60.城を出る日
翌日から、私はギュレイ将軍に関する情報を集め始めた。
といっても、異国人の私が表だって城内で聞き込みなんてできない。だから、見知った女官や穏健派の騎士達等、ギュレイ将軍側に私の動きが伝わらない人々から情報を仕入れることにした。
ギュレイ将軍は魔族だ、なんて言った私のことを胡散臭い目で見るようになったサテラやフェデル騎士隊長は、最初のうちはとっても非協力的だった。
でも、ここで諦めたら、こっちの主張に根拠がないと判断される元だ。
そう思って、めげそうになる気持ちを奮い立たせながら、地道に情報収集を行った。
オークルも、アデリア様の遊び相手をしながら女官達の噂話に耳を傾けたり、夜こっそりと城内を歩き回ったりして情報を集めてくれている。
お蔭で、数日でだいぶギュレイ将軍のことが分かってきた。
彼は、エルドーラの古参貴族の息子で、現在三十五歳。一年ほど前までは、フェデル将軍の元でずっと平騎士のまま過ごしていた、穏やかで凡庸な人物だった。
ところが、突然その才能? を開花させて頭角を表し、エドガー陛下の信任を得て一気に将軍へと昇格した。
その将軍位というのが、エルドーラでは平時には存在しない職位で、戦時に国王に代わって軍の全権を掌握する特殊なものらしい。
ギュレイが将軍位に任じられたのは、エドガー陛下直々の意向が強く反映している。
エドガー陛下は、十五歳で即位して間もなく、サレドニアの侵攻を受け、エルドーラを存亡の危機に立たせてしまった。今は堅実に国力をつけているけれど、そのコンプレックスは常に心の中で燻っていた。
ギュレイはそこに付け込んで、エルドーラはすでにサレドニアと戦っても勝てる力を持っている、今こそ十五年前に奪われた国土を奪還し、あの戦いで死んだ者の魂を慰めるべきではないかと訴えた。
最初は、誰もが十五年前の大敗の記憶に怯え、サレドニア侵攻の意向を示すエドガー陛下に賛同しなかった。そんな中、軍拡と強硬路線を主張するギュレイはエドガー陛下の信任を得て、将軍職を手に入れたのだという。
今は、城にほど近い邸宅から登城している。一年ほど前に妻を亡くしていて、その直後からまるで人が変わったように職務に励むようになった。
だから、周囲の人々は、ギュレイが突然変わったのは、妻を亡くした悲しみから逃れるために、人格が変わるほど仕事に打ち込むようになったからだ、と思っている。
「その時期に、魔族と入れ替わった可能性が高いな」
オークルが、私がまとめているメモを覗きこみながら呟いた。
「そうね」
返事をしながら、私はメモに視線を落としながら小さく溜息を吐いた。
ギュレイ将軍の情報を集めていると、自然と別の情報も耳に入ってきた。
その多くが、十五年前のサレドニアによる侵攻で、この国が受けた被害の情報だった。
当時、急逝した父王に代わって即位した十五歳のエドガー陛下を支えていたのは、モルガナ様の父である宰相閣下。その二人の息子、次期宰相と目されていた長男と、優秀な近衛騎士だった次男、つまりモルガナ様の兄上達は、二人ともその戦争で命を落としてしまった。
当時、宰相の娘だったモルガナ様は、エドガー陛下の妃候補の筆頭だった。けれど、次第に戦況が悪化する中、エドガー陛下に非協力的だった有力貴族が、娘を王妃にするのと引き換えに協力すると申し出た。
エドガー陛下はそれを受け入れ、その有力貴族が保持していた財力と兵力を主力とした部隊を編成し、エルドーラからサレドニア軍を追い出した。
それから五年後、国土の復興を待って、エドガー陛下は約束通りその貴族の娘を王妃に迎えた。
本当なら、モルガナ様が王妃になっていたはずなのに。
女官の中には、そう言って涙を滲ませる者もいた。
モルガナ様は、亡くなった兄達に代わって、エドガー陛下を支えながら戦後処理と国土復興に尽くす父を支え続けた。
そして、五年前、老齢の父が引退すると、エドガー陛下の指名で宰相位に就いた。
エルドーラには、宰相位に就くことのできる貴族家は限定されている。その貴族家の中で、当時二十五歳だったモルガナ様が一番優秀だったということだ。
モルガナ様は、持ち込まれる縁談を全て断り、サレドニアの侵攻によって父を失って没落しかけていた貴族家からサテラを引き取って従者にした。いずれ養子に迎え、次期宰相となるべく教育を施しているという。
サテラが、サレドニアに対する憎しみをあれだけ強く持っているのも納得だわ……。
サテラが見せた、あの憎しみに満ちた目。あれは、父親を失い、実家が没落してしまったという悲しい過去があったからだったのね。
でも、敬愛するモルガナ様が戦争に反対している以上、彼もそれに従わざるを得ない。
けれど、踏みにじられた国土や奪われた大切な人々の命は、サレドニアに同じことを仕返したところで返ってはこない。
せいぜい、溜飲が下がるくらいだ。
けれど、それと引き換えに、今度はサレドニアがエルドーラに憎しみを抱くようになる。
「……そんなの、駄目よ。絶対に」
せっかく、この国は誰が見ても豊かで、人々は幸せそうに暮らしているというのに。
まったく、あの魔族は一体何のために、このエルドーラを戦いへと駆り立てているのだろう……。
魔族が本物のギュレイに成り変わったのは、きっと妻を亡くした彼が喪に服す為と言って一カ月ほど屋敷に閉じこもっていたという、その間に違いない。
ということは、オークルが言う『化ける為の道具』とやらは、彼の邸宅にある可能性が高い。
でも、その邸宅へ忍び込むには、まずエルドーラ城を出なければならない。
オークルは毎日アデリア様のご機嫌伺いに行かなくてはいけないし、私も穏健派から怪しまれている今の状況で、この城を出るのは余計に彼らの猜疑心を煽ってしまいかねない。
それに、きっと一度この城から出たら、異国の魔法使いでしかない私が、再び戻ってくることは不可能だろう。
「どうしょうか……」
考えても考えても、いい案が思いつかない。
そうこうしているうちに、事態は急展開していた。
エドガー陛下が、サレドニア侵攻に反対する穏健派を押し切り、ギュレイ将軍に進軍を命じてしまった。
王を止められなかったモルガナ様は、日頃の激務で体調を崩していた上に、精神的なショックも重なって倒れ、実家の貴族家へ運び込まれたという。
「おい、今がチャンスだぞ」
女官達が不安そうに噂話をしているのを又聞きしながら、これからどうなるんだろうと不安に駆られていると、オークルが目を光らせて私を見上げた。
「チャンスって?」
「お前は、宰相の意向でこの城に滞在しているんだ。その宰相が城を離れたんだぞ。宰相がお前も城を出て家に来いと言った、とでも何とでも言って、この城を出るんだ」
あ、そうか。その手があった。
もし、ギュレイ将軍が魔族である証拠を見つけたとしても、モルガナ様がいないのなら城に戻る必要もない。
「あ、でも、アデリア様は?」
「……うっ。……仕方ないだろう、黙って行くしかない」
きっと、律儀にお別れの挨拶なんかしに行ったら、大暴れされ大泣きされた挙句、権力を傘に着てオークルを奪われかねない。
女官からフェデル近衛騎士隊長に連絡を取ってもらい、城から出たいと申し出ると、あっさりと許可が下りた。
というより、彼の態度は、もうお前は必要ないからさっさと出て行ってくれって感じだった。
正直、危険を冒してまで魔族の正体を暴き、この国を救ってやる義理なんて私にはないんだけど、と腹が立った。
……だけど、このまま知らんぷりできるほど、私は非情にはなれない。
モルガナ様やアデリア様、それにお世話になった女官達が、あの魔族のせいで傷つくのは嫌だ。
でも、これは正義感とか優しさとか、そういった高尚なものじゃない。
知っていて放置した、と非難されるのが怖いだけ。
例えあの魔族を倒せなかったにしても、自分にできることはやったんだ、と言い訳が出来るところまでは頑張りたい。
オークルは、きっとただ純粋に、あの小さな王女様のことが放っておけないのだろう。オークルのほうが、私よりもずっと真っ直ぐで強くて優しい。
城門を出てから一度振り返ると、太陽を背にした城は黒々しい影をこちらに落としている。
それが、深い闇にこの城が沈もうとしているように見えて、私はブルッと身体を震わせた。




