は、例の魔の海域になっている。
「海からは無理だな。崖を登るか、岩を登るか。取り敢えず、その準備をしてからまた再挑戦するしかないな」
カディスが溜息交じりに呟き、仕方なく私達は一度トスカナ村へ帰ることになった。




