57.モルガナ様の目的
人選を誤ったかも。
私がそう後悔するのに、そう時間はかからなかった。
サテラは、宰相の従者として、ある意味とても優秀だった。
「まず、あなたに一言、断っておきたい。異国人であり、どこの誰とも知れない人間に、私がこの国の内情を漏らすわけがない」
至極当然のことなんだけれど、その言葉の中にあからさまに棘が含まれているのが気にくわない。
いつもだったら、こんなことを言われた時点で、私はさっさと引いて会話を終わらせていた。こちらに好意的でない人と話すのは辛いし、相手にも不快な思いをさせていると思うと余計にストレスを感じるから。
でも、今回はそういう訳にはいかない。だって、自分の命が掛かっているのだもの。
「じゃあ、せめてこれだけでも。モルガナ様がサレドニアにおられたのは、戦争を回避するためじゃないの?」
サテラは肯定も否定もせず、じっと私を睨みつけてくる。
これは、当たりね、きっと。
こんなふうに睨みつけられたら、少し前の私なら心が折れてしまっていたんだろうけれど、最近はオークルに鍛えられたのか、気にしないとまではいかなくても何とか耐えられる。
「やっぱりそうなのね。当然よ、戦争なんてしたくないものね」
「あなたに何が分かるんだ」
突然、サテラがそう怒鳴ると、テーブルに拳を叩き付けた。
「十五年前、サレドニアの侵攻でこの国はどれほどの犠牲を出したか。陛下もモルガナ様も、多くの人の人生が変わってしまった。我々エルドーラの民は、サレドニアへの憎しみを忘れたことはない」
強い憎悪の炎が、サテラの黒い瞳に宿っている。
「とにかく、モルガナ様への協力を断ったあなたには、最早この城にいる資格はない。魔物を倒し、命を救ってくれたことには感謝しているが、それもお互い様じゃないか」
「そうね。でも、協力しないとは言っていないわ。どうするか判断したいから、詳しい話を教えてほしいとお願いしているだけよ。何の事情も分からず、ただ闇雲に協力するなんて言えないわ。私はこの国の民でも、モルガナ様の配下でもないんだから」
サテラの勢いに押されながらも、何とか自分の言いたいことを口に出した。
「私の言っていることは、間違っているかしら」
すると、サテラは少し考えるように、顎に手を当てて俯いた。そして、そのまま目線だけを上げて、上目づかいに私を窺う。
「でも、事情を話しても、協力してくれるとは限らないんだろう?」
うっ、と今度は私が言葉に詰まった。
「……最初は、そう思っていたけれど、少しこちらの事情が変わったわ。しばらくは、この城から出て行くことはできなくなってしまったし」
「ああ、飼い猫がアデリア様に気に入られたらしいね」
思い出したようにサテラが頷いた。
「だから、せめてその協力というのがどういう内容なのか、モルガナ様が何をなさろうとしているのか、それだけでも教えてもらえないかしら」
サテラは一つ大きな息を吐き出すと、ようやくこの国の現状について語ってくれる気になったようで、ちゃんと私と正面から向かい合うように座り直した。
「現在、エルドーラには二つの勢力がある。モルガナ様を筆頭とする穏健派と、ギュレイ将軍率いる急進派だ」
穏健派は、サレドニアからの侵攻を食い止めるだけの兵力を維持しつつ、戦争を避けて国内を豊かにしようという理念を持っている。
対して急進派は、サレドニアに侵攻し十五年前に奪われた国土を奪還、さらにサレドニアの国土と富を奪ってエルドーラに還元しようと目論んでいる。
その急進派の筆頭が、ここ数年で一介の近衛騎士から将軍にまで駆け上ったギュレイ将軍だ。
彼は、十五年前に国土を踏みにじられたエドガー陛下の心の傷を巧みに掘り起し、堅実だった王を焚き付け、サレドニア侵攻へと駆り立てている。
それを止めようとするモルガナ様は、現在、ギュレイ将軍と激しく対立している。
何とか戦争を回避しようとモルガナ様はサレドニアに向かい、サレドニアの国王代行との会談に漕ぎ付けたものの、エルドーラが侵攻してくるなら迎え撃つまで、と冷たくあしらわれてしまった。
そして、その間にギュレイ将軍は着々と侵攻軍を組織して、国境の城塞に向かわせてしまった。
後は、エドガー陛下の命令一つで、国境の城塞に駐留しているその軍は、国境を越えてサレドニアになだれ込む。
モルガナ様は、エドガー陛下を説得し、何とかそれを思いとどまらせようとしている状況なのだ。
「今、モルガナ様は窮地に立たされている。サレドニアに恨みを持つ者は多く、モルガナ様と親しかった者達も多くがギュレイ将軍の側についてしまった。本当に信頼できる仲間が少なくなっている」
サテラは、深刻な表情を浮かべて拳を口元に当てた。
きっと、彼もモルガナ様が反戦を唱えていなかったら、ギュレイ将軍に賛同していたのだろう。そんな心の葛藤が透けて見えるようだった。
「それで、私にモルガナ様の味方になれと? でも、具体的に、私に何ができるのかしら」
「モルガナ様は、サレドニアで魔物に襲われたことも、ギュレイ将軍の差し金じゃないかと疑っている」
まるで私のことを試すように表情を観察しながら、サテラはそう言った。
なるほど、普通ならこんなことを言われたら、そんなことがある訳がない、と一笑に付すだろう。どこの世界に、魔物を操れる人間がいるのか、と。
でも、私は魔族の存在も、魔族が魔物を従えていることも、ククロの森の一件とオークルとの出会いで知ってしまっている。
「じゃあ、モルガナ様は、私に用心棒になれとおっしゃっているのかしら」
「モルガナ様の身は、私やエルドーラの騎士がお守りする。ただ、ロンバルディア大陸にはつい最近まで魔物はいなかった。魔物相手の戦闘には知識が必要だ。その知識を我々に与えて欲しい。それが、モルガナ様があなたに望んでおられることだ」
私は、大きく息を吐き出した。
「そういうことであれば、私に出来る限りの協力をします」
そう言うと、強張っていたサテラの顔に、ようやく年齢相応の少年らしい笑みが浮かんだのだった。
サテラが帰り、ちょうど時間になったのでアデリア様のところへオークルを迎えにいった。
今ではオークルはアデリア様のいいおもちゃになっている。不思議なことに、オークルもその役目が嫌じゃないらしい。
「じゃあね、オークル。またあした、あそびましょうね」
そう言って手を振るアデリア様を振り返って、
「おう、またな!」
なんて返している。勿論、アデリア様の耳には「ニャーン」としか聞こえていないんだけれど。
意外と面倒見のいいお兄ちゃん肌なところがあるのかも知れない。
「ああ、疲れた」
抱いている私の腕の中で、オークルが大きな欠伸を一つした。
「随分と仲良くなったみたいね」
「ああん? 仲良くだって? こっちは王女の機嫌を取るのに大変なんだよ」
そうぼやいているものの、本当は楽しい時間を過ごしているんじゃないの?
そう突っ込みを入れてやろうと思った時、中庭を挟んで向こう側にある廊下を何やら物々しい一団が通過していくのが見えた。
武装した騎士たちを率いてその先頭を行く、黒髪を撫で付けるように後ろへ流した、細面の男。
嫌な予感がして、私は咄嗟に柱の陰に隠れた。
距離があったこともあり、幸いその一団の誰も私たちに気付くことなく遠ざかっていく。
不意に、オークルが顔を顰めた。
「……くっせぇ」
彼の呟いたその声で、私は確信した。
あの黒髪の男が、ギュレイ将軍。
そしておそらく、その正体は魔族だ。




