31.悪徳業者の陰謀
マリエルに雇われた傭兵らしきお兄さん方は、結構手荒い方法で賊に自白を迫ったらしい。
ようやく、賊の一人が『英雄の館』との関与をほのめかしたそうだ。
「確かミラクも言っていたよね。奴らが、『英雄の館』で旅の男を始末しようとしていたと」
広いお屋敷の一室。
おそらく、マリエルが仕事部屋として使っている部屋に呼び出された私とフレイユは、マリエルからその後の経過を聞かされた。
「奴らは、ソルバーン商会が雇った暗殺者だ。『英雄の館』も、ソルバーン商会が運営しているし、今回の襲撃事件に奴らが関わっていると断言していい」
「マリエル商会の成功例を猿真似して成長してきた、姑息な奴らなんですよ」
執事のリュークが、マリエルの隣で眉間に皺を寄せて、嫌悪感を顕わにする。
「このロンバルディア大陸の市場は広く、サブリアナ大陸を含めた顧客は多い。競合しても十分お互いに成長していけるのに、やたら競争相手を潰そうとするので有名な悪徳商会だ。『英雄の館』周辺地域は大小様々な武器防具屋が立ち並んでちょっとした専門店街だったが、あいつらはその周辺店舗を軒並み潰してしまった。色んな手をつかってね」
マリエルの言葉で思い出した。あの通りには何軒も小さな武器屋や防具屋があったのに、全部閉店していたことを。
「何らかの理由で、私がこの屋敷でヒルメス殿下を匿っていることを知ったのだろう。もし、殿下の身に何かあれば、私はサレドニア王家から責任を問われることになる。勿論、マリエル商会なぞ、サレドニア王家を敵に回したら簡単に潰れてしまう。彼の国はリムルラントのように金銭で左右される国ではないからね」
ということは、奴らの本当の目的は、最大のライバルであるマリエル商会を潰すことだったのか。
「とんでもない奴らですね」
そんなことのために、ヒルメス殿下の命を奪おうとしていたなんて。
「勝ちたかったら、商売で勝負をつければいいのに」
憤慨する私に、マリエルは苦笑しながら頷く。
「そう思うだろう? けれど、あいつらは違うらしい。どんな手を使っても、勝ったものが勝者だと。そして、実際に金を積まれてソルバーン商会の悪事に手を染める奴らもいるんだ。あの賊のようにね」
マリエルは椅子から立ち上がると、窓から外を眺めながら疲れたように溜息を吐いた。
「本来、ここリムルラントの商人は、お互いに切磋琢磨しながら成長してきた。良きライバルでありながら、困ったときはお互い様。経済発展が国益に繋がると、国王陛下も商人に強大な特権を与えて下さった。
ところが、今はどうだろう。ソルバーン商会は己の利益だけを求めて他者を平気で傷つける。そうして得た金銭で政府や都市警備隊を抱き込み、好き勝手し放題だ。
勿論、我々だって付け届けや贈り物くらいはする。だが、決して過ぎた要求をするわけではない。それは、真面目に働きながら決まった額しか給金として得られない役人達への、労いと感謝の気持ちからだ。決して、それを利用して彼らを脅し、自分達の都合のいいように動かそうとなどしない。
このまま奴らをのさばらせていては、いずれリムルラントは内側から崩壊してしまう」
だが、そうはさせないと固く決心していることは、マリエルの口調からも分かる。
何だろう、この感じ。自分が当たり前のように暮らしていた国の穏やかな日々が、ある日突然、薄氷の上に成り立っていると思い知らされる、静かな恐怖感は。
あの時と同じだ。ロザーナで、ククロの森に魔物が出現したと初めて耳にした時の、あの鐘の音が脳裏によみがえる。
このまま、ソルバーン商会の好きにさせておいたら、リムルラントはどうなってしまうんだろうか。
『英雄の館』みたいな店がどんどん増えて、競合する店舗がどんどん閉店させられて、フロードみたいな犠牲者が増えていったら、この街に立ち寄る客はどんどん少なくなっていく。
そうなったら、困るのはソルバーン商会の奴らも同じことなのに。
「このまま奴らを放置しておくことはできません。しかし、もうすでに王政府にも都市警備隊の中にも、ソルバーン商会に抱き込まれてしまった者がいるのも事実です。しかも、奴らは今回の港封鎖に困っているどころか、寧ろ王政府にそう働きかけている節があるのですよ」
リュークの言葉に、私は耳を疑った。
「何で? ソルバーン商会も、サブリアナ大陸との貿易を生業にしているんじゃないの?」
「そうなのですがね。……これは推測でしかないのですが、この機会に、奴らはリムルラントの体力のない貿易商社の力を更に削いで、取り込もうとしているのではないかと」
つまり、貿易停滞によって経営に行き詰った商社を買収して、ライバルを減らそうとしているらしい。
リュークに賛同するように、窓辺から振り返ったマリエルも頷いた。
「貿易が滞って、困る社員や顧客のことは二の次だ。奴らは己が肥え太ることにしか興味がない」
「そんな。じゃあ、いつ港の閉鎖が解けるか分からないの?」
困ったことになった。このままでは、私もだけれど、フレイユだっていつまで経っても神獣族の里へ帰ることができない。
……決めた。こうなったら、マリエルにとことん協力して、そのソルバーン商会の悪行を何とかするしかない。
「私に、何かできることがあったら言ってください」
といっても、多分暴れることしかできないけど。
私が立ちあがってそう言うと、マリエルは厳しい表情を和らげて頷いてくれた。
その顔が、私には何故か、辛いことをじっと耐えていた子供が、我慢できずに今にも泣きだしそうになっているように見えた。
でも、そうは言ったものの、具体的に何をどうしたらいいか分からない。
フレイユには、
「ミラクの志の高さは尊重しますが、あまり危険なことには首を突っ込まないようにしてくださいね」
と、これまでにない真剣な口調で釘を刺されてしまった。
「志が高いなんて、そんな大層なことじゃないよ。私はただ、一刻も早く港の封鎖が解けるようできることがあれば協力するってだけ」
廊下を歩きながら、隣を歩くフレイユにそう答える。
「ひょっとしたら……」
ふと、そう呟いて足を止めたフレイユを振り返ると、呆然とした表情で虚空を見つめている。
「どうしたの?」
「……え? あ、いえ。何でもありません。考え過ぎですよね、きっと」
そう取り繕ったフレイユはそう言って小さく笑った。
でも、私にはフレイユが心からそう思っていないとすぐに分かった。
そして、それから十日ほど経ったある日、フレイユが懸念していたことが現実となって表れるなんて、その時の私は想像すらしていなかった。
その日は、数日続いた晴天の中でも特に暑い日だったから、夕方から吹き始めた北風に、皆喜んでいた。
太陽が沈む頃、その風はますます強くなってきた。
「嵐が来るのかもしれないね」
吹き付ける風でガタガタと鳴る窓ガラスの外は、もうすでに真っ暗だ。
「その割には、水の精霊の気配が少なすぎますね。寧ろ、風の精霊が何かに怯えて暴れているような……」
夕食が終わり、客間に戻る廊下の途中で、小さくそう呟いたフレイユが小さく息を飲んだ。
「これは……」
そう言うなり、フレイユは走り出す。
「フレイユ!?」
そのただならない雰囲気に、思わず後を追いかけた私は、フレイユが港の見える東側のバルコニーから身を乗り出しているところに追いついた。
「火が……!」
満天の星が輝く空に向かって黒煙が上がっている。
その時、背後で悲鳴が上がり、何かが落ちて割れる音がした。
振り向くと、マーナによく似たメイドのハンナが、花瓶か壺か分からないけれど、陶器でできた何かを落としたらしく、呆然と立ち尽くしていた。
「あの方向、……旦那様の商会が船を停泊させている港の辺りだわ!」
ハンナは蒼白になって叫ぶと、オロオロと座り込みそうになる。
「マー……じゃなかった、ハンナ! すぐにリュークに知らせて!」
「はっ、はいっ!」
私の怒鳴り声で我に返ったハンナが駆け出す。
この大風の中、一旦火が付けば被害は拡大する一方だ。
「ミラク……」
フレイユが、突然私の肩に手を置いた。
「私の懸念が現実になってしまったようです」
「え?」
「封邪の剣を、いつでも抜けるようにしておいてください」




