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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
49/89

49.変わり果てた王

 ヒルメス殿下やジュリア王女、それに今まで関わったサレドニアの人々から聞いていたカルロス王のイメージは、『強くて逞しい王』だった。

 実際、十五年ほど前には、隣国エルドーラ王国へ攻め入って、国境沿いの広大な領土を奪い取っている。

 色白で、軟弱そうなヒルメス殿下とは違って、中背ながらもがっしりとした体格のカルロス王は、剣の腕も相当なものだったらしい。その上、豪快だけれど優しさも兼ね備えた懐の深い王で、武官からも文官からも慕われている立派な王様なんだって。

 けれど、今、私の目の前でベッドに横たわっているのは、まだ五十手前なはずのカルロス王とは思えないほど衰弱しきって、まるで老いて死ぬ直前の老人みたいに見える。

「……本当に、あなたはカルロス陛下なんですか?」

 思わずそう問い返すと、カルロス王は何か言い返そうとして激しく咳き込んだ。

「そ、……そなたら、こそ、なにもの、だ」

 ようやく、喘ぎながらそう言ったカルロス王の目は血走っている。

「私たちは……」

 そう言いかけた私の手に握られた抜身のままの封邪の剣を目にしたカルロス王は、何かを悟ったように深く息を吐いた。

「……ふふん。手を下さずとも、間もなく、息も止まるというに、それも、待ちきれなんだか」

 あ、何か、誤解させちゃった?

「ああ、これは違います」

 私は慌てて封邪の剣を後ろに隠そうとしたけれど、その手をフレイユに掴まれてしまった。

「何?」

「いいですから、この剣を……」

 フレイユは真剣な顔でじっと私を見つめると、剣を持つ私の手を掴んだまま、カルロス王の方へ引っ張っていく。

「ちょ、フレイユ……」

 まさか、カルロス王まで封邪の剣で退治しろ、なんて言わないよね……?

 心配する私の手を引いて、フレイユは封邪の剣をカルロス王の身体の上に置いた。

 カルロス王は、血走った目を見開いてその様子をじっと見つめていたけれど、剣が自分の身体の上に置かれ、それ以上のことをされないと分かると、小さく息を吐き出した。

 そんなカルロス王に、フレイユが一礼した。

「お初にお目にかかります、陛下。私たちは、あなた様の息子、ヒルメス殿下に頼まれて、この国の情勢を探るためにリムルラントからやってきました」

「り、リムルラントから、だと?」

 なぜ、とカルロス王は首を傾げる。

 ああ、この人は自分の息子が娘夫婦に陥れられて命を狙われ、隣国に逃亡していることも知らないんだ。

「ヒルメス殿下は、命を狙われてリムルラントの商人に匿われています。そして先日、ジュリア王女も神殿に向かう途中、魔物に襲われて……」

「何だと!」

 突然、痩せ細った体が跳ね起きたものだから、私もフレイユも驚いて飛び退った。

 微かに呼吸を乱しているものの、カルロス王の目には生気が戻り、声にも力強さが戻っている。

「わしが、……わしが病に臥せっている間に、一体何があったというのだ。……というより、ここはどこだ。いつの間に、わしはこんなところに移されている?」

 確かに、ここは王宮の片隅にある小さな離宮だ。いくら病気療養の為とはいえ、国王をこんな小さな離宮の一室に寝かせているなんて、と私でも不思議に思っていた。

 やっぱり、これって異常なことなんだね。

 しかも、ここには病気の王を看病する者も誰一人いないし。

 と、床に落ちていた女官の服が目に入った。

 ……えーっと、もしかして。

 あの黒蛇が、女官に化けてカルロス王に付き添っていたのかも知れない。

 突然侵入してきた私達を迎え撃つため、元の黒蛇に戻って壁を登り、天井を伝ってフレイユの背後に回り込んで……。

 ボタッと天井から黒蛇が落ちてきた光景を思い出して、今更ながらに背筋が寒くなった。

「そなたら、すぐに宰相を呼べ。王宮へ戻り、子細を把握せねばならん」

 血色まで良くなってきたカルロス王にそう言われたものの、私たちは困って顔を見合わせた。

 よく考えれば、私達って今現在、衛兵に追われている最中なんだよね。宰相を呼べなんて言われても、呼びに行けるわけがないんだってば。

 命令に従おうとしない私達に、カルロス王はお怒りのようだったけれど、実は……、とこれまでの経緯を説明すると納得してくれた。

「ふむ。そういうことなら仕方がない。『隠密』を呼ぼう」

 えっ、『隠密』って、グレエムさんを……?

 でもどうやって? と首を傾げる私たちの前で、カルロス王は首から下げているペンダントを手に取り、何やらいじくり回したかと思うと、それを口に咥えて吹いた。

 スカーッ

 ただ、空気の漏れる音がする。

 思わずずっこけそうになりながら、何度も何度も顔を真っ赤にしながら吹き続けているカルロス王を止めるべきかどうか悩んでいると、やがて天井から何か大きな塊がスタッ、と落ちてきた。

「ヒャッ!」

 また黒蛇か、と思わず悲鳴を上げて飛び退った私に、天井から現れたグレエムさんが目を剥いて怒鳴る。

「おまっ、こんなところで何をしている……?」

 私達と、ベッドの上に横たわる痩せこけたカルロス王と、その体の上に置かれた抜身の封邪の剣を、グレエムさんは混乱しているかのように何度も何度も代わる代わる見つめている。

「何だ、そなたら、知り合いか?」

「そっ、そのお声は、陛下……?」

「お前、わしに呼ばれてここへ来たんだろうが。誰だと思っていたんだ」

 痩せこけた主君を見て驚き、おいたわしいと涙ぐむグレエムさんに、カルロス王は呆れたように笑いながら突っ込みを入れた。

「すぐに、王宮へ戻れるよう手配いたします。が、宰相閣下は当てにはなりませぬ」

「それはどういうことだ」

 グレエムさんの報告に、カルロス王は眉根を寄せた。

「宰相閣下は、すでにミリアブル様に取り込まれております」

「ミリアブル、だと?」

「はい。病床の陛下をこんなところへ閉じ込めたのも、ヒルメス殿下のお命を狙ったのも、全てミリアブル様の企てによるものでございます」

「あの者が? 馬鹿を申すな」

 カルロス王は、グレエムさんの言葉を笑い飛ばした。

 仕方がないのかも知れない。カルロス王は、豹変する前の、野心など全くない温厚で妻思いだったというミリアブルしか知らないのだから。

 どうする……?

 隣に立って成り行きを見守っているフレイユを見上げ、問うような視線を向ける。

 このままカルロス王が命令を変えなければ、グレエムさんは宰相をここへ呼んでこなければならない。

 ミリアブルに術をかけられている宰相をここへ来させたらどうなるだろう。カルロス王が復活したことを、すぐにミリアブルに伝えるだろうな。

 そうなったら、あの黒い蛇がうじゃうじゃと……。

 ぎゃあああっ!!

 その場面を想像して一人蒼白になっていると、フレイユがペチンと私の額を指先で弾いた。

「何を妄想しているんですか」

 ムッと私は頬を膨らませた。

 妄想じゃないもん。想像だもん。言葉は似ているけど、大違いなんだからね。

 そんな私にお構いなく、フレイユは顎に手を当てて考え込むと、ふと思いついたように不敵に笑った。

「……そうですね。それならいっそ、ミリアブル本人をここへ呼んでもらうのがいいのではないでしょうか」

 その言葉に、私はあんぐりと口を開けた。

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