50.ミリアブル呼び出し作戦
私とフレイユ、カルロス王にグレエムさん。
四人による作戦会議が終わり、私たちはそれぞれ割り振られた役割を果たすために動き始めた。
「えー……、これを着るの?」
私は床に落ちていた女官の制服を拾い上げると、大きな溜息を吐いた。
「仕方がないじゃありませんか。この役目は、ミラクでないと務まりません」
「またー。別に、フレイユが女装したっていいんだよ?」
「ふふ。やっぱり、男が女装するにはそれなりの手間と労力が必要なんですよ。今回は時間がないのです。残念ですが」
ふん、全然、残念だなんて思ってないくせに。
私は両手で女官の制服を持って広げると、がっくりと項垂れた。
大体、魔物が変身して着ていた服なんて、気持ち悪いったら。
一応、瘴気を払おうと封邪の剣を制服にかざしていたら、何をやっているのだ、とカルロス王に物凄く不審がられてしまった。
顔に塗りつけていた泥汚れを洗い流し、女官の制服に袖を通して、グレエムさんの仲間が持ってきてくれた化粧道具で簡単に紅を引き、黒髪のカツラを被ったら準備完了。
「まるで別人ですよ」
と、笑いを堪えながらそう言うフレイユを軽く睨んで黙らせると、私はもうやる気モードに突入していた。
カルロス王の寝室になっている二階の一室を出て、階段を下り、玄関ホールを突っ切って扉を開ける。
突然、内側から開いた扉を振り返った衛兵達は、一様にぎょっとした顔をしていた。
「陛下が、エリーザ王女殿下とミリアブル様にお会いになりたいとのことです」
できるだけ淡々と、無表情な顔でそう告げると、衛兵達はお互いに顔を見合わせている。
「もうあまり時間がありません。話が出来るうちに、お二人に何かをお伝えになりたいようです」
畳み掛けるようにそう言うと、それでようやく衛兵達は「分かった」と頷き、そのうちの一人が駆け出していく。
私は、陛下の容体について何か聞き出そうとしてくる衛兵達を遮断するように、彼らの面前で扉をピシャッと閉めた。
別に、詳しいことを聞かれたら困るからじゃない。あの黒蛇が変身していた女官は、かなり愛想のない変わった人物で有名だったから、そう振る舞うようにとグレエムさんに教えてもらっていたからだ。
あ~、終わった、終わった。
二階の部屋に戻ると、労ってくるフレイユを後目に女官の服を脱ぎ散らかす。
「全く、よくこんなズルズル長いスカートを履いて動けるよね。足元が見えないから、階段を踏み外すんじゃないかと冷や冷やしちゃった」
そう愚痴を言いながら部屋を見回すと、室内にはいつの間にか随分と人が増えていた。
増えたのは、主にグレエムさん配下の庭師の面々だ。
彼らはいつの間にか庭師の繋ぎの服じゃなく、動きやすそうな黒い上下の訓練着のようなものを身につけていて、如何にも裏の組織のメンバーです、って感じになっている。
そんな彼らに囲まれて、ベッドの上で顔色が悪くなるメイクを施されているカルロス王が戸惑っているのが何だか微笑ましい。
さあて、あいつはちゃんとここへ現れてくれるだろうか。
「……父上様、いえ、陛下」
ジュリア王女とよく似た、もう少し線が丸くて柔和な顔をしたエリーザ王女は、青白い顔をして声を震わせていた。
まるで、心の中ではもがき苦しんでいるのに、何かに遮られて感情を表に出せずにいるように見える。
その横に立っているミリアブルは、何を考えているのか全く読めない。無表情のまま、冷え冷えとした視線を一直線にカルロス王へ突き刺している。
「お、……おお、……エリーザか?」
その声に、私は思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を両手で押さえた。
だって、さっきまでしっかりした声でハキハキ喋っていた人が、急に病人みたいな声を出しているんだもん。演技がわざとらしくて、可笑しくて仕方がない。
同じくベッドと壁の間にしゃがんで身を隠しているフレイユが、必死で笑いを堪えている私を軽く小突く。
そんなに睨まなくたって、絶対に声を出しちゃいけないって分かってるよ。
グレエムさんとその配下の『隠密』達も、この部屋のあらゆる場所に身を隠して、カルロス王に何かあった場合、その身を護るべく身構えている。
そんな中で、カルロス王の今際の際を装った演技が続けられていた。
「……ジュリアは? ……ヒルメスは、どうした?」
「陛下……」
震えながら近づいてきたエリーザ王女は、父王の言葉を聞いてビクッと肩を震わせると足を止めた。
「なぜ、あの子らは、来ぬ? 何を、している?」
あれれ、カルロス陛下。ちょっと問い詰めるような口調になってきているよ。もっと、何の事情も知らないって感じにしないと、怪しまれちゃうよ。
「……すぐに、……ヒルメスを、ここへ、連れて、まいれ。……わしが、亡き、後、王座は、ヒルメスに、継がせる」
「陛下。実は……」
まるで泣き出しそうな声を上げたエリーザ王女の声を遮るように、まるで地を這うような笑い声が聞こえてきた。
「愚かな王よ。そなたがそこで何をほざこうが、誰にも届きはせぬ」
ゾクッと背中に悪寒が走った。
さっきから、私の手に握られて鳴動していた封邪の剣が、更に大きく震えだす。
……ミリアブル!
「もう、止めて!」
そう叫ぶエリーザ王女の悲鳴に似た叫び声と共に、何かもみ合うような音が聞こえてきた。けれど、ベッドの陰に隠れている私には、何が起きているのか見えない。
「エリーザ……!」
カルロス王が力強い声で娘の名を呼ぶ。
と、突然、噴き出すような音と共に腐臭のような瘴気が発生し、何かがドサッと音を立てて床に落ちる音がした。
「瘴気が晴れておったので、おかしいとは思っていたが。やはり、その身を蝕んでおった瘴気を取り払っておったな。……いるのだろう、出てこい」
その声は、明らかに私たちに向けられていた。
立ち上がろうとした手を、不意にフレイユに掴まれて止められた。
慌てて顔を上げると、フレイユは首を小さく左右に振る。
隙を見て、倒してください。
フレイユは口の動きでそう伝えると、最後に右の口角を持ち上げた。
そして、一人だけ立ち上がると、ゆっくりとベッドに沿って歩いていく。
「やはりお前か。黙ってこそこそ里へ逃げ帰るのなら、見逃してやるつもりでおったのだが。何故、首を突っ込む」
ミリアブルの声は淡々としていて、まるで何の感情も感じさせない。
「あなたこそ、何故こんなことをしているのです?」
「決まっておろう。面白いからよ」
ミリアブルは、クク、と喉を鳴らして笑う。
「死に際に、いいことを教えてやろう。私はこれから、地上で人間どもを使って、ガザークスとの因縁に決着をつけるつもりなのだよ」
「……ガザークス? 誰です、それは」
「ふふ。貴様のような若造には、何のことだか分からないだろうな。まあいい。もう、まどろっこしいやり方はここまでだ。ここで、王と王女を始末し、私がこの国の王となる」
そんな会話を聞きながら、四つん這いになってベッドの陰から首を伸ばしてそっと様子を伺うと、床に誰かが倒れているのが見えた。
まるで、壊れた人形のように崩れ落ちているエリーザ王女。
ベッドから身を乗り出して床に落ち、それでも倒れた娘に這いつくばりながら近づこうと手を伸ばしているカルロス王。
その向こう、段々と濃くなる瘴気の中で、金色の瞳だけをギラギラと光らせながら、依然として無表情なミリアブル。
パキッ、と音がして、その無表情な顔の頬の表面が、まるで石膏で固めていたかのように剥げ落ちた。
ボロボロと音を立てて人間の殻が破れ、ミリアブルの魔族の顔が、姿が、その下から現れていく。
「もう一つだけ、教えてやろう。俺の名はビリジアン。かつて、蛇族の左将軍と呼ばれた男だ」
そう名乗った時には、ミリアブル、いや魔族ビリジアンは、胴回りが大人の人間ほどもあろうかという、巨大な黒蛇と化していた。




