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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
59/89

59.信じて貰うには

「魔族……?」

 モルガナ様が眉間に皺を寄せる。

「魔族って、あの?」

「はい。神話の中に出てくる、地底に棲むあの『魔族』です」

 ガタッと無言で席を立ったサテラが、焦ったような表情でこちらに詰め寄ってくる。

「あ、……あなたは、何を言ってるんだ」

「モルガナ様は、私の知っている限りのことを教えてくれとおっしゃいました。ですから、私はモルガナ様の御身をお守りするために、必要なことを申し上げただけです」

「だからと言って、あまりにもふざけ過ぎている。我々の知る限り、そのようなものはこのエルドーラ城にはいない」

 フェデルの表情も一変して険しくなっている。

 当然だろう。近衛騎士隊長といえば、城の守りを司る責任者だ。この城に魔族がいて気付かないとなれば、彼の管理能力が疑われることになるのだから。

「大体、魔族なんて神話に出てくるだけの想像上の生物を持ち出してくるなんて、バカバカしい」

 あ、それ以前の問題だった。

 そもそも、魔族が実在するなんて、誰も信じてはいない。私だって、ククロの森でガードンを見るまでは、本当にいるなんて思いもしなかったもの。

 執務室の中は、一気に不穏な空気に包まれた。

「だから、言わんこっちゃない」

 オークルが、私の足元で欠伸混じりに呟く。

 モルガナ様はじめ穏健派の皆さんが、この話を信じてくれるかどうかは賭けに近い。それも、限りなく負ける公算の強い賭けだ。

 すると、しばらく無言で私を見つめていたモルガナ様が、フッと溜息を吐いた。

「十年ほど前に、ファビリア帝国で起きた皇帝乱心事件。その真相は魔物が皇帝に成りすましていた、という説があったわね」

「はい。でも、魔物には、そんな力はありません」

「では、それは魔族だったと?」

「はい、そうです」

「でも、だとしたら、この城のどこにその魔族がいるというの?」

 そう問われて、私は覚悟を決めて口を開いた。

「ギュレイ将軍です」

「馬鹿な。私は彼を幼い頃からよく知っている。最近でこそ、急進派の筆頭として頭角を現したが、元は穏やかな好青年だ。しかも、彼は由緒正しい貴族家の出身。魔族だなどと到底ありえない」

 フェデルが握り締めた拳を握り締めて迫ってくる。

 うっ。本物の騎士の圧力は怖い。睨みつけてくるその視線だけで気絶してしまいそう。サテラとは桁違いの迫力だわ。

「だから、化けてるんだよ。本物のギュレイは……、ま、言っても無駄だけどな」

 危機的状況に陥っている私を余所に、まるで他人事のように呟きながら、オークルはヒョイッとモルガナ様の執務机の上に飛び上がる。

「こりゃあ、何か決定的な証拠を見せない限り、信じちゃ貰えねぇな」

「証拠……」

 オークルの言葉に、私はつい声に出して反応してしまった。慌てて口を噤んだけれど、もう遅い。

「証拠はあるの?」

 モルガナ様にそう訊かれ、完全にパニックに陥っていた私は、思わずこう宣言してしまった。

「……証拠は、必ず私が見つけてきます。そうしたら、皆さん、信じてくれますよね」

「ああっ? 何言ってんだ、お前」

 呆れたような、脱力したようなオークルの声が耳に届いたけれど、一番驚いたのは言った本人である私自身だった。


 どうしよう……。

 真夜中、部屋に戻ってベッドの中で考えれば考えるほど、無謀な宣言をしてしまったと後悔ばかりが押し寄せてくる。

 ギュレイ将軍の身辺を探るなんて、命を捨てに行くようなもの。だからと言って、証拠を出さなければ私はただの虚言癖のある異国の魔法使い。下手をしたら、近衛騎士を侮辱したとして投獄されるかも知れない。

 ああ、悪い想像ばかりが膨らんでいく。

 どうしてこうなっちゃったんだろう。どうして私はいつもこうなんだろう……。

 掛布団を頭から被って震えていると、不意に何かが上に飛び乗って来た。

「うひゃっ」

 慌てて掛布団を跳ね除けると、危ねぇなぁ、と呟きながら、オークルが枕元にやってきて、大きな伸びをした。

「悩んだって仕方ないだろ。あの場を収めるには、証拠を持ってきますって言うしかなかったんじゃねぇか」

 オークルにそう言ってもらって、少しだけ胸が軽くなる。

 でも、ちょっと待って。確か、オークルも呆れてたような気が……。

「確かに、俺も最初は馬鹿かこいつ、って思ったけどよ。あの魔族を倒すには、まずあいつが何者なのか、どんな特性を持っているのか探らなきゃいけないんだよな」

「ちょ、ちょっと待って。……倒す?」

 あんぐりと口を開けた私に、オークルはまた呆れたような顔をした。

「当たり前だろうが。あんな危険な奴を、この城に居させたまま放っておけるかよ」

 最初は、魔族がこの城にいると知っていながら、早くここから出たいと言っていたのに、どういう心境の変化かしら。

「あ、分かった。アデリア様ね。アデリア様のことが心配で、魔族を放っておけなくなったんでしょう」

「ばっ、馬鹿か。そんなんじゃねぇよ!」

 明らかに動揺するオークルが微笑ましくて、さっきまでの悲壮感がいつの間にか消え去っていた。

「じゃあ、アデリア様の為にも、あの魔族を何とかしないとね」

「違うっつってんだろうが」

 ブツブツと言い訳がましく反論しながらも、オークルはちゃっかりベッドの私の枕元、つまり元々の指定席に落ち着いている。

 ソファに戻れと言おうと思ったけれど、オークルのお蔭で負の感情スパイラルから脱出できたことだし、今日の所は大目にみることにした。

「骸骨兵士を従わせてるってことは、あの魔族は『真魔族』だ、多分」

 宙を睨みながら何かを思い出すように考え込んでいたオークルは、不意にそう言った。

「真魔族って、……強いの?」

「強い。魔族の中でも、最強クラスだ」

 そのあまりにも衝撃的な言葉に、私は思わず眩暈を起こしそうになった。

「でも、元神獣族とか、元蛇族とか、元龍族とか、そういう種族に当てはまらない元神族をひっくるめて『真魔族』って言うからな。どんな奴なのかは、調べてみないと分からない」

「そうなんだ……」

 何だか、僅かな希望が出てきたような、……どうか、ぬか喜びになりませんように。

「フレイユなら、もっと詳しいんだけどな。……あ、そうだ」

 オークルは嬉しそうに私に顔を近づけてきた。

「人間に化けるのが得意なのは蛇族で、他の種族はそれほどでもないらしい。だから、あの魔族はギュレイに化けるのに、何か道具を使っているはずだ」

「道具?」

「ああ。それを見つけて、あいつの化けの皮を剥いでやるんだ。それが一番、手っ取り早い」

 ニンマリと笑ったオークルは、これで解決した、とばかりに鼻歌を歌いながら指定席に丸くなって目を閉じた。

 ええっ、て言うか、その道具を探すのが大変なんじゃないの?

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