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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
65/89

65.やっと会えると思ったら

 モルガナ様のお屋敷で微笑ましい騒動が繰り広げられている中、何とエルドーラ軍は国境を越えてサレドニアに侵攻していた。

 なぜ、指揮官であるギュレイ将軍がいないのに、そうなってしまったのか。

 それは、ギュレイ将軍こと魔族ガザークスが姿を消す前に、国境の城塞に駐留していた侵攻軍を預かっていた副将軍に、先んじて国境を越えて侵攻せよと伝令を出していたからだった。

 侵攻軍はあっという間に、かつてサレドニアに奪われた国境の土地を制圧してしまった。つまり、モルガナ様がエドガー陛下に求婚なんかしていないで軍を止めろと言ったのは至極尤もな進言だったのだ。

 その後、すぐに国王の撤退命令を受けたエルドーラ軍だったけれど、やはりそこはかつて自国の領土だった土地だということもあって、軍の中で不満が高まり、撤退は遅々として進まない。

 そうこうしているうちに、サレドニア軍もようやく駆けつけ、双方睨みあいの事態に発展してしまった。

 そこで、ようやく回復したばかりのモルガナ様が、停戦と講和のための使節団を率いてサレドニアへ赴くことになった。

 かつて、サレドニアで魔物に襲われたこともあり、エドガー陛下はモルガナ様のサレドニア派遣にかなり難色を示していたけれど、この局面を乗り切ることができるのはモルガナ様しかいないということもあり、渋々了承した。

 そして、その使節団の護衛として、私とオークルも同行することになった。

「……それにしても、本当にギュレイ将軍が魔族だったなんて」

 サレドニアへ向かう旅路の途中、野営の天幕の中で、モルガナ様に呼ばれた私に、サテラがしみじみとそう呟いた。

 すでに、ギュレイの邸宅のかつて妻が臥せっていたという部屋で、白骨化したギュレイの遺体が捜索に踏み込んだ近衛騎士たちによって発見されていた。そして、邸内では瘴気と魔物の襲撃によるものとみられる損傷を受けた痕のある使用人達の遺体も数多く発見されていた。

 ギュレイに成りすましていたあのガザークスという魔族は、あの日、突然軍から外れて馬を駆り、部下が追いかけたものの、木立の陰に姿が遮られたと思った時には、忽然と消えてしまったらしい。

 オークル曰く、地底から伸びる魔穴を利用すれば、魔族がそこを通って人間よりずっと早く移動することは可能らしい。

 けれど、そうやって移動のために開けられた魔穴からは瘴気が出るから、自然とそこに魔物が棲息するようになる。

 ククロの森にも魔物が棲みついてしまっているけれど、それはひょっとしたらあの森の奥に、ガードンが魔穴を開けてしまった可能性がある。

 だから、もうこのロンバルディア大陸も、サブリアナ大陸と同じように魔物による被害が頻発し始めるのも時間の問題だわ。

 宿泊している大きな宿の一室。使節団の会合用に押えたその部屋に顔を揃えた一行の末席に、護衛の一員として私も控えている。

 小さく溜息を吐きながら、膝の上に乗せたオークルの毛を撫でていると、サレドニアの協力者から来たという手紙を読んでいたモルガナ様が、フッと小さく笑って顔を上げ、私に微笑んだ。

「聞いてちょうだい。何と、サレドニアの王宮にも、魔族が入り込んでいたらしいわ」

「えっ。ということは、かの国のお家騒動はそのせいですか」

 サテラが目を丸くしてそう言うと、モルガナ様は大きく頷いた。

「第一王女の夫がそうだったという話だから、きっとそうね。それでね、その魔族を倒したのは、異国から来た二人の旅人だというのよ。それも、まだ小さな男の子みたいな少女と、フードで顔を隠した魔法使いなんですって」

 ぶほっ、と私は頂いていたお茶を盛大に噴き出してしまった。

「ギャッ、おま、汚ねぇなぁ!」

 私の口から出たお茶を被ってしまったオークルが、素早く床に飛び降りて抗議の声を上げる。

 そのオークルを素早く抱き上げてぎゅっと抱きしめると、私はその耳元に素早く囁いた。

「ミラクとフレイユよ」

「へっ?」

 私はポカンとするオークルには目もくれず、モルガナ様に一礼した。

「その二人は、私が探していた人達だと思います」

「まあ、そうなの?」

「はい。サレドニアに着いたら、その人たちにも会えますよね?」

「そうね。再会できるよう、話を通しておくわ」

「ありがとうございます」

 サレドニアの協力者という人物に書く返事に、私のことを書き添えておくとモルガナ様に言っていただいて、私の胸は高鳴った。

 ああ、ミラク。もし、あなたがサレドニアにいたとして、そこに魔族がいたとしたら黙って見てはいないだろうと思っていたけれど、やっぱりそうだったわね。

 一体、どんな経緯があって、王宮の、しかも王族の夫に成りすましていたという魔族を倒すことになったんだろう。

 ああ、それよりも、私がエルドーラからの使節団の一員として現れたら、どんなに驚くかしら。今から、その反応が楽しみだわ。

 ウキウキしながら自分にあてがわれた部屋へ戻り、それからの旅路も浮かれ切って過ごしていた私は、サレドニア王都アレスポの直前で奈落の底に突き落とされてしまった。

「それが、すでにお二人は、サブリアナ大陸へ渡るためにリムルラントへ発った後でして……」

 マーナ殿のことはお伝えできませんでした、と協力者であるマリエル商会サレドニア支部の支店長が、申し訳なさそうに頭を下げた。

「サレドニア北部の港は、エルドーラとの戦争がどう転ぶかまだ情勢が不安定なため、閉鎖が解かれていないのです。なので、先日閉鎖が解除されたリムルラントの港からサブリアナ大陸へ渡るのだと言われて」

「それは、いつのことですか?」

「三日前のことです。エルドーラの将軍が実は魔族だったのだが、旅の魔法使いによって退治されたという噂を聞いて、安堵した様子で旅立たれたとか」

 あまりのショックに、私はその場に崩れ落ちてしまった。

「大丈夫ですか?」

 支店長が心配してくれたけれど、私は力なく首を横に振った。

 すると、その場にいたモルガナ様が、私の手を取って立ち上がらせた。

「マーナ。いいから、すぐにリムルラントへ行きなさい」

「えっ、でも、モルガナ様の警護が……」

「そんなもの、あなたと一緒に旅をするための口実でしかないわ」

「えっ?」

「エルドーラの為に危険も顧みず尽くしてくれたあなたを、出会った場所まで無事に送り届ける為に、護衛として同行させたの。そうでもしなきゃ、あなたは誰かにサレドニアまで送らせると言っても、拒否したでしょう?」

 あ、まあ。確かにそうかも……。

 小さく頷くと、モルガナ様は握っていた私の両手を離すと、ぎゅっと私を抱きしめた。

「馬車を手配してあげるから、大急ぎで後を追いかけなさい。ひょっとしたら、船に乗る前に追いつけるかも知れないから」

「モルガナ様……」

「すぐに、馬車を用意いたします」

 支店長が慌てて駆けていくと、サテラが小さく溜息を吐いた。

「これで、本当にあなたとはお別れか」

「そうね」

 清々したでしょう? と言おうと思ったけれど、サテラが何故か涙ぐんでいるように見えて、私は寸でのところでその厭味を飲み込んだ。

「本当にありがとう、マーナ。あなたがいてくれたお蔭で、エルドーラは救われたわ。あなたは我が国の救世主よ」

「そんな……。私、そんな大それたこと……」

「いいえ。あなたはそれだけのことをやったのよ。自信を持ちなさい。私達も、あなたに救ってもらったエルドーラをより発展させ、今よりもずっと豊かな国にして見せるわ」

 そう言ってにっこり笑うモルガナ様は、とても素敵だった。

 私はその言葉に感動して、思わず涙ぐんだ。

 いつも、私は辛いことから逃げて、そのせいで辛いことを乗り越えられない人間だと自分で自分に限界を設けていた。

 でも、モルガナ様は、私の決死の覚悟と行動を評価し、褒めてくれた。それがとても嬉しい。だからこそ、モルガナ様に伝えておきたいことがあった。

「モルガナ様。一つ、私の話を聞いてもらえますか?」

「何?」

「実は、私がお世話になっていた居候先の家主が行方不明になってしまい、しかも未だ生死さえも不明なのです。私は、その人のことが好きでした」

 モルガナ様の表情が曇る。私の悲しみを察し、同調してくれているのだろう。

「私は、その人と一緒に暮らしている時、自分の気持ちを押し隠していました。その人に自分は相応しくないって思っていたんです。でも、今、とても後悔しています。こんなことになるのなら、気持ちを伝えていればよかったって」

 そして、にっこりとモルガナ様に笑いかけた。

「だから、モルガナ様も後悔なさらないよう、自分の気持ちに正直になって欲しいのです」

 ちょっとおこがましかったかも、と心配になったけれど、私の話をじっと聞いてくれたモルガナ様は、大きく首を縦に振ってくださった。

「そうね。分かったわ、ありがとう」

 その口調と笑顔を見て、私は近いうちにエルドーラ国王が新たな王妃を娶ることになると確信したのだった。

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